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『ザ・ノンフィクション』善意の人は、時に厄介「うちにおいでよ ~居候たちの家~」

 日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。6月5日の放送は「うちにおいでよ ~居候たちの家~」。

あらすじ

 東京中野区で暮らす森川家は、40代の義明と愛の夫婦に小学校5年生を筆頭に3人の子どもがいる5人家族。そこに、2人の居候、コウジとユリも暮らしている。

 1年前から森川家に世話になっている29歳のコウジは、親に医学部に入ることを強いられていたそうで、有名大学の医学部には合格したものの、そこで燃え尽きてしまう。大学は卒業したが、医師国家試験は受けていないという。開設したブログでは、親への不満をつづっている。コウジと愛はとあるイベントの会場で知り合い、愛が家に呼び寄せた。コウジは森川家で食器洗いを担当しているが、生活費は入れていない。

 30歳のユリは、裕福な家庭に育ち名門大学を出て大手広告代理店に就職するも、週5日電車に乗って通うのが自分には合わないと3カ月で辞めて、海外へ飛び出す。その後、結婚相手を見つけたが親の反対にあい、別の相手と結婚するもすぐに離婚と、波瀾万丈な20代を送る。

 自分の親に対し複雑な心境を抱えるユリとコウジは意気投合。ユリは妊娠し、3カ月前に愛はユリも家に呼ぶ。愛が居候を住まわせるのは今に始まったことではなく、過去にも愛に声を掛けられて居候を始めた男性がいて、家を出た後もいまだに交流は続いている。

 4LDKで7人が暮らす日々で生活費がかさむ中、愛は香港から来た11歳の明希を新たな家族として迎える。香港人だった明希の母親と愛はママ友の間柄で、シングルマザーとして子育てしていた明希の母親だったが、2年前に病気で亡くなってしまう。明希の父親とは連絡がつかず、香港の祖父母の家に明希は迎えられるも、言葉の壁などがあり、折り合いはうまくいかなかったという。それを知った愛が引き取ったのだ。

 当初、愛は明希と養子縁組をする予定だったが、養子縁組は誰を養子にするか里親側は選べない仕組みであるため断念。一方でこのままだと、明希に手術の必要などがあった際に同意書へサインができないため、愛は明希の未成年後見人になるべく動く。

 愛がこれほど人の世話を焼くのは、愛自身が16歳で歌手になるため上京した際に、多くの人に世話になったからだと話す。一方、森川家はいよいよ人が増えてしまい、愛に促される形でユリとコウジはユリの家から金を借り、新居に移る。

 番組の最後ではユリとコウジの間に子どもが誕生。愛も無事、明希の未成年後見人になった。

 誰しも親に対して、大なり小なり複雑な感情はあると思うが、ユリとコウジのそれは30歳、29歳という年齢からするとかなり根深いものだった。その感情を抱くまでに、親子で葛藤があったのだろうし、特に医者になることを親に強いられてきたコウジの場合、教育虐待の可能性もあったのでは、と想像できる。

 一方で、現在のコウジは森川家に生活費も入れない居候だ。明希を引き取り、森川家が手狭になっているのだがら、「僕らはそろそろ出ていきますね。お世話になりました」くらいコウジには言ってほしかったが、煮え切らずぐずぐずしていて、出ていくのも愛に促され、ようやく、といった姿勢に見えた。

 また、2人が森川家を出るとき、餞別に森川夫妻はお金を渡していたが、コウジとユリが用意していたのは「手紙」。生活費すら入れていなかったのだから、せめて菓子折りくらい用意すればいいのにと思った。

 カットされていただけで実は渡していたり、また、森川家側が出産でこれから入り用だから餞別はいらないと事前に伝えていたことを願うが、本当に手紙以外何も渡していなかったのなら、2人には「お世話になった人とのお別れに用意するモノ」を考えたことが、今までなかったのかもしれない。一般的な就労経験があれば、教えられずとも身についていることのようにも思う。

 コウジとユリは親との葛藤を抱え、自分探しに奔走した20代を送ったように見えるが、一方で、社会における年相応の常識を身につけることはなかったのだろう。こうした姿に幼さを感じる。

 なお、コウジは大学時代に受験しなかった医師国家試験に改めてチャレンジしようとしている。河合塾のデータでは、国家試験の合格率を出身大学別にまとめたページがあるが、明らかにどの大学も新卒者の合格率が高く、既卒者の合格率は5割程度まで落ちるケースも多い。

 学生時代の勢いや流れに乗らないと、一気にハードになってしまうのだろう。コウジがもし医者になるなら、「最後の壁」はかなり高そうだ。

 困った人に手を差し伸べる愛が、「善意の人」なのはよくわかる。夫婦関係や家庭に関することは、当事者たちが納得していれば、他人がとやかく言うことではないが、しかし自分が夫・義明の立場なら、居候を迎え入れる家は気が休まらず、しんどいだろうと思う。

 しかも厄介なのは、愛のような「善意の人」の意見や行動には、周囲も「NO」が言いづらいという点だ。善意に基づいた意見のため、それを断ると心ない人間のように思えてしまう。

 また、善意の人自身にも、自分の考えは善意ゆえに、まさか相手が「NO」とは言わないだろう、という強引さもあるのではないだろうか。これは、善意の人本人ですら無自覚かもしれない。善意の人は善意ゆえに、悪意ある人より時に厄介なのではないかと思う。

 森川家にいる子どもや明希は思春期を迎える。家に自分のスペースが欲しくなるだろうし、何より義明だって一人になりたいときはあるだろう。愛の善意に基づく居候の受け入れは、これからもあるかもしれないが、もし家族は少しでも嫌だったら、はっきりNOを伝えていいと思う。

 善意が大切なように、嫌だ、困る、と思う気持ちだって大切だ。