こんにちは、保安員の澄江です。
再燃する新型コロナウイルスの猛威や終わらぬロシアによるウクライナ侵攻、安倍晋三元首相の銃撃事件など、世の中は不穏なことばかりで憂鬱な日々を過ごしています。この先の世界は、どうなっていくのか。そんな不安を抱えながら巡回にあたっても、万引き犯は自然と目に入ってくるもので、ここのところ捕捉なく終わる日は少ないです。
捕らえた被疑者を事務所に連行して話を聞けば、さっき出会ったばかりの人から、さまざまな不満や不安を吐露されることになります。慣れていることとはいえ、それを受ける心の負担は大きく、ときには耳を塞ぎたくもなりますが、被疑者から逃がれるわけにもいきません。この人の話を聞くのは、これが最後。そんなふうに値打ちをつけて、被疑者の状況に則した言葉を選んで、再犯しないよう願いながら接しているのです。
今回は、家族経営の小規模スーパーを悩ませる万引き常習者について、お話ししたいと思います。
万引き犯は「絶対来る」――水曜日消える30キロの玄米
当日の現場は、東京とさいたまの境目に位置するスーパーJ。住宅街の一角にある家族経営の小規模スーパーです。今回は、決まった商品を定期的に盗まれて困っているという相談をいただき、その犯人の発見と摘発の依頼を受けました。
この日の勤務は、午前10時から午後8時まで。いつもより勤務時間が長いのは、1回の依頼で確実に仕留めたいからだそうで、なるべく費用をかけずに常習者を退治したいという意向があるようです。最寄駅からバスに揺られて、勤務開始予定時刻より早く現場に到着した私は、詳しい話を伺うべく、開店準備に勤しむ社長兼店長に声をかけました。
「おはようございます。保安の者です」
「保安? ああ、Gメンさんか。あんた、この仕事は長いの?」
「はい、もう40年以上にもなりますが……」
「ほお! それはスゴイな。今日、絶対に来るよ。それだけのキャリアあれば大丈夫だよね? 警備に金を使えるような店じゃないから、きっちり頼むよ」
おそらくは50代前半くらいでしょうか。どことなくNHK党の立花孝志党首に似ている社長兼店長は、私のことを品定めしながら言いました。
「決まった商品が盗まれていると聞きましたけど、なにを盗られているんですか?」
「外の売場にある30キロの玄米(9,680円)なんだけどね。そんなに売れる商品でもないので、盗まれるようになってしばらくは店頭に1袋だけしか出さないようにしてきたんだけど、決まって水曜日になくなっているんだ」
この店は、売場面積を広げるため、5キロ以上の精米や調味料の徳用ボトル、トイレットペーパーなど、大きな商品の多くを屋外の売場に陳列しています。従業員が屋外の売場に立つのは、品出しとカゴの整理の時くらいで、ほぼザル状態(なんでも盗める状態にあること)にあるといえるでしょう。
「なるほど。大きいものだから目立つと思いますけど、大体の時間はわかります?」
「少ない人数で回していることもあって、正直、目が届かなくてさ。全然わからないよ。気になる怪しい人がいるわけでもないから、おたくにお願いしたの。今日、水曜日だし、絶対に来ると思うんだよね」
さまざまな状況から犯行を予測し、満を持して依頼されたことを知って、失敗が許されない事態に追い込まれていることに気がつきました。店内の状況をいえば、店が狭く、棚も低いため、ひとつ間違えれば存在に気づかれる状況にあります。
今回の目的は、玄米泥棒の摘発。今日1日、玄米に集中すると決めた私は、売場に出ることなく、事務所の中からモニター監視する了解を取り付けました。おそらくは、20年くらい前の防犯システムでしょうか。カメラの性能は悪く、解像度の低いモニターを使用しているため、ひどく目が疲れますが、玄米に手を付ける人がいれば、すぐにわかる状況です。
午後4時40分頃。すっかり飽きてしまい、眠い目をこすりながらモニター監視を続けていると、派手なグリーンのワンピースを着たショートカットの女性が、陳列される玄米袋の脇にカートを横付けしました。そっと売場に入って、客の振りをしながら様子を窺います。すると、どことなく若い頃の三原じゅん子さんに似ている雰囲気を有する小柄の女性は、その場にしゃがんで両手で玄米袋を抱きかかえました。
30キロの商品なので一気には持ち去ることはできず、少し持ち上げてから横にスライドさせるという動きを繰り返して、カート下段に載せるべく奮闘しています。店員を呼んで助けを求めれば、すぐに済む話ですが、周りを見ても姿はないので、自分の手で載せることに不自然さはありません。でも、30キロの玄米と女性のイメージが合わず、犯行に至る気配も感じます。それからまもなくカゴを手に取り、カート上段に載せた女性は、そのまま屋内の売場に入っていきました。
重そうにカートを取り回しながら、もやしとキャベツ、それに複数の冷凍食品をカゴに入れた女性は、素早く買い回りを終えてレジ列に並びます。玄米の精算を見届けるべく注視すると、カート上段のカゴにある商品の精算を終えた女性は、下段にある玄米の精算はしないまま外に出ていきました。
お会計で2,000円ほどしか出していないので、玄米袋の支払いを済ませていないのは明らかです。特に挙動も見せずに、堂々と店を出ていく女に、そっと近づいて声をかけました。
「お店の者です。お客さん、その玄米なんですけど、お支払されていませんよ」
「へ? 私、レジ通りましたけど」
「通って精算したのは、上のカゴだけでした。事務所でお支払いいただいてもらっていいですか」
「ああ、そうでしたね。ごめんなさい……」
否定を続けることなく、すぐに犯行を認めて同行に応じてくれたので、拍子抜けした思いで事務所に向かいます。古めかしい扉のノブを廻して、事務所のなかに入ると、社長兼店長が腕を組んで待ち受けていました。私が売場で追尾していることに気づいて、到着を待っていたそうです。
「こんな若い女が犯人だとは想像していなかったよ。あんた、これ以外にも何度かやってるよな? 毎週水曜日にきて、玄米を持っていっているだろう?」
「…………」
すっかり黙ってしまったので、事後処理を進めるべく身分証明証の提示を求めると、真っ赤な財布から運転免許証を取り出して提示してくれました。それによれば、女は31歳。この店の近くに実家があるそうで、そこで家族と一緒に暮らしていると話しています。商品を買い取れるか尋ねれば、現金は3,000円ほどしかないので、クレジットカードでしか払えないと答えました。ちなみに、このスーパーは現金取引のみで、電子マネーやクレジットカードを使うことはできません。
「今日、お金払わなかった理由は、なにかありますか?」
「実家で世話になっているんですけど、家賃を払わない代わりに食費を負担することになっていて、7人家族だから大変なんです」
「それで30キロもの玄米を……」
「はい。おいしくて体にいいから……。もし見つかっても、うっかりしていたと言えば大丈夫かなと思っていました。本当にごめんなさい」
どうにもはっきりしませんが、悪いことをしたという意識はあるようで、過去の犯行について触れないまま軽々しく謝罪の言葉を口にした女は、お金を払うためにおばあちゃん(被疑者の母)を呼びたいと言い出しました。きちんと謝ったし、今回の代金(玄米1袋分)を払えば、それで済むと思い込んでいるようです。
スマホ片手に、足を組んでメッセージを送った女は、家は近くだからすぐに来ると話しています。まるで反省の態度がないため、その様子を見ていた社長兼店長が、苦々しい顔で言いました。
「(犯行に)気づかないウチのスタッフも確かに悪いけどさ、こちらからすれば今日だけのことじゃないから、今回は警察を呼びますね」
通報を受けてやってきた男女の警察官に、一連の流れを説明した店長は、過去の被害についても調べてほしいと訴えました。犯歴照会の結果は、該当なし。警察の世話になるのは初めてのようで、女性警察官から過去の被害について聞かれても、知らぬ存ぜぬを繰り返しています。
すると、4歳くらいに見える女児を抱えた初老の女性が、店員の案内で事務所に入ってきました。
「ママ、ばあばとお金持ってきたよ。早く帰ろう」
「うん、ありがとう。お金払うから、ちょっと待ってね」
どうやら状況説明を受けていないらしい2人は、警察官に囲まれる彼女を見て呆然としています。警察官の許可を得て、玄米の精算を受けることになると、大きな玄米袋を持ち上げた社長兼店長を見て女の子が言いました。
「ねえ、ママ。いつものお米、買ったの? 機械に入れるの、あたしも手伝うね!」
「う、うん……」
図らずも子どもに犯行を暴露された女は、その後の調べで過去の犯行も認め、すべて弁償したうえで簡易送致されました。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)
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