“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
先頃、文部科学省は、並外れた知能や芸術的才能、特定の学問分野の能力などを持つ、いわゆる「ギフテッド」と呼ばれる子どもへの支援に乗り出すことを発表した。
海外に目を向けると、ギフテッドの子どもに特別な教育プログラムを用意し、その特異な才能を応援している国もあるのだが、わが国も、来年度からようやく支援策づくりに着手することとなる。
現在高校1年生の長男・碧斗君(仮名)の母・和歌子さん(仮名)は、このニュースを聞いて、ため息交じりにこう話す。
「文科省もようやく腰を上げたかぁ……って感じですよ。ホント、日本の公教育って遅れすぎです。できない子を平均まで引き上げるのは当然ですけど、できる子を平均に引き下げるようなことをして、誰が得するのかって、ずっと疑問に思っていました」
碧斗君は、2歳になる前には漢字やアルファベットの読み書きができ、その頃から愛読書は図鑑。幼稚園の頃に始めた公文式では常に全国トップレベルの順位、各種検定試験もどんどんとクリアしていくなど、“地頭の良い子”として近所でも評判だったそうだ。
「スポーツ分野に秀でた子は、みんなに称えられるじゃないですか? それは、勉強でも同じであるべきだと思うんです。でも、碧斗の小学校の先生方は違いました。碧斗が知識をひけらかしているように映ったのかもしれませんが、必要とされる以上に勉強ができる子は、まるで邪魔者のような扱いを受けたんです……」
碧斗君は小学3年生の時に、先生から「解っているからって先走りして答えず、皆が解き終わるまで黙ってなさい」と言われたのがショックだったようで、以来、授業中は「黙して語らず」を貫いていたという。しかし、一瞬で問題を理解してしまう碧斗君にとって、授業は退屈以外の何物でもなく、仕方なく読書をしていたところ、先生に激怒されるという経験をしたそうだ。
授業中に発言すると「クラスメートの邪魔だ」と叱られ、おとなしく本を読んでいると「態度がなっていない」と叱られた……というわけだ。
碧斗君が中学受験をしたのは、こうした“浮きこぼれ”防止のためだったと和歌子さんは語る。
「小4になる前、碧斗が言ったんですよ。『このままだと、もう毎日が耐えられないから、中学受験塾に行かせてくれ』って。我が家には中学受験をして私立に行かせるほどの経済力はないので、高校受験で公立トップ校を狙うつもりだったんですが、碧斗がそこまで追い詰められているのかと思ったら……夫婦で『なんとしてでも息子の望む環境を手に入れよう』と腹をくくり、私もパートから正社員になりました」
それからすぐ、難関校に大量の合格者を輩出している塾に通い出した碧斗君は、「水を得た魚」のようだったという。
碧斗君は、最寄り駅の教室の最上位クラスに入ったそう。同じクラスの生徒は8名だけで、机を車座のように並べて座り、仲間たちと互いにデスカッションしながら問題を解いていくシステムが採用されていたという。それが碧斗君にはたまらない刺激になった。
「碧斗がある日、本当にうれしそうに『ママ、聞いてよ!』と言ってきたんです。塾で不動の1位であるE君が、『この問題はこう解いたらいい』と提案したそうなんですが、碧斗が『別の解法がある!』と解説したところ、皆が拍手してくれた……と。E君も『碧斗、スゲー!』と驚いていたようで、先生も『これは気がつかなかった! 碧斗にやられたな!』と褒めてくれたそうです。ああ、やっと碧斗に居場所ができたんだなって、すごくホッとしたことを覚えています」
碧斗君にとって小学校は、和歌子さんいわく「暗黒時代」。1日の大半を過ごす小学校で、碧斗君は「息を殺すかのように、じっとしていなければならない状態に陥っていたのではないか」と振り返る。
「傍目には、碧斗は授業中、寝ているように見えたでしょうね。でも、そうするしかなかっただけで、本当にかわいそうでした。塾に行く、そして中学受験をするという目標がなかったら、碧斗はどうなっていたかわかりません……」
現在、碧斗君は最難関と呼ばれる私立中高一貫校の高校1年生。和歌子さんが、最近の碧斗君の様子を教えてくれた。
「夏休みの話なんですが、秋の学園祭でダンスをすることになり、クラスメートと一緒に学校近くの公園で練習していたそうです。そしたら、その土地が微妙に傾斜していたそうで、練習をほったらかしにして、全員で傾斜角度の計算をしだしたと。コーチ役の女子校の生徒さんにあきれられたって言ってました(笑)。『それじゃ、絶対、女の子にはモテないわね』って言ったら、碧斗が『だな』って、変な笑顔を返してきたので、私も笑っちゃいましたよ。女の子にはモテないかもしれませんが、この学校に入ってから、碧斗は本当に楽しそうなんです」
現在の碧斗君が、居心地の良い環境で友人たちと切磋琢磨できる日々を過ごしているのは喜ばしい限りである。
しかし、和歌子さんが言ったとおり、社会には、勉強ができる子や頑張る子を「異端児」あるいは「ガリ勉」と蔑む風潮があるのも事実だろう。
何の分野でもそうだが、日常の頑張り、もっといえば「自分自身」を認めてもらえないことは本当に悲しいこと。特に「ギフテッド」と呼ばれる特異な才能がある子は、往々にして、同年代の子どもとの発達レベルに差がありすぎるので、同調圧力の強い場では対人関係がうまくいかなくなるケースが多いのだ。
幸いなことに、冒頭で述べたように、文科省は来年度中にも「ギフテッド」の子に向けた効果的な指導法や支援策づくりをまとめるという。碧斗君をはじめ、教室で“浮きこぼれ”てしまい、悲しい思いをする子がいなくなるような柔軟な施策ができることを願っている。