こんにちは、保安員の澄江です。
今夏、新型コロナウイルスの感染が爆発していたものの、夏休みということもあって各商店に客足が戻ってきており、それに合わせて万引き被害も増えていました。流行しているアウトドアキャンプやバーベキューに絡む商品の被害が目立ち、万引きが世間の流行に敏感な犯罪であることを実感しています。
つい先日も、みんなでキャンプに行くからと、カートを駆使して500mlのビールケースを5箱も盗み出した50代の男を捕まえました。
「仲間から預かった金を、自分の小遣いにしたかった」
集金用と思しき、仲間の苗字の隣に〇×式のチェック項目が書かれた封筒から、バツの悪い顔で3万円超の現金を取り出した男は、被害届を出すからと代金の受領を店長に拒絶され、懇願むなしく警察に引き渡されました。横領の罪はつかないものの、仲間を裏切った代償は高くつき、そのまま逮捕となった男は、10日ほど留置施設で過ごしています。
今回は、夏の風物詩ともいえるアウトドア系万引きの実態について、お話ししたいと思います。
2日間で7件の事案が発生、万引き犯に狙われたディスカウントストア
当日の現場は、東京郊外に位置する総合ディスカウントストアA。さまざまな商品をもれなく扱う地域で人気の巨大店舗です。他社の保安を常駐させている店舗ですが、導入時間内に高額の万引き被害が相次いだそうで、入れ替え業者を選定するため5日間のスポット契約をいただきました。
この日の勤務は、午前10時から午後6時まで。中日にあたる3日目の勤務を任され、入店のあいさつをするべく従業員通用口から総合事務所に向かうと、このために本社から来られたと思しき防犯部長を名乗る40歳くらいの男性に対応されます。どことなくアンガールズの田中卓志さんに似ておられる、背が高く線の細い男性です。
「昨日、一昨日と入ってもらったけど、思った以上に(万引き者が)いて驚きましたよ。今日もよろしくお願いしますね」
「そうでしたか。どのくらい(万引きした人が)挙がりましたか?」
「初日は4件、昨日は3件でした。みんな1万円を超えていたので、警察手続きも大変で、まだ終わっていないんです」
2日間で7件もの事案を発生させているとすれば、所轄署の地域課や刑事課を、ひどく忙しくさせていることでしょう。たくさん挙がる現場で、保安員を連続導入してしまうと、結果によっては所轄警察署との関係が悪化することにもなりかねないので、注意が必要なのです。
「それは大変ですね。所轄の皆さん、怒っていらっしゃるでしょう?」
「そうなんですよ。少しは考えてやってくれと嫌な顔をされました。あとで書類を持ってくるので、差し入れでもしてフォローするつもりです。他社さんにも定期的に入ってもらっていますが、こんなことは初めてですよ」
所轄警察署の状況はさておき、2日連続で“祭り”になっていると聞いた以上、一番長いキャリアを持つ私が坊主を出すわけにはいきません。ただキャリアがあるだけで、結果を出せない無能な職員だとは、絶対に思われたくないのです。自分の気持ちを楽にするには、万引き犯を捕捉するほかなく、早速に店内の巡回を始めました。
(思ったより、お客さんが少ないわね)
勤務開始直後から激しい雨が降ってきたため、お客さんの姿はまばらで、警戒すべき不審者も見当たりません。スマホのお天気アプリで雲行きを確認すれば3時間ほどでやむと予報されていたので、少し早めの食事休憩をいただくことにして、勤務後半に今日の勝負をかけることに決めました。
従業員などによる内引き対策も兼ねているため、極力目立たぬよう気をつけながら、従業員向けの休憩室で食事を済ませます。身支度を済ませて、2階にあるカー用品やキャンプ用品などを扱う売場の通用口から店内に戻ると、前方から歩いてくる男性3人組が目に留まりました。
一見して、20代前半くらいでしょうか。白いスウェット上下に、ブランド物の派手なスニーカーを履いた男がリーダーのようで、ダボついた派手な柄の長袖Tシャツに、ニット帽をかぶったラッパーのような恰好をした2人がその脇を固めるように歩いています。彼らの首には、さまざまな太さのゴールドチェーンが誇示するように巻かれており、その重量によって格付けされているように見えました。羽振りの良さをアピールしているものの、年齢や振る舞いが若いためにバランスが悪く見え、初見のイメージを言えば半グレか特殊詐欺グループのメンバーといったところです。
(何を買いにきたのかしら)
粗暴な雰囲気を纏いながら、大きな声ではしゃぐ様子が気になって動向を見守ると、彼らの行き先はアウトドア用品売場でした。まるで買う気は感じられないのに、目につく商品を手に取っては戻すという行為を、ただひたすらに繰り返しています。きれいにディスプレイされた商品を、遠慮なく乱暴に扱う彼らの振る舞いに、辟易としたことは言うまでもないでしょう。
しばらくの間、戯れながら商品を弄ぶ彼らの行動を見守ると、リーダーと思しき男がキャンプ用のキャリーワゴンを引いて釣具コーナーで足を止めました。キャリーワゴンの荷台に、ルアーや釣り糸、レインコートといった商品を、おそらくは人数分、特に選ぶことなく次々に載せていきます。それからまもなく、各階精算のお願いを聞くことなく売場を離れた3人は、エレベーターに乗って下に降りていきました。
店内の客数に鑑みると、一緒に乗り込めば身バレする可能性が高く、脇にある階段を駆け下りて後を追います。すると、エレベーターを降りて出口に向かった3人は、風除室にキャリーワゴンを放置すると、その代わりにカゴを載せたカートを押して食品売場に入っていきました。
(やるに違いない)
犯行に至ると確信して、防犯部長に連絡を入れた私は、3人の後を追いながら簡単に状況を説明して、至急応援に来てもらえるようお願いしました。これからキャンプに行くのか、3人はその間、大きな肉のパックや輸入物のハム、ソーセージ、スナック菓子などをカゴに入れていきます。ギラついた目で周囲を警戒しつつも、わざとらしくはしゃぎながら酒売場に入っていきました。
「あの人たち?」
数分後、棚の陰から3人の動向を見守る私の後方から、防犯部長が声をかけてきました。視線の先にいる3人の姿を見た途端に、あからさまに怯えて、身を縮めるようにしています。
「ちょっと危ない人たちに見えますね。暴れたら、どうしよう。大丈夫かな?」
「暴れるかどうかはわかりませんけど、あの様子からすると確実にやりますよ」
内線で店長を呼び出した防犯部長は、風除室にあるキャリーワゴンを遠巻きに見守るよう指示すると、続けて警察にも通報し始めました。
こそこそと通報を始めた防犯部長に気づくことなく、多数の缶ビールやハイボール缶、それにロックアイスまでカートに載せた3人は、レジ前にある有料の特大レジ袋を複数枚まとめてつかみ取ると、レジ列に並ぶように見せかけて売場通路に戻っていきます。歩きながらレジ袋を広げて、カート上にある商品を覆い隠して精算済みを装い、風除室のある出口方面の方に向かって歩いていきました。
(そろそろ出るわね)
身構えて出口方面に目をやれば、カゴやカートの回収係である制服警備員が作業をしており、それに気づいたらしい3人は足を止めて風除室の様子をうかがっています。棚の陰から目を離さないでいると、通報を終えたらしい防犯部長が追いかけてこられ、私の耳元でささやきました。
「交番の警察官が、書類を持って、ちょうど出たところだって」
この店から交番までは、自転車で5分ほどの距離らしく、まもなく到着する見込みのようです。タイミングよく警察官が来てくれることを祈りつつ、引き続き3人組の様子を見守ると、商品を満載したカートを売場に放置して、キャリーワゴンには見向きもしないまま外に出ていってしまいました。キャリーワゴンを放置している風除室のある出入口から、2人の警察官が入ってきてしまったのです。
「チャリされちゃいましたね……」
「これは悔しいなあ。やる気満々だったのに、タイミング悪すぎでしょう」
後方を振り返りながら、人をからかうような振る舞いで店を出た3人が、車に乗って敷地外に出るまで店内から見届けます。車種とナンバーを確認して、車が通過した出口と時間をメモした上で、店内に戻って警察官に状況を説明しました。
「現認は、一つもない?」
「抜けようとしていたから、棚取りは見ていますけど、チャリされちゃいましたからね」
「おわかりだろうけど、現認がないと、どうしようもないんですよ。でも、未遂になってよかったでしょう。犯罪は、未然防止が一番ですから」
「ええ、まあ……」
結局、私の手柄を台無しにしたことについての謝罪はなく、今後も未然防止に力を入れるよう指導されることで事態は終結。放置された商品は、計28点、合計で5万円を超えていますが、一連の行為が罪に問われることはありません。
立ち去った3人については、全員の顔と車両ナンバーを認証登録することで、今後の来店に備えることになりました。結局、この日は、一件の捕捉もないまま業務は終了。鼻で笑いながら立ち去った3人の顔は、脳裏にこびりついたまま、いまも離れません。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)
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