• Wed. Aug 10th, 2022

漫画家・東村アキコ、お笑いプロ社長のいま――売れない芸人を養分にする“スター”の特性

羨望、嫉妬、嫌悪、共感、慈愛――私たちの心のどこかを刺激する人気芸能人たち。ライター・仁科友里が、そんな有名人の発言にくすぐられる“女心の深層”を暴きます。

<今週の有名人>
「結果が出なくても、ハハハッ」東村アキコ
『マツコ会議』(7月23日、日本テレビ系)

 昨年亡くなった作家・瀬戸内寂聴さん。ある文芸評論家が講演会で、「女性の私小説は瀬戸内センセイ1人でやりつくした感があるので、あの人を凌ぐ作家は出てこないだろう」といった話をしていたが、確かに寂聴さんは常人とは明らかに違うところがあると思う。

 寂聴さんの人生に大きな影響を与えた男性は2人いる。1人は寂聴さんが離婚して、子どもを置いて家を出るきっかけになった年下の男性。もう1人は寂聴さんの小説家デビューを支えた、才能はあるのにどうも売れない小説家の既婚男性である。

 小説家の男性のサポートで、見事に小説家としてデビューを果たした寂聴さん。男性を師として仰いでいたが、いつの間にか、男性よりも売れっ子となっていく。そんな中、よせばいいのに離婚のきっかけとなった男性に連絡をしたところ、彼はすっかり落ちぶれていた。

 同情した寂聴さんは、小説家の男性と若い男性をふらふらする。結局、小説家の男性と別れ、年下の男性と暮らし始め、事業に乗り出した彼のためにせっせと貢ぐが、男性は若い女と結婚。こうして2人は別れたものの、男性は会社の経営に失敗し、自殺してしまったそうだ。寂聴さんは、この三角関係を描いた小説『夏の終り』(新潮社)が評価され、作家としての地位を不動のものにしたことでも知られている。

 本人にその意図があるのかどうかはわからないが、寂聴さんのようなスターというのは、結果的に周囲の人の運や生命を吸い上げて、すべてを肥やしにしてしまう人をいうのではないだろうか。ここまで強い人はそうそういないが、漫画家・東村アキコもそのタイプの人なのかもしれない。

 7月23日放送の『マツコ会議』(日本テレビ系)に出演した東村センセイ。代表作『東京タラレバ娘』(講談社)は、アメリカの権威ある漫画賞「アイズナー賞」を受賞、世界30カ国で読まれているそうだ。同番組は「ちょっと変わった一般人や各界のルーキー」が出演する機会が多く、東村センセイのようなすでに地位を確立した漫画家が出ることは珍しい気がするが、なんと彼女は、2016年にお笑い事業を始め、19年には新宿・歌舞伎町にお笑い劇場まで作ったという、駆け出しのお笑いプロダクション社長でもあったのだ。

 東村センセイがお笑い事業に進出したのは、特にビジョンがあったわけではなく、“周囲の売れない芸人に頼まれたから”という軽い気持ちからだったそう。芸人が奮起して売れてくれれば、社長である東村センセイにもメリットがあるのだろうが、芸人たちは劇場があることで安心してしまって、“何がなんでも売れてやる!”というようなガッツはないとのこと。

 売れない芸人を抱え、地価の高い場所に劇場を持てば、東村センセイの経済的負担は大きくなる。「これ(原稿)1枚いくらだなって思いながら描いてるんですけど、それがこの劇場にスーッて吸い取られていく」とお金が流れていく様子を表現していた。

 売れていない芸人が、テレビに出て芸を披露するというのは大きなチャンスといえるだろうが、東村センセイと一緒に出演していた東村プロ所属の芸人はなんだか影が薄く、芸をしていない東村センセイのほうが、はるかに存在感があるように見えた。

 番組司会のマツコ・デラックスは、「東村さんが頑張れば頑張るほど、東村さんの面白さしか見えなくなる」「芸人さん、殺していますよ」と話しており、確かに東村センセイが主役で、芸人たちがバックコーラスのようだった。

 出演していた芸人は、なぞかけのルールがわかっていないなど、正直「やる気ある?」と疑いたくなるレベルだったが、東村センセイがフォローして笑いを取るので、なんとなく「それでいい」という雰囲気になってしまう。東村センセイは本職の芸人に「(芸人を)甘やかしすぎ」「先生は潰していますよ、若手を」と言われるそうで、東村センセイの優しさは、仇になっているといえるだろう。

 東村センセイは「夢を追うのは自由だし、夢を追うことが人生そのものの人って、いっぱいいるじゃないですか。結果が出なくても。ハハハッ」と笑った後で、「1人だけでも、1%だけでも、もしかして売れる可能性がね、あるんだったら、この劇場を作った甲斐がある」と芸人に奮起を促し、その後で「私の本音だけど、この劇場で赤字を作っているからこそ、漫画で頑張ろうと思って、漫画を頑張って描き続ける良さもある」とお笑い事業が自分のモチベーションアップにつながっていることを明かした。

 頂点を極めてしまうと、どうしてもハングリー精神というか、ガッツがなくなる。だからこそ、あえて採算が取れないことがわかっているお笑い事業に金をつぎ込むというのは、恐れ入る。そして、東村センセイのような人は売れない芸人を見て、そこからインスピレーションを得て、新たな代表作を描き上げるのではないだろうか。

 寂聴さんが、自身の恋愛を小説にして、いつの間にか小説家の男性を凌ぐ大作家になってしまったのと同じように、東村センセイも売れない人をネタもしくは養分にして、大輪の花を咲かせるような気がする。それがスターになる人の特性なのかもしれない。

 マツコとの掛け合いも面白かったし、東村センセイはかなりテレビ向きな気がする。最近のテレビはどうも毒気が足りなくてつまらないと思っている人も多いはず。手始めに『上田と女が吠える夜』(同)への出演なんていかがでしょう。テレビ業界のみなさま、この逸材を見逃す手はないと叫びたい気持ちでいっぱいだ。