• Wed. Oct 5th, 2022

60歳で会社を退職後、ボランティアで喜びを感じる――依頼する高齢者が「母の姿とも重なる」

“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)

 そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。

 松野佳彦さん(仮名・60)の母・初枝さん(仮名・84)は北陸で一人暮らしをしている。松野さんは毎日、初枝さんに電話をかけ、絵手紙も毎月送るなど、「所詮、自己満足」と自嘲しながらも初枝さんを気にかけてきた。会話が続かなくなり毎日の電話をやめたが、なお一人暮らしのさびしさから初枝さんが「今日も誰ともしゃべらなかった」と訴えるのがつらく、「自分を悲劇の主人公にしているのではないか」とまで感じるようになってきた。

▼前編はこちら

母親に「近くに来ないか」と移り住むよう提案したが……

 頭では、「それはつらいね」「さびしいよね」と初枝さんに共感する言葉をかけてあげればいいんだろうとわかっていても、「照れもあってその一言がどうしても出ない」と苦笑する。最近は、初枝さんの声を聞いて“安否確認”したら、妻にバトンタッチするようにしたという。

 嫁と姑ではあるが、それくらいの関係のほうが、初枝さんのさびしさに共感やいたわりの言葉をかけやすいと感じている。「女の人のコミュニケーション能力には脱帽ですよ」と言うが、素直に認められる松野さんも素敵だ。

 離れていても、そんな息子夫婦がいる初枝さんは幸せだ。そう伝えると、「実は呼び寄せも提案した」と明かしてくれた。

「そんなに毎日さびしいのなら、近くに来ないかとは言ったんですが、それは嫌だと断られました。ときどき遊びに行くくらいならいいけれど、親戚も友達もいない、知らない土地に移り住むのは、やはり抵抗があるようです」

 初枝さんが断ったことに、ホッとした部分もあるというのが正直な気持ちだ。いざ初枝さんを近くに呼んだところで、都会に慣れなくて心細い初枝さんをどこまで支えられるのか、自信はない。毎日の電話でさえ負担になったのに、近くに住むとお互い無理をするのも見えていたし、初枝さんも松野さんに過大な期待や依存をしてしまうことも考えられる。

 期待に応えられなかったときの初枝さんの落胆もその分大きくなるに違いない。そうなるとお互いに不幸だ。

 「少なくとも、今よりハッピーではいられないだろうと思っていながら、母に呼び寄せを提案してみたのも、一応言うべきことは言ったという既成事実をつくりたかっただけなのかもしれません。これも自己満足ですね」と笑うのも、いかにも松野さんらしい。

 松野さんは、最近会社を退職した。再雇用制度を利用せずに、会社からはきっぱり離れた。初枝さんに何かあればすぐに行けるようにしておきたいという気持ちもあったが、初枝さんの様子を見ていて、これからの長い老後を自分はどう送るのか、会社から離れてゆっくり考えたいという思いも強くなったのだという。

 自由になった時間を、これまで取り組めなかった趣味の音楽や絵画に使うほか、地元の助け合いグループに入って、有償ボランティアもはじめた。

「少額ではありますが、ちゃんとお金をもらって、地域で困っている人の役に立っているという喜びを感じています。これは会社にいたころには味わえなかった新鮮な体験でした」

 依頼者の多くが、高齢者だという。庭の草むしりや剪定、電球の交換や家具の移動など、小さなことだが、自分ではできなくなった高齢者から感謝されて、逆に松野さんのほうが恐縮してしまうくらいだ。

「リタイアした自分でも、このグループでは最年少。『松野さんは若いから』とおだてられていますが、それもまんざらではないですね。私を指名して待ってくれている方もいます。作業している間の世間話が楽しみで、私たちを呼んでいるのかなと思うこともあります。母の姿とも重なる部分も多く、自分もいずれこうやって老いていくんだと実感します」

 松野さんはさらに介護ヘルパーの資格を取得することも考えはじめた。まだ60歳になったばかりだ。老いる自分を受け入れるための準備期間は、まだまだたっぷりある。準備しなくても老いは待ってくれないのだけれど。

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