――ドラマにはいつも時代と生きる“俳優”がいる。『キャラクタードラマの誕生』(河出書房新社)『テレビドラマクロニクル1990→2020』(PLANETS)などの著書で知られるドラマ評論家・成馬零一氏が、“俳優”にスポットを当てて名作ドラマをレビューする。
小栗旬主演の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK、以下『鎌倉殿』)がクライマックスに向けて盛り上がりをみせている。
三谷幸喜氏が脚本を務める本作は、源頼朝(大泉洋)を支え、頼朝亡き後も、頼家(金子大地)、実朝(柿澤勇人)と、鎌倉殿(源氏の棟梁)に仕えた北条義時(小栗旬)の生涯を描いたドラマだ。小栗は熾烈な権力闘争の中に放り込まれた義時を好演しており、純粋で優しかった義時が闇落ちしていく姿に、筆者は毎週、戦慄している。
何より、本作を見ていて感じるのは俳優・小栗旬の円熟だ。義時の変容には、彼の俳優としての歴史がすべて刻まれている。
小栗は11歳の時に内田有紀に憧れて、俳優オーディションに応募。芸能事務所に合格後、エキストラからキャリアをスタートし、学園ドラマ『GTO』(1998年/フジテレビ系)のいじめられっ子役で、連続ドラマの初レギュラーを獲得する。
その後、学園ドラマ『ごくせん』(2002年/日本テレビ系)のヤンキー役で注目され、大ヒットドラマ『花より男子』(05年/TBS系)の花沢類を演じたことで、若手イケメン俳優のホープとして躍り出ることに。
ここからの人気はうなぎのぼりで、08年には『貧乏男子 ボンビーメン』(日本テレビ系)で連ドラ初主演を果たした。なお、本作で小栗が演じたのは、多額の借金を抱える人脈の広い人気者の大学生。コメディテイストのヒューマンドラマだった。
しかし、当たり役となった『ごくせん』や映画『クローズZERO』(07年)のヤンキー役とも、花沢類のようなイケメン役とも違う“等身大の若者”だったこともあり、ファンが求める小栗像と噛み合わず、ヒット作とはならなかった。
ただ、その直後も小栗は単発ドラマ版『夢を叶えるゾウ 男の成功篇』(08年/日本テレビ系)や『東京DOGS』(09年/フジテレビ系)といったコメディテイストのドラマに出演。
一方、舞台では『ハムレット』(03年)や『カリギュア』(07年)といった故・蜷川幸雄氏の舞台に定期的に出演しており、俳優として着々と成長していたのだが、この頃、小栗が出演したドラマや映画を見ていると『花男』で定着したイケメン俳優のイメージから脱却するために悪戦苦闘していたように思える。
映画『タイタニック』(97年)以降のレオナルド・ディカプリオがそうだが、華やかなルックスでキャリアを確立した若手俳優ほど、イメージと違う役を演じることで実力派俳優へと脱却を目指す傾向がある。当時の小栗も同じ心境だったのかもしれない。
それが強く現れていたのが、深夜ドラマ『荒川 アンダー ザ ブリッジ』(11年/TBS系)だ。同作で小栗はカッパのコスプレをした“村長”というキャラクターを怪演。小栗からの誘いで山田孝之も星のかぶり物をした姿で元売れっ子ミュージシャンの“星”を演じている。
小栗も山田も、00年代のイケメン俳優ブームに乗って頭角を現した俳優だが、プライムタイムの民放ドラマで主演を果たす立場になってからは、「自分はこのままでいいのだろうか?」という迷いが生じ、あえて個性的な役を演じることで、若手イケメン俳優から脱却を図ろうとしていた。
その結果、山田は『闇金ウシジマくん』シリーズ(10年・14年・16年/TBS・MBS系)や『全裸監督』シリーズ(19年・21年/Netflix)で脱イケメン俳優化し、ドラマや映画の制作に積極的に関わるようになっていく。
一方、小栗も監督を務めた映画『シュアリー・サムデイ』(10年)や、鈴木亮平が主演を務めた福田雄一監督の映画『HK 変態仮面』(13年)の脚本協力など、若手俳優をフックアップする日本のエンタメ業界のオピニオンリーダー的存在へと変わっていった。
だが、自身の俳優業は山田とは違い、12年のドラマ『リッチマン、プアウーマン』(フジテレビ系)でITベンチャー企業の若手カリスマ社長を演じて以降、正統派イケメン俳優路線へと回帰していく。
確かに小栗は、どんな役を演じても隠しきれない華やかさが魅力ではあるものの、その華やかさゆえに、悪役や三枚目に染まりきれないことが彼の弱点だった。かつての小栗は、その華やかさを消すことで、実力派俳優に脱皮しようと悪戦苦闘していたのだが、『リチプア』を経てからは、隠しきれない華やかさを武器として使いこなせるように変化した。その結果、華やかさはそのままに、映画『銀魂』シリーズのようなコメディもこなせるようになった。
そして、役柄も『リチプア』の若手社長や『日本沈没-希望のひと-』(21年/TBS系)の若手官僚といった、多くの人を束ねるカリスマ的人物を演じる機会が増えていく。こういった役に説得力が宿るのは、彼自身が映画『シェアリー・サムデイ』等を通して、若手俳優たちをとりまとめる座長的存在へと成長したからだろう。その集大成が『鎌倉殿』の北条義時であることは、言うまでもない。
闇落ちこそしていないが、鎌倉幕府をまとめることで坂東武士の時代を作ろうと奔走する義時の姿と、俳優と日本のエンタメ業界のために奔走している小栗の姿はどこか重なる。隠しきれない華やかなオーラの中にコミカルな愛嬌と残酷なカリスマ性を内包する三谷史観の義時は、今の小栗にしか演じられない大役だったのだ。