日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。7月24日の放送は「片付けられない部屋 ~ゴミの中に埋もれた思い出~」。
あらすじ
26歳のみずきが暮らす都内の家賃3万8,000円のワンルームは、膝の高さほどのゴミであふれている。牛乳パックや食品の容器、ペットボトル。茶碗も洗わず使い、食卓にあるグラスはまだらのような模様がついているが、使ったまま放置して生えたカビのためだ。
そのような生活でもみずきは洋服の洗濯だけは欠かさず、洗濯機置き場のない部屋ながら、小型の洗濯機を無理矢理設置している。部屋に並ぶ服はフリル、リボンなどがあしらわれたパステルカラーのソフトロリータ系だ。
みずきは、東京大学の研究者であった両親が学生のときに、長男として生まれた。母について「私がいるせいで父と結婚する羽目になった」「ことあるごとに『私(みずき)の面倒をみたくない』みたいにヒステリーを起こすというか、泣き叫んでいたことがよくあったんですよ。嫌だったんだろうな、邪魔だったんだろうな、人生において私が」と過酷な幼少期を話す。友達と遊ぶことも許されず、勉強漬けの生活だったようだ。
中学生になり両親は離婚、2014年、みずきは現役で東京大学に合格し、研究員を目指すも、このころから自分の容姿に違和感を抱くようになる。鏡も見られなくなるような生活は、女性用の服を着ることで心が落ち着き、それ以来、みずきは女装し生活を送っている。
その後、大学院まで進んだが中退。女性服への思い入れから、みずきは現在10代に人気のアパレルブランドで働いている。会社の社長は、みずきのように女性の服を着たい男性も少なくないとのことで、「会社としてもリンクするところがある」とみずきを雇った理由を話す。
一方で、母親からは「公務員を目指すと約束したはずです」「嘘だったんですね」「間違っていたのかもしれないけれど、そう思って教育には糸目をつけなかったつもりでした(みずきを)不幸にしようと思ったわけではなかったです」「心底がっかりしました」とLINEが届き、音信不通の状態のようだ。みずきは人とのつながりに不安を抱えており、それがモノをため込むゴミ屋敷の原因になっているのかもしれない。
そのような中で、友人のみくも手伝い、みずきは部屋の片づけを始める。地層のように積まれたごみからは、潰れた黒いランドセルや、みずきが以前付き合っていた女性が残したヘアケア用品などが発掘される。
その女性とはSNSで知り合い、交際後は文通を中心にやりとりしていたものの、一方的に別れを告げられてしまったようだ。みずきは、その女性に2年越しに思いをつづって投函するも、返事は来なかったと伝えられた。
ごみの地層からは、みずきが5歳のころの小さな手形も出てきて、そこには記憶になかった母親からの優しい言葉が書かれた手紙が添えられていた。幼いみずきの成長写真や家族写真が載ったアルバムも発掘され、「大事にされていたときもあったんだろうな。僕の存在がしんどいものだったのは間違いないが、かわいがられてはいた。(母親にとって)もっとどうでもいいものだと思っていた。そうでもないのかな」とみずきは話す。
その後、みずきの部屋は片付いた状態が続き、社長は会社が主催するファッションショーのモデルにみずきを抜てきする。
以前も『ザ・ノンフィクション』では、医学部に入れようとする親に育てられ、医学部に入ったあとは燃え尽きたようになってしまった青年が出てきた。教育虐待のようなことをされた自分の境遇をブログでつづる29歳の男性で、みずきと境遇が似ていたと思う。
その29歳の青年も、26歳のみずきも、現在の心を占める筆頭の存在が「(自分へ関心を向けてくれなかった)親」に見えた。20代という貴重な時期に、親に対するモヤモヤ、イライラが心の大部分を占めている状況はとてももったいないように思う。かといって、親を忘れて幸せに生きろ、というのも、できるならすでにやっているはずだ。自分で折り合いをつけない限り、先へ進むことはできないのだろう。
心の大半に「親」が居座っていると、今の生活に気が回らなくなっていく支障もあると思う。29歳の青年は居候生活をしていたが、彼女が妊娠し、どう見ても居候のままでは今後暮らしていけない状況でも、家を出る決断を下せずにいた。一方、みずきは部屋中にゴミが堆積していて、友人・みくが明らかにゴミだと判断して捨てているものすら気になり、確認せずにはいられないようだった。
親との間に残った禍根は、その子どもの未来や現在に、さまざまな影響を玉突き事故のように起こしているように見える。しかし、彼らの親が改心するとも思いにくく、また、万が一謝られたとしても、それで十数年来の禍根が水に流せるものなのだろうか、とも思う。親へのわだかまりを残し生きる20代の二人は、10年後、どんな30代になっているのだろう。
親との間には溝があるみずきだが、部屋の片づけを手伝ってくれるみくがおり、勤務先の社長も女性服を着たい男性客の気持ちを知りたいという思いでみずきを採用するなど、「職場の社長」と「友人」という、ピンポイントの人間関係はむしろ恵まれているようにも見えた。
一方で、みずきは会社の同僚とは一緒にご飯を食べることもなく、「誘われ待ち」な状況のようだ。番組を見た限りだが、みずきの人間関係は「極めて薄い(同僚たち)」か、もしくは、「かなり濃い(みく、社長、親、別れた彼女)」の2択のようにも見えた。
みずきは日常的に女装をしているので、人付き合いは、そんな自分をさらす覚悟とワンセットになりがちで、おのずと濃いものになるのだろう。
一方で、『ザ・ノンフィクション』を見ていると、重すぎない、寄りかかりすぎない「ちょっとした、ほんのりとした、ほのかな人間関係」が結構、人を救っていると思うことがある。腹を割って話すディープな関係だけが人間関係ではないし、ディープであればあるほど相手へ期待も増え、それゆえに失望しやすいところもある。
昨日見たテレビやスターバックスの新作など、ほど良い距離で他愛もない世間話ができる人がみずきに増えればいいなと思う。
次回は「ありのままでいいじゃない ~いしいさん家の人々~前編」。千葉県の「いしいさん家」は、認知症や統合失調症などの患者を預かる介護施設。多くの患者は暴力・暴言といった問題行動が激しく、ほかの施設からお断りされた人たちだ。スタッフの我慢も限界を迎え……。