日曜昼のドキュメント『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)。10月2日の放送は「ボクのおうちに来ませんか2 ~モバイルハウスと新たな家族~」。
あらすじ
神奈川県・相模原市の山深い集落、綱子(つなご)の空き地に「モバイルハウス」を止めて暮らす二人の青年。モバイルハウスとは移動可能な住居のことだ。二人の生活は2020年に初めて放送され、今回は2年たった彼らの心境、状況の変化について伝えた。
青年の一人は自称・生活冒険家の赤井成彰(33歳)。赤井のモバイルハウスは軽トラを改造したもので、外観は移動式コーヒーショップのようで中腰にならずに立てるほどの高さもある。
もう一人の青年は漫画家のおぐりちはや(2年前の取材時点で28歳、現在30歳?)。20年時点では、赤井の立派なモバイルハウスに引き換え、おぐりのモバイルハウスは「リアカーの上に大きめの棺桶が乗っている」ような形状だったが、2年を経てデスク、椅子も携えた形状に進化していた。2年前からモバイルハウスでの生活を漫画にしているようだが、漫画家としての生活は厳しいようだ。
二人の生活にも変化が見られており、肝心のモバイルハウスで暮らす頻度が減っていた。ともに配偶者(恋人)の存在が大きい。
赤井は綱子のイベントで出会った、二人の息子(10歳のあおし、7歳のとうわ)と暮らすシングルマザー、37歳の朱里と交際しており、週2日は朱里の家で暮らす生活だという。
おぐりは、2年前の放送当時から交際していた、教育関係の仕事に就くゆりかと結婚。ゆりかがローンを払う自由が丘のマンションで月3週間暮らしており、ほぼ自由が丘が拠点となっているようだ。ゆりかはおぐりにもっと働いてもらいたいようで、おぐりもゆりかの気持ちに応えたいと番組スタッフに話してはいたものの、番組を見る限り特に何もしていないように見えた。
赤井は朱里宅の風呂を堪能しながらも、結婚には前向きではないようで、子どもとの関係について「近所のおもろい兄ちゃんぐらいの感じがいいかな」と話す。おぐりと地元で飲んだ時は、「責任って言葉がめっちゃ嫌いなんや」と話し、おぐりも「わかるね」と同意。彼女の家の資源を満喫しておきつつも(特におぐり)二人は気ままに生きたいようだった。
赤井は金沢の実家(赤井の父は医師で、実家はかなりの豪邸)に、朱里の子ども二人を連れてモバイルカーで帰る(翌日、朱里も合流)。赤井の両親は朱里親子を歓迎。母親は、籍は入れたほうがいいと赤井に話し、父親は「自分が死んでも(家族が)生きていけるようにしないと」と、自身が父親として意識していた責任の在り方について話した。
番組最後で赤井と朱里親子は海に行き、なんとなく二人はそのまま結婚しそうな雰囲気だったが、はっきり結婚した、という明言はないまま終わった。
番組の最後に交わされた、スタッフと朱里の息子二人の会話を紹介したい。
スタッフによる「今お父さんいます?」の問いかけに、次男のとうわは「うん」「ナル(赤井)と、パパ(実父と思われる)」と答えたのに対し、長男のあおしは、「うん」と言った後すぐに訂正、「今はいないかな」と2回言っていた。
あおしの「今はいない」は「簡単には言えない」ということなのだと思う。「母親の再婚」という事態を前にすればもっともだ。10歳という年齢で、自分の複雑な気持ちをテレビカメラを前にしながら、表現しようとするあおしはすごい。
しかし番組スタッフは続けて「ナル君にお父さんになってほしい?」とあおしに聞いていて、あおしは「うん」と答えていた。これらやりとりの隣には朱里がいる。朱里が赤井と結婚したがっていると知っているあおしとしては、そう答えるしかないだろうという気がした。最初にあおしがどこか含みを持たせた回答をした時点で、スタッフは察して、そっとしておいてやればいいのにと思った。
あおしがそのように、繊細な思いを表現しようと模索しているのに対し、それを横で聞いていた朱里は「みんなでそう思い合えるならうれしい」と涙をぬぐっており、これはかなり“雑”だと思った。
朱里の「みんなでそう思い合えるならうれしい」の「そう」は「家族になる」ということなのだろう。番組を見る限り、これはその直前に発せられた息子二人の言葉を受けたものだが、赤井は結局、結婚について明言していない。さらに、その直前のやりとりでもストレートに家族になりたいと言っているのはとうわで、あおしの心境はもう少し複雑に見えた。
番組を見る限り、明らかに家族になりたい意向があるのは朱里ととうわの2人だと感じる。しかし、朱里は4分の2の意見なのに「“みんなで”そう思い合えるならうれしい」と言ってしまうあたり、自分の都合の良いように解釈しているようにも聞こえた。朱里が結婚したいのはよく伝わったので、「私は結婚したい」と言えばいいのに、と思う。
自由気ままに生きていたい赤井とおぐりだが、自分が自由気ままに生きたい、を最優先したいなら「彼女を持たない」もしくは「子どもを持ちたくない女性と付き合う」にすればよかったのに、なぜ二人とも「子どもを望む女性(ゆりか)、子どもがいる女性(朱里)」を選んだのだろうか。
「自由気ままな生活」は、毎日の世話が必要な「子ども」という存在とかなり相性が悪いように思う。「相手を好きになったから彼女を選んだ」と言えばそれまでだが、赤井やおぐりの「自由気まま」を望む気合、熱意は、モバイルハウスという極端な暮らしをしていることからも、人並み以上にあるように見える。しかし、案外それほどでもないのかもしれない。
次週は「東京デリバリー物語 ~スマホと自転車とホームレス~」。いつの間にかすっかり社会の風景として定着した自転車やバイクで街中を駆けるフードデリバリーの配達員たち。コロナ禍の中での「雇用の受け皿」にもなっている中、さまざまな配達員の状況を見つめる。同作は令和4年度(第77回)文化庁芸術祭参加作品でもある。