皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます! 前回から引き続き、今回も新国王が誕生した英王室について聞いていきます。
――英王室の恋愛・結婚はいつくらいから世界の注目の的になってきたのでしょうか?
堀江宏樹氏(以下、堀江) 19世紀後半くらいからでしょうか。しかし当初は社交界の艶話として、前回も少しお話した、ヴィクトリア女王のインド人使用人に対する「秘密の恋」も語られていたにすぎないと思います。彼女の息子のエドワード7世は、母親が長生きしすぎたせいで何もすることがなく、情事にうつつをぬかすプレイボーイであったいう逸話も、上流階級限定のうわさ話というような……。
しかし、恋愛や結婚問題が完全な表沙汰となり、王室を語る上で避けられないテーマになっていったのは、第二次世界大戦後、ヘンリー8世の「王冠をかけた恋」が大々的に報道されてからでしょうね。エリザベス女王もフィリップ王配(エジンバラ公)の浮気に苦悩したとかいろいろといわれています。こちらはNetflixの『ザ・クラウン』でかなり誇張された形でドラマ化されていますね。
――近年の英王室の結婚スキャンダルといえば、なんといってもチャールズ皇太子とダイアナ妃の話ですが、思えばエリザベス女王の子どもたちは全員、この手の男女スキャンダルの当事者になってるんですね。特にスキャンダルの点で「すごい」のはアンドリュー王子でしょうか。1986年4月10日号の「週刊文春」(文藝春秋)には、当時26歳の「英国王室の次男坊殿下」アンドリュー王子と、同年のセーラ・ファーガーソンさんの婚約が発表されたとたん、すごい騒動が始まったとありました。
堀江 報道からわずか10日あまりの間に、セーラさんの過去の異性スキャンダルがてんこ盛りで報道されはじめたのです。この点、眞子さんと結婚したことで、小室圭さんの家庭事情が暴かれたのと似ているかも。
アンドリュー王子もポルノ女優と交際したことが知れ渡っていましたが、セーラさんも22歳も年上で私生活に問題のある恋人と3年も交際、同棲までしていたそうです。
――「文春」の記事を見ると、とくに「同棲」という経歴が問題だったみたいですね。同棲=処女ではない、として王族の妃になるのは望ましくないととらえられたのでしょうか?
堀江 そうでしょうね。欧米においては伝統的に「処女でなければ、まともな結婚は期待できない」という重圧があり、それを無視した生き方のセーラさんには好奇の目が(海を渡った日本の地でさえ)向けられたことは面白いですね。
堀江 セーラさんの実家のファーガソン家は、「いまでこそ貴族ではないが、たどって行けば17世紀の国王チャールズ2世にまでつながる名門」と記事にもありますが、王様が愛人に生ませた庶子の子孫ということでしょう。チャールズ2世のニックネームは「愉快な王様」。王妃であるキャサリン妃との間に子はなかった一方で、多くの愛人女性を持ち、庶子として確認されているだけでも14人もいたことになっています。
――うわー。日本では考えられない状況ですね。そういえば、チャールズ新国王の妃となったカミラさんも、たしかセーラさんと同じような先祖持ちでしたよね。
堀江 カミラ妃は、彼女の高祖母……わかりやすくいえば“ひいひいおばあさん”にあたるアリス・ケッペルが、エドワード7世の愛人でした。国王の愛人になることは、名誉なことではあったのですが、愛人と正妻になれる女性は完全に別枠。身分差があるわけです。
国王および王族の正妻となるには、国内では最高位の貴族、もしくは外国の王族のプリンセスがふさわしく、それ以外のセーラさんのような女性は、いくら上流階級の出身でも「ステイタスが低い」と20世紀後半でもみなされてしまっていたのです。「わざわざ昔の国王の愛人の子孫と正式に結婚するなんて……」という目が、セーラさんと結婚したアンドリュー王子にも向けられたでしょう。
――だからこそ、れっきとした伯爵令嬢だったダイアナ妃は、社会的ステイタスの点ではチャールズ皇太子の嫁として満点だったわけですね。
堀江 そうです。でもダイアナ妃はステイタスでは満点でも、チャールズ王子との相性が落第点だったので、不幸なことにしかなりませんでした。
一方で戦後の日本の皇室男性に関しては、基本的に「お嬢様」と結婚していらっしゃいますが、旧華族の女性が選ばれることはほとんどありませんでした。上皇さまの弟宮・常陸宮正仁親王の妃の華子さまが、元・大名華族の津軽家のご出身だったくらいでしょうか?
――日本の皇室の場合は、敗戦後、支持率が大いに低迷した時期があり、それを「国民との結婚」という象徴的な意味をもたせたイベントによって、乗り越えねばならなかった……というお話が以前ありました。お嬢様とはいえ、身分は「一般人」である美智子さまがまさにその存在ですか?
堀江 そうですね。日本と比べると、イギリスは現在……とはいえないまでも、最低でも数十年くらい前までは、隠然たる階級社会が存続していたのだなぁ、と思われてしまいます。
とはいえ、例のアンドリュー王子はポルノ女優以外にもモデルやバレリーナ、女優など多くの女性と浮名を流していたし、セーラさん自身も恋人男性の主催する「ワイルド・パーティ」に出席していたとか。
――それって乱交的なパーティということですか?
堀江 そうみたいですね。セーラさんの元・同棲相手で22歳年上のバディー・マクナリーさんは「世界各地の有閑階級の人々を集めて乱痴気パーティをひらいていた」。ただ、こういう倫理観が「ゆるい」女性だからこそ、そういう方面が同じく「ゆるい」アンドリューもやっていけると思ったのでしょう、離婚はしちゃいましたけど、人間としての相性はよくて、結局、今でも一緒に住んでいるようです。
――よほど気が合うんですね。そういえば、セーラさんはハリー王子と同じように元・王室メンバーとしての存在感をビジネスに利用もしているとか。
堀江 晩年、こういう問題児にも態度が軟化していたエリザベス女王にもセーラさんは上手に取り入り、宮殿に再び出入りするようになっていました。ただセーラさんの場合は、単に(元)王室メンバーの元妻の立場を利用しているだけというより、アンドリューの心の支えでもあるみたいですよ。それこそ潔癖で保守的な女性なら絶対に彼「なんか」とは完全に縁切りしていたと思われます。
2022年の年明けくらいから、アメリカの実業家・ジェフリー・エプスタインが主宰し、アンドリューもそのメンバーだった少女買春サークルがらみのスキャンダルが深刻なことになって、彼はイギリス王室を名実ともに“クビ”になってしまっているのですね。
雑誌「will」(ワック株式会社)2022年3月号に掲載された「アンドリュー王子の命運」という記事によると、アンドリュー王子は、事件当時17歳の女性、ヴァージニア・ジュフリーに性的暴行を3度にわたって働いた罪で、アメリカにおいて提訴されたそうです。
――注目されるのは、裁判が行われる前に「His Royall Highness(殿下)」という「肩書き、イギリスにおける軍事的な役割、非営利活動に関する役職などを女王に返還」してから、「一介の私人」としてアメリカでの裁判に臨むことになった点です。
堀江 この判断は「エリザベス女王だけでなく、チャールズ皇太子やウィリアム王子の強い意向」を反映したもので、不良王族は王室内の上位メンバーのご意向には従わずにはいられないところが興味深いですね。
――アンドリュー王子、本当に前代未聞のとんでもない王子なのでは?
堀江 19世紀のヴィクトリア女王の王子には、猟奇殺人鬼「切り裂きジャック」の犯人と目される人物、クラレンス公ことアルバート・ヴィクター王子がいましたが、これはあくまでうわさですからね。未成年者への性的暴行で訴えられるとは、前代未聞です。
――エリザベス女王の葬儀でも、王室を脱退したヘンリー王子と、クビになったアンドリュー王子はほかの現役の王室メンバーのように軍服の着用が許されなかったわけですが。
堀江 アン王女も軍服姿でしたよね。かつて秋篠宮さまは過去に紀子さまとの結婚が認められないのなら、皇室を出ていく的な発言をしたことで有名ですけど、この手の「皇族廃業」は日本では現実的になることは今後もないと思います。しかし、イギリスではほぼ同時期に2件も相次いで起きてしまっていたのですね。
堀江 しかし、アンドリューはこういう不名誉な形で王室を“形だけ”は追い出されたものの、例のヴァージニア・ジュフリーとは早々に和解したので、結局、女王の葬儀にも参列できましたし、年間3億円ほどかかっていた彼の身辺の警備もどうやら維持され続けているようです。
「will」の記事には、いまや平民となったアンドリューの警備費用を、イギリス政府が(王室からの要請で)警察などを使い、維持しつづけることに英国民が不満を抱いたと報じていますが。
――警備費は、大富豪であるエリザベス女王あるいはチャールズ新国王のポケットマネーから出ていたのでは? 物価高のニューヨークで暮らす、眞子さまと小室さんにもかかっているであろう巨額の警備費についても思い出してしまいますが……。
堀江 イギリス、日本のどちらのケースでも「当主が問題児に甘い」とか「身内でかばい合う」という庶民的な文脈で評価してよい問題でもなく、それ以上のトラブルを引き起こされるよりは、多少の金を握らせるかわりに問題児は監視下に置くという「取引」なんだろうとは感じます。
眞子さまの経済事情に関しては、皇女時代に培った1億円を超えるという彼女の預貯金を担保に、投資が行われているのだと想像しています。だから小室さんが法律事務所なり、どこかで働いているという最低限の体面を保ってくれる限り、それなりの生活をニューヨークで送っていくことは可能かもしれません。
堀江 しかし、それだけで警備費をも捻出することまではさすがに無理なので、秋篠宮家からなんらかの経済援助があるのは、事実だと思われます。しかし、これも宮家にとっては日本を飛び出ていってしまった娘夫婦のことを、まだコントロールできる範囲に置いておくための必要経費だと見るべきかもしれません。
それこそ、アンドリューを孤立無援にせず、最低限の経済的援助は行い、その代わりに監視はするという英王室の態度と同じですね。
――皇室、王室の結婚問題、そしてお金の使い方には、われわれ庶民の想像を絶するものがあるような気がしました。
堀江 普通の感覚では生きていくことが難しいのが王族・皇族の世界ですからね。だからこそ、普通ではない魅力が存在しているともいえるのです。