• Sun. Nov 27th, 2022

悠仁さまはどうなる? 昭和天皇から今上天皇まで授けられた「帝王学」と、秋篠宮家の考える教育の現在

「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます! 

――昭和までの歴代の陛下と学習院の関係は意外と距離があったとわかり、びっくりしています。一方で、幼い浩宮さま(=現・天皇陛下)が幼稚園に進まれる際、「学習院は長い間皇室のご恩をこうむってきた」と学習院幼稚園を選んでいただくよう、安倍能成院長(当時)がアピールしていたそうですが……。

堀江宏樹氏(以下、堀江) ちなみに、昭和中期までに皇族のお子さま方は幼稚園に行くケースが増えてきていたようですが、皇位を継ぐとみなされるお子さま(※皇太子と呼ばれるのは小学校高学年くらいの年齢で所定の儀式を終えてから)だけは幼稚園には行かず、御所内で特別な教育を受けてから学習院初等科に入学するものだと考えられていました。

――昭和天皇は学習院初等科を卒業後、中等部には進まずに、多岐多様な授業カリキュラムを御所で5人の学友と受け続けたと聞きましたが、その皇子にあたられる現・上皇さま(平成の天皇)は、どんな教育をお受けになったのでしょうか?

堀江 上皇さまは、学習院大学に入学した最初の天皇にあたられます。そもそも学習院大学が発足したのは昭和24年(1949年)で、上皇さまが16歳のときに新設された大学です。ちなみに上皇さまは父宮である昭和天皇とはことなり、学習院の中等科、高等科に通いながら御所で個人授業をうけて「帝王学」を修めることになったといわれています。その講師の一人がアメリカ人女性で、日本では“バイニング夫人”として知られる、エリザベス・J・G・ヴァイニング(Elizabeth Janet Gray Vining)でした。

――アメリカ人から君主のあり方について学ぶというのは斬新ですね!

堀江 昭和天皇がアメリカからやってきた教育施設団に感銘を受け、国際的な視野を持つ将来の天皇を育成したいと考えた末の人選だったといわれています。いちおう名目としては英語の個人授業だったようですが、ヴァイニングは上皇さまに自身の意思を明確にすること。そして、憲法を遵守し、国民とともに存在する近代的な君主像……つまり象徴天皇として生きていくための心構えを、長い立憲君主制の歴史を持つイギリス王室などを例にとって伝えたとされています。

――へー知りませんでした。たしか、イギリス王室のエリザベス2世も、子どもの頃からほかの学科は二の次で、憲法を個人授業で叩き込まれて育ったといわれますよね。

堀江 そうなんです。熱烈な君主主義者の多いイギリスではなく、アメリカ人の女性を教師にすることで、中立的な視野が獲得できると昭和天皇は考えたのかもしれません。ヴァイニングの任期は1年の予定でしたが、彼女は人柄も良いので、学習院中等科の英語教師として大人気となり、足掛け4年あまりの日本滞在となりました。

――ヴァイニング夫人がアメリカに帰国後、上皇さまは新設された学習院大の政治学科にご進学となったわけですね。

堀江 しかし、上皇さまは公務のせいで進級に必要な出席日数が足りず、それこそ皇族としての特権というか、見逃しも受けることができず、このままでは留年してしまう……となった時、なんと大学を退学なさってるんですね。

――ええっ?

堀江 中退より留年のほうが問題視されるという価値観は、現代人のわれわれにはないかもしれません。上皇さまはその後、聴講生として、大学卒業までのカリキュラムを学習院大で修了なさったので、宮内庁のホームページには「学習院大学教育ご修了」という記述になっていますね。

――となると、学習院大学に入学、そして正式な形で卒業なさった最初の天皇は現・天皇陛下ということになりますか?

堀江 はい。現在の天皇陛下こと今上陛下は学習院の大学院時代、イギリスのオックスフォードのマーティンカレッジの大学院にも留学していますね。今上陛下の「帝王教育」は学習院高等科時代には始まっていたとされています。

 毎週一回のペースで、父宮(現・上皇さま)と共に昭和天皇を訪問して、お話をうかがうと同時に、同じ頃から学習院大学名誉教授だった児玉幸多から歴代天皇についての個人授業もお受けになったとのことです。

堀江 ちなみに、歴代天皇が崩御した日に、天皇家では「式年祭」と呼ばれる儀式を内々で行う習慣があります。昭和時代には、「式年祭」の前日に天皇が学者を招いて、明日、祭事を執り行う天皇についての個人授業を受けるのだそうです。現在も同じような形で続いているかはわかりませんが……。

――明治から現在の天皇陛下にいたるまで、皆さまがお受けになられた教育のうち、公開されている一部の情報をお話いただきましたが、学ぶ場所もその内容も本当にバラバラなんですね。ここに共通点は見いだせるのでしょうか?

堀江 おそらく、明治時代以前はここまで皇太子の教育がバラバラということはなかったと思うのです。ただ、明治維新の後、日本の天皇は世界中の国々と交流を持つようになり、日本の中だけに収まる存在ではなくなりましたよね。

 とくに昭和天皇以降、国内や世界情勢はもちろん、そしてヨーロッパの君主たちとも対等に付き合える存在となるためのカリキュラムが、その時々の問題意識を反映して課されていると感じました。

 また、明治時代以降、父帝から皇子に皇位は継承されており、その関係性において、帝王学が授けられていったことが(すべては情報公開されてはいないものの)推測されますね。

――となると、今後というか現在の帝王学の状況が気になるところです。

堀江 現天皇陛下には愛子内親王しかおられません。女性天皇が誕生しないと想定すると、皇位はまず秋篠宮家の当主である文仁親王、そして、そのお子さまである悠仁親王に継承されるという流れになると思います。

 現天皇を叔父に持つのが悠仁親王ですが、叔父と甥というのは少々、距離がありますし、どのように帝王学が伝授されているのかは気になるところだなと思いました。

 帝王学というのは、皇太子にだけ、帝位経験者から伝えられていくものです。天皇陛下より、秋篠宮さまは上皇さまとの距離が近いと書かれていることを見るのが多いのですが、もしかしたら、皇嗣殿下である秋篠宮さまこと文仁親王に、上皇さまから一子相伝式に帝王学の伝授も行われているのかもしれません。

――悠仁親王が帝王学を学ぶようになるのは、皇嗣殿下こと文仁親王への伝授が終わってから、ということでしょうか? 

堀江 一定期間、その授業を受けたからといって、それだけで「帝王学を修了しました!」などと軽々しく終わるものではないでしょうし、一生をかけて学び続けるものなのかもしれませんが……。

 また、これまでのお話を聞いていると、帝王学とされるものも非常に多種多様なカリキュラムによって形成されており、ご本人もしくはお父様が「これが帝王学だ」と考えたものが、帝王学の実情というような推測もできますね。

――正解はないし、間違いもない、ということですね。

堀江 以前、このコラムの連載の中で、典型的な上流階級出身の子どもたちに囲まれて暮らすのではなく、幼稚園から大学までさまざまな家庭出身の子どもたちの中で暮らすことが、悠仁親王への帝王学だと秋篠宮家では考えられているのではないか……ということを私はお話しました。

 ただ、この度、保阪正康さんの記事(「天皇家の教育」全内容、『新潮45』2002年1月号)を読む機会があり、考えが少々、変わってきました。明治以降の歴代の天皇も十代後半の頃……つまり中学・高校時代に帝王学の授業を受けはじめているのですよね。

――なるほど。悠仁親王はこの春から高校生なので、ちょうど今の時期にあたりますが、勉強が忙しくて、帝王学に割く時間はあるのか? と疑問ですが……。うわさによれば、東京大学もしくはそれに類する難関大合格を目指しているそうですから。

堀江 そのとおり。かくいう私も受験戦争経験者で、内部進学ではなく、一般受験で早稲田大学の第一文学部に入りました。20年以上も前の話になりますが、あの当時、模試の合格判定C評価を得るにも偏差値68の学部でしたから、より高い合格確率を得ようとするなら偏差値70以上は必要で、実際の試験も倍率10倍以上でした。

 東大が復活させた推薦入試制度がどんなものかはよくわかりませんが、それを利用するにも偏差値70以上の高校で悠仁親王はトップの成績を維持する必要があると想像されます。また仮に推薦ではなく学力試験を受ける場合、文類では理科や社会はそれぞれ2科目必要とされ(2021年時点)、受験時間は倍増します。

――高学歴志望のほかの学生さんと混じって受験で四苦八苦することこそが、悠仁さまの帝王教育の一貫だと秋篠宮さまはお考えかもしれません。

堀江 眞子さまの結婚に際しても「失敗する権利すらないのはかわいそう!」とする記事が出ていましたよね。悠仁親王の場合はそれに加えて「苦労する権利」の話でしょうか。苦労といえば聞こえはいいけれど、人間としての基盤を築くべき十代の貴重な時間の大半を、学校の勉強だけに費やすことになってしまいますから……。

 人間としての基盤を築くことって、宇多田ヒカルの言葉でいう「人間活動」だと私は解釈しているのですが(笑)、それが受験などの理由で人よりも遅れてしまった人は、20代以降、自分で自分を育て直す必要がでてきたりして、わりと厄介なのですよ。

 悠仁親王がどういうお方なのか、われわれに公開された情報はあまりに限定されていますが、参考文献から不適切ととらえかねない引用を行ったり、皇族特権の使用をうわさされる推薦入試で難関高校に入ってしまったり……。正直、不安があります。そもそも東大を目指すとして、そこになにか目的があるのでしょうか? 

――大企業に有利に就職する、官僚を目指すというわけもないでしょうし。

堀江 東京大学の教授の誰それに師事したいということもいえますが、学習院の中等科、高等科に通いながら、天皇陛下がなさったように個人教授を受けるのでは不十分ということなのでしょうか。

 例えば、高等科までは学習院で、大学も内部進学するだろうと見られていたのに、ある日突然、東大を受けに来ている悠仁親王姿が学力試験の会場で目撃され、そのまま合格してしまう……というシナリオであったなら、世間もここまで否定的にはならなかったと思うのですよね。

――私立である学習院に比べ、国立の東京大学は定員に相当シビアですよね? もちろん不合格の可能性もあります。

堀江 そうなんですよ。昔の話ですが、昭和天皇の第一皇女・照宮成子さんの結婚相手で、(旧皇族の)東久邇盛厚さんが戦後に東大受験をしているのですが、東大は「学力不十分」として彼を容赦なく落としていますしね……。

 受かれば、「私(の子)は落ちたのに!」という根強いアンチが生まれるだろうし、落ちてしまっても、皇族に必須の「カリスマ性」を支える神秘性が恐ろしく目減りしてしまうことになり、頭の痛い話だと思いました。いずれにせよ、東大進学はうわさ話にすぎませんが、帝王学のゆくえを考えると、今後の展開が気になるばかりです。

参考:保阪正康 「天皇家の教育」全内容 (『新潮45』2002年1月号)