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「中学受験の失敗」が、わが家には必要だった――小学校受験不合格のリベンジを果たした娘が、学校を辞めたワケ

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験のメリットの一つに、「豊富にある学校の中から、わが子に合った教育環境を選べること」がある。特に私立中高一貫校では、各校ごとに教育方針が明確に謳われているので、受験生家庭は学校を選びやすいといえるだろう。

 子ども自ら受験校を決めることもあれば、親が子どもに勧めることもあるが、後者の場合、そこには、“わが子のため”という親心があるはずだ。

 例えば、「学歴は子どもの武器になる」というお考えの親御さんは、大学合格実績で目を見張る数字を叩き出す学校を勧めるかもしれないし、中高時代は受験を意識せずに、伸び伸びと部活動などに没頭してほしいと願う親御さんは、大学付属校のほうをプッシュするかもしれない。ただ、そんな親の“良かれと思って”の助言が、すべて正解かというと、そうではないのだ。

 麻那さん(仮名・高校3年生)という一人娘を、会社員をしながら育てるシングルマザーの恵美子さん(仮名)。彼女自身は都内公立中学校から都立高校へ進み、都内の有名S大学に進学した経歴の持ち主だが、もし女の子が生まれたら、「絶対に小学校からS大学付属に入れよう!」と考えていたという。

「私は生まれも育ちも東京23区内なので、都会コンプレックスのようなものはないはずなんですが、でも正直、大学に入って仰天しちゃったんです。S大学は幼稚園から大学院までを擁する総合学園で、同級生には幼稚園や小学校から持ち上がってきた子もかなりの割合でいました。そういう子は、裕福な家の子が多く、なんというか文化が違うっていうか、世界が違うっていうか……みんな本当にきらめいて見えました」

 恵美子さんは付属校出身者が多数在籍するサークルで活動していたために、自然と付属校出身者である友人が増えていったという。

「例えば、高級ブランドのバッグを軽やかに持っていてカッコいい! と思ったこともありましたが、それ以上に、みんな人柄が素晴らしいんですよ。何事にも寛容だし、ギスギスしてないっていうか、人間の幅にゆとりがあるような……加えて、知的で落ち着きのある素敵な人が多かったんです。しかもみんな小さい頃からの仲なので、結束が強いのにも憧れました。私は大学から入ったため、どんなに頑張っても彼らのような人脈を得ることはできず、文化や教養も身に着けられない。なので娘には、早いうちからそういった環境に身を置かせてあげようと思いました」

 そこで、恵美子さんは娘の麻那さんをS大付属小学校に入れるべく“お受験”をさせたのだが、結果は不合格。仕方なく、照準を中学受験に切り替え、6年後、見事リベンジを果たしたという。

「最初は麻耶も学校が楽しそうでした。でも、中学1年生の後半あたりからですかね……登校を渋るようになってきて、徐々に欠席する日が増えていったんです。理由があるなら、それを解決するように動けばいいだけだと思うんですが、麻耶は、『朝になると体が動かなくなる』『なぜそうなるか自分でもわからない』と言うばかりで、途方に暮れてしまいました」
 
 学校の先生方は麻耶さんをすごく心配してくれたそうで、本人だけでなく、クラスメイトや部活仲間などにも話を聞き、学校を休みがちになった原因を究明しようとしたらしい。しかし、いじめもない、友人関係のトラブルもない、勉強の遅れもない、病気でもないという結果で、恵美子さんは余計に混乱してしまったという。

 結局、麻耶さんは出席日数がネックとなり、併設高校への進学は認められなかった。

 そんな中3の学年が終わろうとする冬のある日、麻耶さんが突然、通信制のC高校のホームページを恵美子さんに見せながら、こう宣言したという。

「ママ、麻耶はここに行こうかと思う。S中はママが言うように、すごくいい学校。友達もみんな優しくて、いい子ばかり。でも、麻耶には合わないってことがわかったの。今度は麻耶が決めてもいい?」

 恵美子さんは、麻耶さんのその言葉に衝撃を受けたそうだ。

「私、何をやっていたんだろう……って思いました。S小受験をさせたのも、S中へのリベンジを決めたのも、すべて私。何でなんでしょうね、『私が麻耶のために選んだんだから、絶対、麻耶も喜ぶはず! この環境に入りさえすれば、麻耶の人生はすごく楽しくなるに違いない!』って思い込んでいたんです。でも、麻耶と私とは別の人間だという、そんな当たり前のことすら、私には見えなくなっていたんです。私は最低の母親だって思いました」

 麻耶さんは現在、自らが行きたいと望んだC高校の最終学年を迎えたが、この学校とは水が合ったようで、入学後は週5日登校コースに、ほぼ休まずに通っているという。

「この前、麻耶が言ったんですよ。『ママ、C高に行かせてくれてありがとう。C高はめちゃ楽しいよ』って。それで、『S中はどこが合わなかったの?』と聞いたら、麻耶自身もうまく言えないようでした。要するに『居心地が悪い』ってことなのでしょう。きっと私の話を通して想像していたS中と現実のS中との間に、大きな乖離があったんだと思います。麻耶のために良かれと思ったことなんですが、親のエゴが出すぎた結果、麻耶にはつらい思いをさせました」

 最後に恵美子さんは笑顔でこの話を締めくくった。

「母一人、子一人のせいか、麻耶は小さい頃から、私に忖度するようなところがあったんですが、C高に行くと自ら決めたことで、自信が芽生えたみたいです。それが麻耶にとってターニングポイントになり、将来の進路も自分で決めることができました。わが家の経験は、『中学受験の失敗談』かもしれませんが、でも、今はこれも必要なことだったような気もします」

 麻耶さんの夢はパティシエになって、自分のお店を持つこと。卒業後は製菓学校に通うことになっているそうだ。