こんにちは、元闇金事務員、自称「元闇金おばさん」のるり子です。今回は前回に引き続き、かつて私が働いていたの“闇金”の終焉についてお話していきたいと思います。
警察の強制捜査の翌日、事務所に到着すると鍵が開いていたので恐る恐る中を覗くと、社長の奥さんが事務所内で待ち受けていました。お目にかかるのは、2年前の社員旅行以来で、あまり話したこともないため緊張します。
「おはようございます。今回は、ご迷惑をおかけして、ごめんなさいね」
「いえ、私は大丈夫です。奥様は、大丈夫ですか?」
「しっかりしないといけないときだから、なんとかね」
奥様も眠れなかったのでしょう。憔悴しながらも、悟られぬよう気丈に振る舞う姿は痛々しく、どこか寂し気に見えました。昨日は、社長の自宅にも家宅捜索が入り、それが夕方遅くまでかかってしまったために、これから留置される警察署まで差し入れに行くそうです。しばらくは接見禁止が続く見込みですが、弁護士と一緒に行くため、なにかあれば聞いてもらえるとのことでした。
「お客さんからいただく金利の計算は、どうしましょうか? 法定金利内に収めないと、また事件にされちゃうかもしれませんよ」
「そうね。問題にならないように正しくやってください」
「不渡が出たらどうします? 私たちにできることは、なにもないんですけど」
「そこは聞いてくるわね。いろいろとご心労かけて、本当にごめんなさい」
その結果、できないことは放置しておいて構わないと指示されましたが、まるで想定外のことが起こります。
社員の横領が発覚。顧客が次々と手のひら返し――疲弊したるり子を助けたのは?
事件を起こした社員2人が担当する顧客の期日が到来し、再貸付の依頼をいただくと、月に3割もの利息を支払わせていたことが露見したのです。正規の貸付(といっても違法な金利ですが)であれば、100万円をひと月間借りた時の金利は6分で、金額でいうと6万円程度の話になります。
ところが2人は、その5倍――月に30万もの金利を取っていました。つまりは一回の貸付で、1件あたり24万円も着服していたことになり、その悪質さは極まりないものといえるでしょう。2人の管理する債権は、合計で2000万円ほど。すべての顧客に設定金利を確認して回ると、ほとんどの客から月3割の利息を徴収しており、さらには一部の客と半使い(貸金を折半して使うこと)して踏み倒している事実も明らかとなって、その悪質さに愕然としました。
お客さんは疑いすぎるほどなのに、身内は完全に信用してしまう。そんなところが社長らしいといえばそれまでですが、昔からの社員に退職された寂しさにつけ込まれた感も否めず、どこか残念な気がします。
さらに悲しいかな、当社の立件報道を見て、態度を変えてくるお客さんも現れました。高利を支払ってきたことを理由に返済を拒む客や、過去の取り立てについて被害届を出すと脅してくる人が続出して、その対応に苦慮したのです。
「あんたらがウチにやったことが、いま事件になったら大変だろ? あの時の金、全部返せよ」
「これ以上請求するなら、ウチからも刑事告訴するよ」
いままで丁寧な口調で電話をかけてきていた人が、突然に脅迫的な態度で接してくるので困惑しましたが、ウチの会社が人の不幸に付け込む仕事をしてきた結果で、何も言い返すことはできません。仕方なく、退職された佐藤さんに電話をかけて相談すると、以前と変わらず親身に話を聞いてくれました。本音を明かせば不安でたまらず、とてもつらい気持ちでいたので、話を聞いてほしかったのです。
「さっきニュースで見て、連絡を入れようと思っていました。いろいろと大変でしょう?」
「はい。いま愛子さんと2人きりなので、もうどうしたらいいかわからなくて」
「そうでしょうね。こちらの仕事もあるので、空いている時間だけになってしまいますけど、できるだけ協力しますよ」
退社されてから不動産会社を興した佐藤さんは、ある程度、時間の自由が利くそうで、不法行為には関わらないことを条件に、社長が保釈されるまでの間に限って手伝ってくれることになりました。取り急ぎ、態度を急変させた客への対応について相談したところ、とにかく刑事告訴されないことを一番に考え、民事での和解を促すべきだと進言されます。
「費用もかかるし書類集めも大変だから、本気で訴えてくる客は、そんなにいないと思いますよ」
結局、訴訟まで起こしてきたお客さんはなく、思いのほか簡単に事態を収束することができました。
「心配かけて悪かったな」
逮捕から3週間ほど経過した後、600万円の保証金を支払って保釈された社長は、随分と痩せた状態で事務所に現れました。留置場における日々が思いのほか厳しく、精神的に参ってしまったらしく、毎日の食事も思うようにとれなかったそうです。保釈されたことを聞いて、事務所に駆けつけた佐藤さんから留守中の報告を受けた社長は、入出金状況の照合をした後に50万円の現金を用意するよう言いました。それを佐藤さんに手渡して、これからも手伝ってもらえるよう懇願すると、違法行為には携わらないことを条件に快諾されます。
先に逮捕された2人は、前日に保釈されており、明朝に出社される予定だと聞きました。不正行為が発覚している件は、なにひとつ伝えていないそうで、修羅場になること必至の状況といえるでしょう。
「あいつら、ふざけやがって。本当に舐めているな」
翌日、事件のきっかけを作った2人の社員は、約束の時間が過ぎても姿を現しませんでした。その代わりに弁護士から介入通知が届いて、退職の意思表示と合わせて、法廷における全面対決の意向が伝えられます。
2人ともに、会社の指示で仕方なくやったと供述しており、完全に裏切られた形となりました。不当に受領していた金利も、そもそもの貸付契約が違法のため、返還を求めることすらできません。刑事裁判の成り行きも気になるところで、従業員の立場にいた2人に口裏を合わせられているため、社長一人が不利になる様相になってきました。はっきり言ってしまえば、いいようにやられてしまっており、今後の展開が不安になります。
結局、その不安は的中することになり、件の2人は、すべてを社長の責任にして執行猶予付きの判決を勝ち取りました。主犯として扱われ、ただ一人だけ実刑判決となった社長には、懲役4年の判決が下されてしまいます。
即日に控訴保釈され、実刑判決を免れるべく新旧の債務者に和解金を提示した社長は、積極的に和解書を集めて証拠申請する作戦で対抗しました。大いに反省して、これまでの不当利得分を返したのだから、刑務所行きだけは勘弁してくれという主張です。返金総額は、合計で2000万円ほど。
お金に執着して、ひどい取り立てをしてきた人が、刑務所行きを恐れて返金する姿は情けなく、社長に対する気持ちは日を追うごとに薄れていきました。
「被告人を懲役3年に処する。ただし、その執行を5年間猶予する」
控訴審で、念願の執行猶予判決を得た社長は、これを機に廃業することを決めました。もはや片手間でできるくらいの仕事しか残っておらず、これ以上続けてもリスクしかないと判断したそうです。これからは不動産の賃貸収入で細々とやっていくと、毒気の抜けた顔で話していましたが、それ以後のことはわかりません。
愛子さんと私には、給料3カ月分の退職金が支給され、至極円満に退社することになりました。その後、都内の不動産業者に就職した私は、そこで出会ったふた回り年上でバツイチの役員と結婚して、現在は幸せに暮らしております。
※本記事は、事実を元に再構成しています
(著=るり子、監修=伊東ゆう)