こんにちは、元闇金事務員、自称「元闇金おばさん」のるり子です。
いまから30年近く前の話になりますが、私の勤めていた金融会社は20年以上の業歴を誇る老舗で、“金融問屋”の立場にもありました。業歴浅く、資金力のない金融業者などを相手に、その債権を担保に資金を貸し付けていたのです。その利率は、年36.5%。通常のお客さんより安く設定されているのは同業者だからで、有事の際は取り立てを代行して、自分たちで回収する目論見も透けて見えます。
その貸し付けていた金融業者の一つが「〇×インターナショナル」。名前からして、そこそこ大きな会社だと思っていたのですが、その実態は社長と社員1人の極小企業と聞いて驚いたことを覚えています。
ある日、「〇×インターナショナル」の客から担保に預かっていた小切手が不渡となり、それに合わせて「〇×インターナショナル」とも連絡が取れなくなったことがありました。その残高は、200万円。社長からは、担保として預かっている小切手は、すべて現金化して強制回収しろと指示されました。
「〇×インターナショナル」の客の立場になれば、見知らぬ金融業者から、突然小切手分の金額を回収されることになり、急な資金繰りを余儀なくされます。当座決済のリミットは、翌日の午後3時。不渡を避けるには、小切手を所持する当社が、金融機関に「決済をしなくてよい」と連絡するか、「〇×インターナショナル」の客がお金を作って決済するほかありません。
「振出人(手形を発行した人=「〇×インターナショナル」の客)の会社と自宅がどうなっているか、確認してこい」
ホワイトボードに書かれた代表者の自宅住所は、私の家から徒歩3分くらいのところでした。それを社長に話すと、いい機会だから現場を見てこいと進言されます。業務終了まで、あと1時間ほどありますが直帰を許され、イケメン営業マンの佐藤さんと元プロボクサーである藤原さんのコンビと一緒に、社用車で債務者の自宅に向かうことになりました。
このコンビは、社内で取り立て最強タッグといわれており、いつも先陣を切って現場に飛んでいきます。なんでも武闘派の藤原さんが暴れ、優男の佐藤さんがなだめて客に取り入るやり方が、うまく型にハマるという評判でした。
社用車は、ランドクルーザー。手荷物を入れるべくトランクを開くと、バールやドライバーといった工具のほか、レトルト食品やカップ麺、2つの布団袋が積まれています。それらの使途が気になって、すぐ隣でバッグを積み込む佐藤さんに尋ねると、さわやかに答えてくれました。
「バールなんて、何に使うんですか?」
「現場が遠かったりして、鍵屋が用意できないときは、壊して入ることもあるからさ。いつでも占有できるように、きれいな布団と食料も常備してあるの」
「知らない人の家で寝るって、どんな気分なんですか? 怖くないです?」
「怖くはないけど、気持ち悪いよね。俺は、トイレとかお風呂とか、水回りを使うのが嫌だな。食器とかも使いたくない」
車に乗り込みドアを閉めると、傍らで話を聞いていた藤原さんが、車を発進させながら口を開きました。
「俺は現場に入ると、緊張しちゃってダメっすね。他業者や警察が、いつ来るかわからないし、全然油断できないっす」
「何か怖い思いをしたこともあるんですか?」
「夜中に、債権回収に来た同業のKグループの奴らに物件の周りを取り囲まれて、一斉にノックされたときが一番焦ったっすね。少なくとも50人くらいは来ていたんじゃないかなあ。すごい人数で来ているのがわかったし、逃げ場がないから、あの時は参ったすよ」
結局、その時は人が集まりすぎて現場で揉めてしまい、警察沙汰になったとのこと。パトカーはもちろん、護送車が3台もきたそうで、関係者全員がそれに乗せられて、いくつかの警察署に振り分けられたと話しています。
「あの時は、パクられるのを覚悟したけど、誰も手を出していないから厳重注意ですんだっすよ。殴られたら有利になるからって、社長にいわれて仕向けてみたけど、手の内を知る向こうも、さすがに手は出してこなかったっす。結局、口げんかで終わって、拍子抜けしたっすね」
「殴られろと指示されるなんて……。そんな会社、聞いたことないです」
「そうっすよね? ウチは普通の会社じゃないっすから……。まあ、でも、そういうところが楽しくて、お世話になってるっす」
細いながらもがっちりとした体格を有する藤原さんは、パンチパーマをかけていることもあって、一見すれば暴力団員にしか見えません。その風貌が影響しているのかはわかりませんが、営業成績は常に振るわず、事務所で話す機会もほとんどありませんでした。本人も自覚されているようで、自分が活躍するのは回収の現場なのだと、自嘲するように話しています。
「自分なんかは、スーパー営業マンの佐藤先輩がいるから、クビにならずに済んでいるようなもんですよ。本当に助かっているっす」
これほど饒舌な方とは思わず、そのイメージは大きく変わりましたが、見かけによらず良い人で好感が持てました。
「ここだ」
見覚えのある住宅街に入り、航空地図を頼りに車を走らせると、その物件はすぐに見つかりました。弁護士の介入通知などは、玄関扉に貼られておらず、呼び鈴を鳴らしても反応はありません。郵便ポストや電気メーターを確認した後、迷うことなく敷地内に入った2人は、小さな庭から家の中を覗き込んでいます。
「メーターは少し回っているけど、中(屋内)の感じからすると、間違いなく飛んで(夜逃げして)いるよ。会社に報告入れたら、鍵屋を呼んで中に入ろう」
玄関前に車を横付けして、周囲を警戒しながら鍵屋の到着を待っていると、しばらくして60歳くらいにみえるホームレス風の男性が小さなトランクを引いて現れました。あまり目立つのはよくないということで、私と藤原さんは車から降りることなく、車内から状況を見守ります。
「お疲れさま。今日も頼むね」
「目立っちゃうから、大きな声出さないでよ。悪いことしにきているんだからさ」
「ごめん、ごめん。ここを開けてもらいたいんだけど、大丈夫?」
「このタイプなら、すぐ開くと思うよ。周り、注意して」
玄関前にトランクを広げ、ライト付きの独眼鏡を左目につけた鍵屋は、糸鋸の刃に似た道具で鍵穴をほじり始めます。
「開いた」
作業開始から、およそ2分。いとも簡単に扉は開かれました。一刻を争うように道具を片付けた鍵屋は、領収証と引き換えに3万円の現金を受け取ると、そそくさと帰っていきます。
車から降りて、玄関扉に看板(A3のコピー用紙に社名と電話番号が書かれたもの)を貼り出し、急いで家屋の中に入ります。すぐに戸締りをしてリビングに入ると、部屋中に下着や洋服などが散乱しており、素人目で見ても夜逃げした感じが伝わってきました。
ダイニングテーブルの上には、使用済みの食器やグラスが放置されたままで、食べ残したコンビニ弁当にコバエがたかっている有様です。雨戸(仏壇の扉のこと)が開いたままの仏壇が目に入り、ごあいさつするべく中を覗くと、位牌や仏像の姿は見当たりませんでした。
「仏様がいらっしゃらないですね」
「夜逃げ確定ですね。仏壇なんて、どうして覗くんですか?」
「知らない方のお宅だし、お邪魔するから、ごあいさつしようと思って。実家が葬儀屋なもので、お宅にあがるときは、必ずご焼香させていただくものですから、つい……」
キッチン周りを見れば、パンパンに膨らんだゴミ袋が多数積まれていて、足の踏み場もないまさにゴミ屋敷。室内の臭気は強く、すぐにも立ち去りたい気持ちになりました。
次回は、この債権回収の現場について、引き続きつづっていきたいと思います。
※本記事は、事実を元に再構成しています
(著=るり子、監修=伊東ゆう)