“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
入学試験というものは時に残酷だ。定員という枠があるために、どうしても線引きをせざるを得ない。例えば、学校側が「今年の合格ラインは300点以上」とした場合、たった1点足りなかっただけの299点の子も不合格になってしまうわけだ。
中学受験では「1点に食らいつく子が勝利をものにする」とよく言われるが、これは、たった1点によって、受験生が天国と地獄に分かれることを表している。
しかし、これに救済措置が取られることが、まあまあな頻度で起こる。合格したものの、入学辞退を申し出る子が出た場合、学校側は定員枠を埋めるために、299点の子の中から、新たなる合格者を選ぶのである。これを「繰り上げ合格」と呼ぶが、要は試験で補欠となった者が、繰り上がって合格を手にするという意味だ。
現在は大学生の颯真君(仮名)も、中学受験の際、補欠合格で入学した1人であった。彼の入ったH学園は中堅ながら、大変な人気校。成績上位層からは「入学しても満足な滑り止め校」とされ、一方で成績下位層からは「憧れの学校」として注目されている。幅広い偏差値帯の子が受験するので、結果、高倍率になって、毎年激戦となっているのだ。
颯真君もこの学校に憧れ、小学6年生の模試では、「合格可能性80%」という偏差値を常にキープ。塾の先生も「合格は確実!」と太鼓判を押していたという。
ところが、受験は水物。颯真君はH学園を3回受験したが、3回とも不合格となった。颯真君の母である千恵美さん(仮名)は当時を振り返って、こう言った。
「もう地獄でしたね。H学園は家族の憧れと言ってもいいほどの学校でしたから、颯真も私たち夫婦もH学園合格だけを夢見て、本当に一生懸命頑張ったんです。でも、3回とも不合格で……。颯真にはかける言葉もなかったです」
千恵美さん家族は受験後、H学園以外は考えていなかったため、地元公立中学に進学しようと気持ちを切り替えることに全力を尽くしていたそうだ。そんな2月の半ばのある日、千恵美さんの携帯電話にH学園からの繰り上げ合格の連絡が入ったという。
「もう、信じられなくて、一家で抱き合って喜びました」
こうして、晴れてH学園の制服に袖を通した颯真君だが、中間テストの結果を受け、彼は通っていた塾の先生に相談へ行ったという。千恵美さんの話によると、先生から「学校どうだ?」と聞かれた颯真くんは、
「先生、思ってたより授業の進みが早くて、早くも落ちこぼれです。僕はなんたって繰り上げですから……」
と投げやりな言葉を口にしたという。
「その時、先生は颯真に『中学受験の合格者っていうのは、仮にもう1回、入試をしたとしたら、半分は入れ替わるって言われてるものだ。オマエ、いつまで1点差にこだわってるんだ? 繰り上げを言い訳にするのは、そろそろおしまいにしたらどうだ?』と喝を入れてくれたそうなんです」
H学園は受験生に対して、入試の際の得点開示をしている学校。先生は颯真君が当初、1点差で涙をのんだことも承知で、発破をかけてくれたという。
颯真君は塾の先生に再びの指導を直訴。その塾は地元密着の塾で、高校受験にも対応しているため、小学生だけではなく中学生も受け入れているのだ。
「颯真がまたあの塾に行きたいと言い出した時はびっくりしましたね。ようやく塾生活とはサヨナラできると思っていたのに、また夜もお弁当がいるの? って」
そう言いながらも、千恵美さんは笑顔を見せた。
その後、颯真君の放課後スケジュールは、週4の部活と週3の塾で埋まっていたという。中1の期末テストで成績がグンと伸び、中2からは特進クラス入り。以降、高3まで特進クラスをキープし、第1志望の国立大学に入学している。
「この前、颯真に聞いたんですよ。『なんで頑張れたの?』って。そしたら、颯真が『塾の先生に、「繰り上げ合格だから」ってちょっと漏らしたら、「オマエのことは“補欠野郎”って呼ぶことにする」って言われて、めちゃムカついた!』って(笑)」
これは、颯真君の性格を熟知した先生なりの喝の入れ方だったのだろう。
確かに、自分が繰り上げ合格者であることを気にする子は多く、親も不安を感じることはあるだろう。しかし、中高一貫校は6年間もある。やはり、コツコツと努力を続けた者の成績は伸びるし、サボった者はアッという間に“深海”に潜りやすい。結局、入試当日の1点差に実力差は全くないということなのだろう。
颯真君は今、学生アルバイトとして、先生の塾を手伝っている。将来的には学校の先生になって「補欠野郎」も含めた子どもたちの面倒を、みてあげたいのだそうだ。