“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
多くの学校にはPTAという組織があり、任意とはいえ、自動加入という色合いが濃い。
PTAは学校ごとに多少の違いはあるだろうが、一般的には、子どもたちの安全性を守り、学校行事のお手伝いをし、保護者同士の親睦を図り、保護者と学校との情報共有という役割を担っている。それはそれで、大変、結構なものなのだが、問題は、保護者に「PTA役員・委員」という名称の「お仕事」が振りかかってくることだろう。
多くの組織は「子どもが在学中に役員、委員を少なくとも1回はやる」というルールがあるため、毎年、PTAに翻弄される保護者の悲痛な声が後を絶たない。そこで、多くの親たち(特に母親)は、「どのタイミングで引き受けるのか?」を真剣に悩むのだ。
小学校であれば、低学年、中学年、高学年と、我が子がどの学年の時に引き受ければ、己のダメージが一番少ないかを考える。自分が想定する以外の学年では、できるだけ選出を避けたいと、うまい「言い訳」作りに苦慮する人も出てくる。
しかし、その一方で、「己のダメージどころか、我が子のメリットにつながるのでは?」と考えて、高学年の時に本部役員や委員長といったPTAの中でも特に忙しい役職に就任する人もいる。なぜなら、公立中高一貫校の「中学受検」というものがあるからだ(私立中高一貫校の場合は「中学受験」だが、公立の場合は「中学受検」と書く)。
現在、中学3年生の大成君(仮名)の母・桃子さん(仮名)も、その一人であった。
「もともと、うちの地域は都内のように中学受験が盛んとまではいえず、多い年でも、児童の1割程度しか受験しないという土地柄だったんです。ところが数年前から、通学可能圏内に公立中高一貫校が次々と開校したことで雰囲気が変わり、中学受検熱が高まるように。今では、小学4年生になった段階で、多くの子たちが塾通いをするようになりました」
桃子さんもそのブームに乗って、一人息子の大成君を小4から公立中高一貫校対策をする受検塾に通わせるようにしたという。
「我が家はお金持ちではないですから、中学から私立なんて、夢のまた夢。そりゃあ、行かせられたら、息子の将来のためには一番いいのかもしれませんが、無い袖は振れませんから、中学受験なんて考えてもいなかったんです。でも、公立なのに中高一貫で、しかも卒業生は次々と有名大学に入っているといううわさを聞いたら、やっぱり『こっちに乗るしかない!』って思いました」
中学受検参入前の桃子さんは、大成君が小4の時に委員に立候補しようと算段を整えていたそうだ。しかし、当時、知人である小6の子を持つお母さんが、本部役員をしていることを知ったという。
「彼女のお子さんも公立一貫狙いだったので、思わず聞いたんです。『本部役員と受検生活のサポートは大変じゃないですか?』って。そしたら、彼女が『これもサポートの一環なの』って言うんですよ。うわさには聞いていたけど、『本部役員のお子さんは、公立一貫校の受検で優遇される』っていうのは、本当なんだなと思いました」
これは、中学受験――特に公立中高一貫校受検の“都市伝説”から生まれたうわさだと思われる。公立中高一貫校の選抜は「適性検査(=教科別の学力試験。教科横断型の問題であることが特徴)」「作文」「面接」そして「報告書」の4つで総合的に判断されることが多い。
この「報告書」は、小学校の先生が作成する資料で、児童の教科の評定、特別活動や行動、出欠などを記録したもの。小5~6の2年間が対象になることが多いが、学校によっては小4からの3年間が対象となるケースもある。そんな「報告書」の内容に、親の学校貢献度が影響するという“都市伝説”が、お母さんたちの間でまことしやかにささやかれているのである。
はっきり言って、「報告書」に「親の学校貢献度」を記入する欄などあるはずもない。しかし、お母さんは、「先生が子どもの評価をつける時に、親の顔がよぎるかも? 『そういえば、この子の親はPTAの本部役員をしていて学校に協力的な人。きちんとした家庭であることは間違いない』と思って、無意識に報告書を良く書いてくれるのではないか?」という淡い期待をしてしまうのだろう。
桃子さんは、先の先輩ママの子が見事合格したため、自分が息子にできる援護射撃は「これしかない!」と思い込み、大成君が小5の時に広報委員長に立候補し、小6では本部役員に就任したそうだ。
「広報委員長はそれほどではなかったんですが、やはり本部役員の仕事は大変で、朝一番に学校へ行って、帰りは外が暗くなってからということもありました。本当は家で子どもを見張っていないといけないのに、留守番をさせて自分は学校に行かなくてはならない時もあって……。案の定、大成は与えた課題を半分もやらないという始末で、これじゃ本末転倒だと思ったことも、たくさんありました」
しかし、それでも「本部役員が中学受検に有利に働く」と信じ込んでいたという桃子さん。周りを見渡せば、PTA役員をしている家庭の子は、中学受検(受験)をするケースが多く、さらに、その中で、報告書が必要な中学を受けた子(小学校からの報告書が必要な場合な私立中学もある)の大多数が、第1志望校合格を勝ち取っていたのだそうだ。
ところが結果、大成君は不合格。桃子さんの陰の努力は実らなかった。
「冷静に考えてみれば、親が役員になったら合格が保証されるなんてこと、あるわけないですよね。選抜試験には違いないんですから、やはり、内申点と学力試験の点数が基本。報告書を充実させたいのなら、大成に英語検定を取らせるとか、絵や作文で賞を取るように頑張らせるといったサポートをするほうが、はるかに効果的だったと思うんですけど、当時は『私が本部役員を頑張る道しかない!』っていう、妙な思い込みがありました」
報告書に花を添えられるような検定資格やコンクールなどの受賞歴は、「あったほうが有利」とはいわれているものの、桃子さんが語るように、やはり公立中高一貫校の合格の決め手は、合格水準を満たす内申(小5~6の成績と学校での学習態度による)と当日の点数。これが全てと言っても過言ではない。それゆえ、中学受検の“都市伝説”を信じてしまう母がいる一方、「PTA役員の旨味は皆無」と言い切り、「ただでさえ忙しい最終学年では、母親は仕事をセーブし、子どもをサポートすべし!」と語る先輩母も多い。
現在、大成君は地元公立中学の3年生。受験学年を迎えている。ただ、大成君自身が中学受検の経験から学んだことは多かったといい、中学に入ると、人が変わったように各種検定・試験を積極的に受けるようになり、すでに英検準2級を取得済。内申も学区トップ校を狙える位置にいるそうだ。
「大成はもともとマイペースな子なので、逆にあの時、不合格で良かったかもしれません。もし、合格だったとしたら、私は自分の手柄だと勘違いしたかもしれませんし……(笑)」
現在、大成君の中学でもPTA本部役員をしているという桃子さん。「内申には無関係だけど、自分が楽しいから引き受けた」という。家庭とのバランスを取りながら、上手に任務をこなしているとのことだった。