「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます!
――前回から「天皇家秘伝のセックスマニュアル」と呼ばれた医学書『医心方』の「房内」、つまり「ベッドルームでの知識」について歴史エッセイストの堀江さんに分析していただいています。
堀江宏樹氏(以下、堀江) 「房内」の冒頭部分で、理想のセックスとは何かが語られています。男女のセックスが「鍋でいろんなモノから煮物を作る行為」にたとえられているのは興味深いですね。
――高貴な方向けなのに、いきなり庶民的ですね?
堀江 「如釜鼎能和五味」というのが原文で、その部分の私の意訳が「煮物」うんぬんなのですが、鍋料理ではさまざまな具材を一緒に煮込んだら、栄養値がアップするっていいますよね。
恋愛もセックスもいろんな要素が絡み合って、素敵な化学変化を見せるものです。「房内」はセックスマニュアルなので、女性器全体がアツアツの鍋、具材がペニスだと思ってください(笑)。
ここで興味深いのが、キリスト教の倫理観においてセックスとは子宝を授かるためにする行為であって、快楽追求、暇つぶし、ケンカの仲直りとか、子作り以外の目的で行ってはダメなんです。でも中国とか日本とか、東アジア文化圏では、何千年も前の古代の時点で、すでにセックスは子作りのためだけにあるものではない、という価値観が成立していたのですね。
――90年代に女性誌「an・an」(マガジンハウス)で有名になった「セックスできれいになる」の元祖ともいうべき「セックスで元気になる」という発想に近いかも。
堀江 そうです。しかも、そのキャッチコピーが生まれる何千年以上も前に発想され、実践されていた「らしい」のは興味深いというしかありません。「らしい」というのは、『医心方』「房内」のマニュアルはかなり複雑怪奇で、これを実践しようと考えていたら、本当にセックスなんてできるだろうか……と思ってしまう点が多いからです。
たとえば、「九浅一深」の法というのがあるんです。男女が合体した時、男性の腰の動かし方にもいろいろと制約があって、それをまとめたのが「九浅一深」という言葉です。俗に「リズミカルにしないとダメ」みたいに理解されている概念ですが、女性のため、というより男性が簡単には絶頂に達しないため、加減して腰を動かさないとダメだよ……という教えのような。
――何年か前、男女が合体したまま、ほとんど動かないポリネシアン・セックスというものが注目された記憶がありますが……。
堀江 まぁ、本当に愛し合っている二人の場合はそれだけでも良いのでしょう。でも、女の体をいたわる目的以外で、早々と射精したくないから、動きを加減している男性相手に、女性は本気でアツくなれるのかな、とも考えてしまいます。
前回のコラムで、年齢ごとに射精可能回数についてまとめられた本書のデータを引用しましたが、理想は「射精は月に2回まで。年間で24回程度にとどめれば100歳ないし200歳まででも元気で若々しくいられる」そうです。若いころから極端に射精数をセーブできたところで、理論的にそこまで長命になるわけがない(笑)。
また、ごく制限された動きだけで、女性をエクスタシーに導きまくれるという前提からして、実現はたぶん無理。ほとんど魔術のようなものです。あ、この手の「房中術」を極めると、仙人になれるそうですよ。
――そもそも一晩に10人以上の女性と交わるのが前提なんですよね? 毎晩とっかえひっかえできる世俗権力の頂点にいる男性が、仙人なんかになりたいのでしょうか(笑)。
堀江 そういうところ含めて、非現実的な話では、と思ってしまいますよね(笑)。ほかにも興味深かったのが、(性的に)最高の女性! というのが外見でわかるという「好女(こうじょ)」の章でしたね。性的な方面での絶対エースの女性がいて、それはこういう属性、外見なんだ、と言い切ってるんです。
――どんな女性なんでしょう。すごく気になります。
堀江 まず年齢制限があります。30歳が上限値で、「なるべく年若い女性を選びなさい」だそうで、ベストは「未生乳」……胸も膨らんでいないくらい若いんだけど、肉付きがよい女性。というか、少女ですよね。
――それ、現代日本じゃ犯罪ですよ! うわー本当に気持ち悪い。
堀江 そうなんです(苦笑)。「陰部とワキの下には毛がないのが好ましい。毛があっても、細くて滑らかなのがベスト」との教えも。脱毛の結果とかじゃなくて、自然にそういう状態の女性が喜ばれたようです。ガサガサの陰毛がいっぱい生えている女性はそれだけで「悪女」です。悪女=愛するにふさわしくない女という意味ですが。
私の台湾人の友人から聞いたのですけど、現代でも中国文化圏では、陰毛が生えていない女性を「白虎(びゃっこ)」と呼び、“名器”の持ち主だと考える習慣が残っているそうです。ちなみに「白虎」と同じ無毛の男性版が「青龍(せいりゅう)」。
――高貴な男性が求めるべき理想の女性像が、陰毛がない少女というのはびっくりしました。
堀江 ほかには「髪の毛は細く、目は細く、黒目と白目がハッキリ区別されているのがよい」。現代日本ではカラコンを入れてまで黒目がちに見せる人がいますが、古代ではNGだったんですね。ほかには「全身の皮膚がなめらかで、滑舌もよく、声がきれいで、肉付きは良いのだけれど、華奢で肥満しにくい体質」などの条件もありますよ。肉感性をも兼ね備えた合法ロリ女性というか……。
現代日本は、ゲームとかアニメを通じて、全世界に二次元美少女のキャラクターを広めていますけど、その源流がすでに平安時代に確立されていたのかもしれませんね。
――平安時代でも、やっぱりスリムな女性しかモテなかったということでしょうか。
堀江 好みの個人差はあるでしょうけど、どんな体形もヨシとする「ボティポジティブ」の発想は、当時なかったと思いますよ。
『源氏物語』には、朧月夜(おぼろづきよ)というお姫さまが出てきます。光源氏が「なまめかしう、かたちよき女(=艷やかな美人)」なんて珍しく褒めているので、おそらく体もグラマラスな女性が出てくるのだけれど、華やか、奔放、性的すぎる彼女は光源氏の本命にはなれず、最終的には捨てられちゃう存在ですから……。
ただ、平安時代の日本でも本当に陰毛がない「白虎」の女性が喜ばれたかどうかはわかりませんねぇ。『源氏物語』を見ていても、「紫の上は白虎」なんて設定があるような気がしませんから。
――豊満な肉体は本命にならず、かといって、少女のように無毛が良いわけでもないんですね。
堀江 『医心方』「房内」の性知識……たとえば、男性が「接して漏らさず」=「ヤッてもイかない」などの行動理念は、江戸時代になっても現役だったんですけど、興味深いことに江戸時代の日本で喜ばれた女性器像と、『医心方』に書かれた理想の女性器像はかなり違うのです。
たとえば江戸時代では、成人後も陰毛が生えない体質の女性は「かわらけ」などと呼ばれ、あまり喜ばれる属性ではないという考えが一般化していました。土を焼いただけの粗末な土器というのが「かわらけ」という意味ですからね。
ガサガサの陰毛を荒野の雑草のように茂らせた女性は、江戸時代でもやはりダメだったみたいですが、ロリ系より、年相応に成熟した女性が好まれるようになっていました。要するに中国から性医学の知識を古代の日本は仕入れたけれど、その中でも生き残る知識と、淘汰される知識があったということです。