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  • 火. 5月 21st, 2024

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中学受験全落ちで公立に進学、難関大合格後も続く“悪夢”――彼が選んだ就職先とは?

 “親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

 今年も中学受験が終了した。「合否」はまさに「天国と地獄」だが、第1志望校の合格者は3人に1人と言われている世界なので、涙をのんだご家庭のほうが圧倒的に多いのだ。

 中学受験生は12歳なので、些細なことで調子を崩し、本番で実力が発揮できないケースもある。受験し続けても、なかなか合格が得られないというご家庭も取り立てて珍しいものではない。しかし、12歳で「不合格」というレッテルを貼られ続けられた子の心の痛みは想像を絶する。

 英太君(仮名・現大学4年生)も壮絶な苦しみを背負った1人だった。

「僕は親に無理矢理、中学受験塾というものに入れられたんです。母親主導だったと思いますが、ウチは両親揃って中学受験の経験はないんですよ。多分、母はどこからか『地元の公立中に行かせるより、中学受験をさせたほうが、将来的に“うまみ”がある』という情報を仕入れてきたんだと思います(笑)」

 今では、こんなふうに屈託なく話してくれる英太君だが、中学受験のことを冷静に振り返ることができるようになったのは、つい最近だという。

「僕は小学5年生の秋に入塾したので、中学受験生としてはかなり出遅れていました。したがって塾でも最下位クラス。偏差値も最初は40台前半。小学校の成績は良かったほうなので、正直この結果には驚きました」

 英太君は元来の負けず嫌いな性格もあって、本人なりに受験勉強を一生懸命頑張り、6年秋には偏差値を55まで伸ばすことに成功したそうだ。

「入塾当初は、中学に公立と私立があるなんてことすら知りませんでしたから、何をやらされているのかも意味不明だったんです。でも、徐々に受験生らしくなったようで、6年秋にはZ学園に入学する気満々になっていました」

 Z学園は偏差値60超えの超人気校である。中学受験の標準的なパターンとしては、Z学園を第1志望校とするならば、押さえ校として数校を受験しておき、万全な受験日程を組むのがセオリーだ。

 当然、英太君自身もZ学園を軸に、併願校数校を受験するものと思い込んでいたという。

 ところが、実際に受験したのはZ学園3回とT学園3回。T学園もZ学園以上の高偏差値を誇る人気校である。

「親がそこしか受験を認めなかったんです。塾の先生には『玉砕させる気ですか?』と言われたようですが、『偏差値60超えの学校以外、行かせる意味がない』と突っぱねたとか……」

 6年秋、英太君の平均偏差値は53あたり。彼は、業界用語で「特攻受験」と呼ばれる過酷な受験に臨むことになった。

「Z学園とT学園を3回ずつ受けて、案の定、全滅です。両親は『ダメなら公立に行けばいいだけ』と聞く耳を持ちませんでしたが、僕には悔しさしか残らなかったです……」

 合格発表時、特攻受験に挑んだ“小さな戦士”の目に映ったのは「番号のない掲示板」のみ。英太君の気持ちを思うと胸が痛む。

 結局、彼は地元公立中学に進学した。

「塾の祝勝会にも当然、行けませんでしたし、公立中でも『なんで、オマエ、ここいるの?』って言われているようで肩身が狭かったですね……。しかも、Z学園は僕の家から近くなので、そこの生徒をよく目にするんですよ。それも、結構メンタルにきました」

 救いは、受験勉強のアドバンテージがあったようで、公立中学では、そこまで苦労せずとも、常にトップクラスにいられたことだという。

「まあ、ほどほどに部活も楽しんで、高校受験の塾にも行って……結果的に、推薦で学区トップと言われる高校へも入ることができました。でも、何ですかね……何やっても、虚しさが抜けないっていうか。うまく説明できないですけど」

 その虚しさを抱えたまま高校生活に突入したという英太君。折に触れて「全落ち」という結果に終わった中学受験のことを思い出す日々を過ごした。

「夢に出るんですよ。合格者の掲示板を前に、自分の番号を探すんですけど、前後の番号はあるのに、自分のだけがないっていう夢。どこだ? どこだ? ってずっと探している夢です。もちろん、いつまでもそんなことに囚われていても仕方ないことだってわかっています。だから絶対、Z学園の奴らよりもいい大学に入ってやる! と思って、大学受験の予備校にも真面目に通っていました」

 努力が実り、現役で見事、難関大学の切符を手にした英太君。ようやく、中学受験の呪縛から離れられると思ったそうだが、悪夢はその後も続いているそうだ。

「就活を前に、いろいろ考えました。僕はなぜ、中学受験で不合格しか手にできなかった自分を、ずっと気にしているんだろう? って。それで、ある結論に達したんです。これは“忘れ物”なんじゃないかって。この“忘れ物”を取りに行くには、どうしたらいいのかって。そう考えて、自分の進路を決断したわけです」

英太君の選んだ道はこれだった。

“中学受験業界への就職”

「僕のように、中学受験で迷子になってしまう子をなくしたいんです。不合格も悪いことばかりではない、その後を頑張るモチベーションにもなり得るというのは、僕が身を持って体験したことですが、こういう経験を語ることで、救える子もいるんじゃないかって思っています」

 まるで就職面接で志望動機を語るように、その思いを伝えてくれた英太君。最後に一言だけ、

「僕自身、この業界に身を置くことで“忘れ物”を取り戻せるんじゃないかって期待しています」

と付け足した。

 英太君が、彼の言う“忘れ物”を取り戻せることを祈るばかりだが、彼の話を聞いていて切なくなった。

 12歳はまだまだ子どもだ。中学受験では、親の言いなりになるしかない部分も相当大きい。けれど、頑張るのは子ども自身なのである。せめて、受験校は子どもと納得いく話し合いの末に決定してほしいものだ。思うような結果が出ないこともあろうが、その場合でも、子どもの頑張りを心から称え、ねぎらうことが大切だと思う。

 今年度の受験生には、英太君のような“忘れ物”をした子はいないことを願っている。

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