“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
中学受験は、各ご家庭の任意で行うものなので、やってもやらなくても自由である。よって、中学受験参入の有無は、第三者が口を出す問題ではないと思うのだが、ちまたでは「遊びたい盛りの小学生に長時間勉強させている」という類いのネガティブなイメージが広がっているため、中学受験を批判する人は少なくない。
では、実際、中学受験生の勉強量はどれくらいなのだろう。栄光ゼミナール・2019年中学入試アンケート調査よると、小学6年生は夏休み以降、平均で平日3~5時間。2.3%と少数派ながらも9時間以上と回答した子もいる。もちろん学習時間が増えれば増えるほど、成績が上がるということはないものの、難問揃いの難関校を目指す子どもたちの学習時間は「少なくない」のは事実だろう。
こういったデータを見ると、「かわいそう」という声が聞こえてきそうだが、子どもたちの中には、知的好奇心を満たしてくれる塾の授業を心から楽しみ、勉強が苦にならないタイプも存在する。また、学習時間の長短にかかわらず「中学受験はとても楽しかった」と証言する経験者は多い。こういった子どもにとって、中学受験は有意義な体験であるのは確かだ。
ただ問題なのは、もともと勉強が嫌いで、中学受験に参入したものの偏差値が伸びず、ますます勉強嫌いになるタイプの子たちである。このタイプの子を持つ親は「勉強が嫌いなのに、中学受験をさせるのはいいことなのか?」という悩みにぶち当たってしまう。
晴恵さん(仮名)は、麻紀さん(仮名)という現在大学1年生の娘を持つ母親である。晴恵さんは公立中学から都立高校に進み、中堅大学を卒業しているが、麻紀さんには中学受験をさせ、私立中高一貫校に通わせた。
「個人的に、内申点が合否判定に関わる高校受験にすごい恨みを持っています(笑)。私は結構、真面目なほうで、勉強も嫌いじゃなかったんですが、中学3年生の時の担任と反りが合わず、そのせいか担任の教科は内申点がさっぱり。試験で満点を取っても、通知表は『4』で、結果的に志望した都立高校をあきらめざるを得なかったんです。それが、今でもすごく悔しくて……。それで、娘には内申点に左右されない世界に行ってもらいたかったんです。そんなこともあり、私主導で麻紀を中学受験塾に入れました」
ところが、晴恵さんの目には、麻紀さんは大がつくほどの勉強嫌いに映ったという。自発的な学習はおろか、塾の宿題もやらず、揚げ句の果てには、塾に通うのもサボりだすという始末だったからだ。
当然、晴恵さんは「この子には中学受験は向かない」と思い、「塾を辞めて、公立中学に行き、高校受験をしよう」と説得したそうだが、それを麻紀さんは断固拒否。勉強は嫌いだが、中学受験はしたいそうで、晴恵さんいわく「とんでもない高嶺の花」であるA学園に入りたいと言い続けていたとのこと。
「麻紀も、勉強はしないといけないとは思っていたようなんですが、簡単には成績は上がりませんし、そうなると、よりいっそうやる気はなくなるしで……」
「そんなんでA学園に入れるわけないでしょう?」「わかってる!」「わかってるなら、勉強しなさい!」――そんな母娘バトルが何度も繰り返されたという。
「麻紀は心の奥底で、『私の性格的にコツコツ勉強するのは無理だから、公立中学から高校受験をするのは厳しい』と考えていたと思うんです。でも、当時は子どもですから、単純にA学園の制服への憧れが強かったんでしょう。小6になっても、A学園しか受けないって言い張っていたんですが、偏差値でいうと、麻紀の模試の結果より10は上なので、私もどうしたものかと悩みました……」
そこで晴恵さんが打ち立てた戦略は「間引き」。要は勉強時間を大幅に短縮して、麻紀さんの希望を聞きながら、彼女のキャパに合うだけの勉強量を一緒に考えていったという。
「麻紀が決めた動画鑑賞やゲームの時間は確保した上で、塾の宿題の基礎問題だけは完璧にやろうということを親子で話し合いました。もちろん、麻紀が自分で決めたことを守れないならば、中学受験は即撤退という条件。中学受験で勉強が嫌いになるのだったら、その先の大学受験なんてあり得ないですからね」
通常、小6の夏休み明けると、塾側は本番に向けて「本気モード」になり、子どもたちも受験を「自分ごと」として捉えるようになる。麻紀さんも晩秋あたりから、目の色が変わりだし、自分で決めた日々の課題だけは自発的に終わらせるようになったという。
「これだけでもすごい進歩で、麻紀の成長だと感じました。受験はやっぱり、真面目に努力した子が報われる制度だと思うので、その目標に向かって、麻紀なりに頑張れたことはうれしかったですね。もちろん、『もっとやってほしい』とは思いましたし、欲をいえばキリがなかったですけどね」
結果的に、麻紀さんの偏差値は微動だにせず、A学園は玉砕、晴恵さんが熟考した併願校のB学園に入学したそうだが、これが「大当たり」だったという。
「B学園は、A学園より偏差値は10くらい下なんですが、ここは『その子の得意分野を伸ばす』という校風。先生方が、できないことより、できることのほうを褒めてくださるんですよね。麻紀は数学の成績は特に悪くて、本人いわく『壊滅状態』だったんですが、先生は『麻紀さんは英語が得意で素晴らしいわね』と褒めてくださり、数学が赤点でも、叱責されることはなかったそうなんです。当然『勉強しろ!』と強要もされませんから、居心地良く6年間を過ごせました」
麻紀さんは、その後、B学園が持つ豊富な学校推薦枠を利用して上智大学に入学した。
「今思えば、麻紀はそこまで勉強嫌いではなかったんですよね。ただ、中学受験塾のあまりに長い拘束時間や、たくさんの課題に、アップアップしていただけだったんでしょう。それでも本人なりに頑張っていたのに、親を喜ばせるような点数が取れないので、だんだんと勉強が重荷になっていたのかもしれません。麻紀と話し合いをして、勉強時間も勉強量も本人の希望に沿うようにしてからは、塾も休まずに行きましたし、受験を『自分の問題』として捉えることができました。本人なりにものすごく頑張ったと思います」
中学受験は、たいてい小4からの3年間塾通いを行い、本番を迎える子が多い。そんな長丁場の受験生活では、「やる気がない」「勉強が嫌いになった」「成績が上がらない」といった問題が勃発しやすい。
しかし、それでも子どもが「受験をやめない」と言う場合は、子どものペースを大切にしたほうが、良い目が出る場合が多い。晴恵さんが実行したように、子ども主導で立てた学習スケジュールをこなしながら、実力適正校に導いていくという方法もあるのだ。
中学受験で勉強が嫌いになってしまうのは、とてももったいないこと。その子の未来にとっての弊害が大きいので、「我が子は勉強が嫌いなのか?」と感じたら、その原因をしっかり把握すべきだと思う。本人にとって、「勉強量」「問題のレベル」、はたまた「受験をする時期」が合っていないのか――これらを今一度吟味するために、子どもの本音をちゃんと聞く時間を持つことをおすすめしたい。