• 日. 12月 22nd, 2024

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明日あなたが被害にあうかもしれない

高校中退の万引き少年の母「あんたに、なにがわかるのよ!」――Gメンに絶叫したワケ

 こんにちは、保安員の澄江です。

 毎年12月になると、決まって万引き被害は増加し、忙しい日々を過ごすことになります。被疑者の背景を聞けば、どこか寂しい話が多く、印象に残る人も多いです。昨年末には、高校を中退してから、日雇い仕事で生計を立てる作業着姿の少年を捕まえました。

 懐に隠す手口で盗んだものは、クリームパンとファンタグレープの2点で、合計200円ほどの被害です。

「ちょっと、のどが渇いちゃったから」

 身分を証明できるものは持っておらず、まだ16歳だという少年の所持金は30円ほどしかなく、商品を買い取ることもできません。すでに店長が警察を呼んでしまっているため、誰かに身柄を引き受けてもらわないと、いつまでも解放されない事態になること必至の状況といえるでしょう。そのことを伝えると、突然に語り始めたので、真摯に耳を傾けました。

「親と仲悪くて、高校も勝手に退学届を出されてやめさせられたんだ。だから頼んでも、迎えになんて来てくれないよ」
「ひどい話だけど、親が勝手に退学届けを出すなんてこと、あるかしら。で、いまは、ひとり暮らしなの?」
「ううん、おばあちゃんち」

 少年の顔は幼く、職人さんが好む黒い作業着の上下に身を包んでいるもののまったく似合っておらず、キッザニアで遊ぶ子どものように見えました。

「おばあちゃんは、迎えに来られるかしら」
「まだ仕事だから、家にいないよ」
「じゃあ、待つしかないわね」
「そんなの退屈だな。つまんないよ」

 まるで反省していないらしく、足を放り出してパイプ椅子に座る少年の態度は横柄で、悪いことをする自分がかっこいいと思っているように感じます。

 駅前交番から男女2人の警察官が現場に臨場すると、どこかうれしそうに微笑んだ少年に男性警察官が言いました。

「お、見たくないのに、よく見る顔だ。お前、名前なんだっけ?」
「〇×だよ。知っているくせに、聞かないでくれよ」
「また万引きしたんだって? 今日は、何を盗った?」
「このパンとコーラだよ。のどが渇いちゃってさ。パンは、ついでに盗ったんだ」

 少年事案に微罪処分はなく、被害届が出されれば簡易送致されることになります。まるで親戚のように話す2人に、上役である女性の巡査部長が割って入ると、私情を挟まぬお役所モードで事務処理を進めていきました。

 身分を確認できるものは持っていないものの、直近に扱い歴があったため、警察官の手帳に残されていた人定事項を基に話が進められます。軽微な被害の少年事案であることから、まずは被害弁償をさせたいようで、ここに保護者を呼びつけることになりました。

「いつもLINEだから、電話番号はわかんないよ」
「じゃあ、LINEでいいから、私の目の前でお母さんにかけて」

 嫌な顔を見せつつも、逆らうことなく連絡を取り始めた少年は、気まずいのか、お母さんが出ると同時に自分のスマホを女性警察官に手渡します。

「説明くらい、自分でしなさいよ」
「めんどくさいから、そっちでやって」

 やむなくスマホを受け取り、電話口に出た女性警察官が、丁寧な口調で状況を説明しました。10分ほどで迎えに来られるというので、それまでの間に実況見分を済ませることになり、売場で盗んだ商品を指差す少年の写真が撮影されます。

 周囲の客から見れば、万引きして捕まったと容易に想像できる状況で、毎度のことながら人目に晒される被疑者のプライバシーが心配でなりません。事実を突き合わせるため同行してくれというので、その様子を遠巻きに見守っていると、写真撮影のためパン売場でクリームパンを指差していた少年が急に顔を伏せました。

「ほら、写真撮るから、顔あげて」
「…………」

 女性警察官の指示を聞かず、うつむいたままでいるので近づいてみると、顔を真っ赤にした少年が言いました。

「どうしたの?」
「知り合いがいるから、ちょっと待って」
「どの人よ?」
「あの子たち、中学の同級生なんだ。こんなことってある?」

 目で合図するので確認すると、制服姿の女子高生2人組が、興味津々といった様子でこちらの状況を見つめていました。多感な時期でもあるし、少しかわいそうに思って女性警察官に知らせるも、すぐに終わるからと構うことなく無理に写真を撮り続けます。

 それ以降、明らかに不貞腐れてしまった少年は、ろくに返事もしなくなりました。険悪な雰囲気の中で、実況見分を終えて事務所に戻ると、まもなくして少年の母親を名乗る女性が被害品の支払いに現れます。おそらくは、夜の仕事をされている方なのでしょう。乳房が目立つ服装と派手なネイルが印象的な40歳くらいの女性です。

「あんた、また万引きしたんだって?」
「うん。のどが渇いちゃったんだけど、カネがなかったから仕方ないだろ」
「はあ? あんた、いい加減にしなさいよ。もうガキじゃないんだから、今回は自分で責任取ってこい」

 一喝された少年は、ただニヤニヤと悪い笑みを浮かべるばかりで、まるで反省のない態度を取り続けています。その様子に怒った母親が、努めて冷静に女性警察官に言いました。

「お店に迷惑がかかるから、代金のお支払いはしますけど、こいつは置いて帰ります。留置場でも刑務所でも、どこでもいいから放り込んでやってください」
「まあまあ、落ち着いてください。警察署で、ちゃんと言って聞かせますから」

 怒りに震える母親を宥め、被害品の精算をさせた女性警察官が、足を放り投げて座る少年を一喝しました。

「君ね、そんな態度でいたら、本当に逮捕しなきゃならなくなるよ。まずは、お母さんに謝りなさい」
「はいはい、ごめんなさい。もうしません」

 これが精一杯だったのでしょう。頭を下げることなく、口先だけで謝った少年は、まもなく警察署に連れて行かれました。逮捕者である私も調書作成のために同行を求められ、少年の母親と同じ車に乗って警察署に向かいます。

 あまり関わりたくないのが本音ですが、その車中で母親から話しかけられたので、やむなく対応します。

「ご迷惑おかけして、すみません」
「いえいえ。難しい年頃だから、お母さんも心配ですよね」
「前にも何度か同じことをしていて、高校もやめさせられているんですよ。それから家に寄りつかなくなって、おばあちゃんのところで寝泊まりさせてもらっているんですけど、あまり仕事にも行ってないみたいで。どうやったら、やめてくれますかね?」
「お母さんが見捨てたらダメだと思います。もしかしたら、本当は学校に行きたいんじゃないですかね? さっき、実況見分しているところを中学の同級生に見られたって、すごく悲しそうにしていて、かわいそうでしたよ」

 すると、突然に泣き始めた母親が、私の腕をつかんで言いました。

「あんたに、なにがわかるのよ! あんたに、なにがわかるのよ! うあーん」

 余計なことを言ってしまったようで、ひどく気まずい思いをしましたが、まもなく警察署に到着して救われました。

 その晩、調べを終えて少年課を出ていく2人の背中を見送った私は、子どもを産むことなく終盤を迎えた自分の人生について振り返った次第です。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)

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