• 月. 12月 23rd, 2024

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中学受験塾の室長が明かす、「モンスタークレーマー」の実態……「医学部狙い」の父親が暴走

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 中学受験という特殊な世界を描いた大ヒットマンガ『二月の勝者-絶対合格の教室-』(高瀬志帆氏、小学館)。その主人公である塾講師が、塾生たちに放つ有名なセリフがある。

「君たちが合格できたのは、父親の『経済力』そして、母親の『狂気』」

 確かに一昔前の中学受験は「母子の受験」と言われ、父親はお金を出すことに徹する一方、母親が“狂気”的なまでに子どもの受験にのめり込むというケースはよくあった。しかし、最近の中学受験は「親子の受験」という様相を呈し、父親が“狂気”と化すことも珍しくない。中学受験を「子育てのすべてを懸けた一大イベント」と捉え、異様に熱狂するご家庭もあるのが現状だろう。

 湊君(仮名)の父親である寛さん(仮名)は、首都圏の総合病院に勤務する薬剤師である。寛さんには「湊君を医者にさせる」という夢があった。

 湊君が通った中学受験の大手塾の室長は、寛さんの第一印象をこう話した。

「湊君は新4年生になるタイミングで入塾したのですが、お父さんはその頃から、かなり受験に前のめりという感じでしたね。初回の面談でいきなり『湊を医者にするので、医学部に強い中高一貫校を教えろ』とおっしゃったのを覚えています」

 中高一貫校のほうから「本校は医学部に強い」とアナウンスすることは稀だが、「医学部に強い」とされる学校が複数存在していることは事実である。それゆえ、寛さんのように最初から「医学部狙い」で中学受験に参戦するご家庭は珍しくはない。

 寛さんは積極的に保護者会に参加し、学校研究にも余念がなく、また、湊君の家庭学習にも熱心で、息子を鼓舞する毎日を送っていたようだ。

 一方で湊君は、室長いわく「良くも悪くも、のんびりとしたお子さんで、どちらかと言えば、人と競うのは苦手なタイプだった」そうだ。

「湊君は、入塾当初こそ上位のクラスに在籍していたのですが、徐々に真ん中からやや下のクラスが定位置になっていきました。やはり、授業は理解できなくては意味がありませんので、今の実力相応のクラスで受講したほうがいいのですが、お父さんは、自分の息子が上位クラスではないことが、どうにも我慢ならなかったようです」

 もちろん、塾の仕事は「子どもたちの実力を上げていくこと」なので、その成果が見えない場合、親は対策を願い出るために、塾側と個別面談を行い、戦略の立て直しを図るのが一般的。その話し合いは、極めて冷静に、かつ建設的であることが求められるが、寛さんは塾への対応を間違えてしまったようだ。湊君がクラス落ちをするたびに、塾へ執拗なクレームを入れるようになったという。

「最初は電話でしたね。まずは『クラス担任を出せ!』とおっしゃり、塾に対するクレームを話されるんですが、とにかく『クラスを落とすな!』の一点張り……。クラス担任では埒が明かないと見るや、次は『室長を出せ!』となり、また『クラスを落とすな!』と繰り返す。もちろん、正当な理由でしたら、我々にも一考の余地はありますが、理不尽なクレームで、お一人の保護者に長い時間を割くわけにもいきません。さすがに、こうも頻繁ですと、湊君のお父さんからの電話だとわかっただけで、スタッフの誰もが困惑顔になったものです」

 次第に寛さんはモンスタークレーマーと化し、直接、塾にやって来ては、「模試での偏差値が下がったのは塾のせい、成績が上がらないのは講師の質のせい」と大声でまくしたてるようになっていったという。

「こういうお父さんですから、湊君も家庭で、結構ギューギューに勉強させられていたようです。本人的には本当に頑張っていたと思いますよ。しかし、中学受験には、各小学校の成績優秀者たちが参戦し、高いレベルで競い合うという面がありますから、いくら努力をしていても、一気に偏差値が上がっていくということのほうが少ない。もちろん、こういったお話も常にお父さんにはしていたんですが、こちらの力不足で、ご理解いただけたというには程遠かったですね」

 そうこうしているうちに、6年生となった湊君。受験本番を控え、受験校を決定する面談が開かれたという。

「お父さんは相変わらず医学部に強いとされる難関校3校以外は受験させないと頑なでした。しかし、湊君の実力では合格の可能性はほとんどありません。それで、医学部がある大学附属校の中で、合格の可能性がある学校を勧めました」

 結局、湊君は受験日程の関係で、その難関校3校の中から2校を受験し、不合格。塾が推した大学附属校Tに補欠で繰り上げ合格。現在、その学校の中学校に通っている。

「お父さんは最後の最後まで『こんな塾に行かせたから、難関校Sに行けなかった』とお怒りでしたが、それでも、塾を辞めなかったのは、我々を受験のストレスのはけ口にされていたのかな? とも思いますね。親御さんのストレスを緩和するのも我々の仕事の一つではあるものの、正直申し上げて、こういうタイプの親御さんの受験は、お子さんが苦戦を強いられるものです」

 中高一貫校と中学受験塾は情報交換をしていることが多い。この室長の元には、中学生になった湊君の現状が学校から報告されていた。

「湊君は生物部に入って、昆虫採集に夢中だそうです。成績は芳しくないらしいですが、お父さんとしては、理系の芽があるということで、医学部はまだ諦めていないとか。湊君が医者になりたいのかまでは、学校も把握していないものの、我々としては、とりあえずは湊君が楽しそうに通学しているということがわかったので、とてもうれしく思っています」

 冒頭でもご紹介したが、中学受験は「親子の受験」であるがゆえ、親の夢や希望を子どもに押し付けやすい。しかし、当然ながら、子どもの人生と親の人生は違う。中学受験に参入した親は、事あるごとに「これは本当に子どものためなのか?」ということを確かめながら歩みを進めるべきだと思う。そうしたほうが、わが子を取り巻く状況が好転していくように感じている。

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