こんにちは、元闇金事務員、自称「元闇金おばさん」のるり子です。
貸付残高のあるうちは、債務者や連帯保証人が名義を有する不動産謄本を、月に一度、必ず定期閲覧することになっていました。いわゆる与信管理というやつで、名義の変更や借り入れの追加、差押や仮登記など、大きな変更があった場合には、すぐに保全を取る決まりになっています。
謄本を郵送請求して法務局から送ってもらい、変更の有無を確認するのは私の仕事。もし変更があった場合には、すぐ担当者に伝えなければならず、その知らせが回収業務開始の合図になっていました。そのほとんどが、行政からの差押や他業者からの根抵当権設定仮登記で、業界最大手だった日栄や商工ファンドによるものが最も多かったと記憶しています。他業者からの登記は、不渡発生と同様の扱いとなるため、変更を見つけるたびにドキリとさせられました。
「佐藤さん、小林製作所(債務者、仮名)さんの不動産謄本に変更がありました。個人名の賃借権が仮登記されています」
「本当? それは、まずいな」
小林製作所に対する貸付残高は、150万円。個人名での賃借権設定仮登記は、闇金業者か暴力団関係者よるものといったところで、営業社員からすれば最悪の事態といえるでしょう。取り寄せた不動産謄本を渡すと、すぐに内容を確認した佐藤さんは、早速に受話器を上げて電話をかけ始めます。
「会社と自宅の電話が、両方とも止まっているから、現地に行かないとダメだ」
社長が留守のため、一連のことを伊東部長に報告した佐藤さんは、いつも通り藤原さんを連れて債務者の事務所に向かいました。重要確認事項と各担当者をホワイトボードに書き終えた部長は、極真空手の有段者である小田さんと一緒に、代表者の自宅にいくそうです。連帯保証人も、債務者宅の近所に住む社長の幼なじみらしく、そちらの状況も合わせて確認することになりました。
「ねえ、小田君。現場に面倒なのがいたら、君の空手で、ぶっ飛ばしちゃってくれるかな」
「いやいや、暴力はダメです。空手に私闘なし。そう師範に教えられているものですから」
「じゃあ、向こうから来たら、どうするよ?」
「それは、いきますよ。極真空手は、背中を見せない。これも師範の教えです」
取り立て部隊が出かけてから1時間ほど経過すると、現場(債務者の会社)に到着した佐藤さんから状況報告が入ってきました。もぬけの殻となった事務所は、すでに荒らされた様子で、従業員の姿もないそうです。これから部長たちと合流するというので、帰社された社長に伝えて、続報を待ちました。
しばらくすると、珍しく慌てた様子の伊東部長が、息を荒らげながら電話をかけてきました。少し前に戻って来た社長に電話をつなぐと、スピーカーマイクで通話するため、その会話は必然的に社内で共有されます。
「小林の社長、女房と一緒に死んでいました」
「どうしてわかった? 死体があるのか?」
「2人分の骨壷が、玄関に安置されています。位牌の名前も確認したので、間違いないです」
鍵屋を呼んで家に入ったところ、玄関ホールにお骨が並んで安置されていたそうで、その場から走って逃げ出したほどに驚かれたとのことでした。ケンカ自慢であろう小田さんも同様、こうした状況には弱いらしく、ここで寝るのは嫌だと駄々をこねているようです。
家の中に入った2人が突如逃げ出したことで、それに釣られた鍵屋も全速力で走り出したと聞き、その情景が可笑しくてニヤついていると愛子さんが言いました。
「遺骨くらいで怖がって、部長たちも情けないわね」
「私の実家は葬儀屋なので、見慣れているから、なんとも思わないですけど」
「るりちゃんは、現場向きかもね。何事にも動じなさそうだから、きっと向いているわよ」
「それは絶対に無理ですよ。私、他人の家に泊まることできないので、占有できないし」
結局、その社長の自宅は占有することになり、担当の佐藤さんと藤原さんが現場に入ることになりました。伊東部長と小田さんは、そのまま連帯保証人の自宅に向かい、取り立てを継続されます。
「いま、保証人さんに会えました。聞いたところ、先週、2人が自宅の風呂場で首を吊っていたのを、息子が見つけたみたいです。本人が保証しているのは、ウチともう一社だけみたいで、昨日、そこは完済したと話しています」
「そいつ、いくら持っているの?」
「すぐには用意できないみたいですけど、カードで借りられるし、車を売って作ることもできると話しています。車は、3年落ちのクラウンですね」
「ATMに行かせて、足りなかったらカード割だな。連絡しておくから、春田のところで率のいいものを買って、換金してもらえ」
主に、中古時計やブランド物の買取販売を行う春田さんは、質屋も営む社長の仲間で「カード割」もやっていました。実際には買っていない商品を買ったことにしてクレジットカードを切らせて、手数料を引いた代金を手渡す商売です。
売ったことにした商品は、別の日に買い取ったことにして、商品棚に戻します。例えば、保証人が100万円の時計をカードで買ったことにして、春田さんは手数料20万円を引いた80万円をうちの社長に手渡しします。その後、春田さんはその時計を買い取ったことにして、再度100万円で売り出すわけです。
その80万円が、債権回収に充てられるわけで、体よくカード会社に現金化させる仕組みになっていました。このように二重の利益が生まれる仕組みを知った時には、とても理にかなった儲け方だと、金融屋さんの思いつく悪知恵に感心したものです。
カード割が成功して、債権回収に成功したので連帯保証人とは和解しましたが、他社に持っていかれるならと社長自宅の占有を継続したところ、その日の夜に大きな事件が起こります。
帰宅した債務者の息子さんと藤原さんが揉み合いになり警察を呼ばれ、社員2人ともが連行されてしまったのです。どうやら前日にも、取り立てにきた他業者と息子さんが派手に揉めていたらしく、警察から強行的な取り立ての即時中止を勧告されました。この業者によって事務所が荒らされていることも把握されており、重点警戒しているから事務所にも近づくなと釘を刺されます。
「強行的な取り立てを続けるのであれば代表も含めて逮捕する」
いつになく強く警告されたため、警察の本気を感じた社長は占有を諦めて、すぐに手を引きました。ギリギリのところで逮捕を免れ、翌日も無事に出社した佐藤さんが、事務所の掃除をしながら昨夜の模様を語ります。
「揉み合いになった息子、元相撲取りなんだって。ものすごく力が強くて、ちょっと押されただけで、壁まで吹っ飛ばされてさ。前の日には、業者の乗ってきたセルシオのフロントガラスを素手で叩き割っているみたいなんだけど、なかなか素手で割れるもんじゃないし、そんなの検事に送っても信用されないって不問にしたらしいんだ。両親に心中されてね、俺らのことを逆恨みしているみたいだから気をつけろって、刑事に言われたよ。本気でやられたら、きっと死ぬぞって……」
「何時に出られたんですか?」
「夜中の1時くらいまでかかったかな。危うくパクられるところだったのに、一言の労いもなくてさ。この仕事に逮捕はつきものだから仕方ないって言うんだよ。ヤクザじゃあるまいし、ほんと困っちゃうよね」
いつもならしつこく取り立てを続ける社長も、今回ばかりは太刀打ちできず、元金以外の利益を出すことはできませんでした。弱者に強く、強者に弱い。ビジネスのことを考えれば当然のことかもしれませんが、自身の逮捕を恐れて逆らうことなく警察の指示に従ったことは意外で、この件以降、社内における社長の威厳が小さくなったように思います。
自分の利益を第一に考え、現場の社員に体を張らせておきながら我が身の保身を図った事実が、社長に対する忠誠心を大きく奪ってしまったのです。
※本記事は、事実を元に再構成しています
(著=るり子、監修=伊東ゆう)