• 月. 12月 23rd, 2024

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Netflixドラマ『ザ・クラウン』よりも非情な王室! 本当にあった「親類見殺し」の過去を紐解く

 「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な「皇族」エピソードを教えてもらいます! 今回はイギリス王室の描き方をめぐり視聴者の間で物議を醸しているテレビドラマ『ザ・クラウン』(Netflix)の第5シーズンについて、堀江氏に聞きました。

堀江宏樹氏(以下、堀江) 前回から、「いろいろと問題作だった」との評が多いNetflixのオリジナルドラマ『ザ・クラウン』の第5シーズンについてお話しています。

――「親戚を見殺しにして、それによって王室の安定を試みる」という話が、第5シーズンには登場していたとのことですが?

堀江 そうですね。1994年、エリザベス女王とフィリップ殿下は、当時すでにソビエト連邦ではなくなったロシア連邦を訪問、1918年に革命勢力の手で惨殺された元・皇帝一家の追悼儀式に参加するという形で描かれていたと思います。ドラマでは過去の「回想」として、1917年当時の英国王・ジョージ5世が家族の意見によって、いとこにあたる前・ロシア皇帝ニコライ2世(ロマノフ朝第14代皇帝)とその家族を見捨てる非情の判断をするという形で描かれていました。

――睡眠中だったニコライ夫妻が、革命軍の兵士に叩き起こされ、処刑現場に連れて行かれる際、勘違いして「私のいとこのジョージ5世が軍艦をよこしてくれたのだ!」「これで助かった」とぬか喜びするシーンですよね。その後の銃殺シーンがやけにリアルで衝撃的でした……。

堀江 ジョージ5世とニコライ2世はいとこにあたり、愛称で呼びあう仲でした。また、ニコライの妻(前・ロシア皇后)のアレクサンドラも、実は親戚の女性で、面識があるのです。1917年初頭、ジョージ5世も前皇帝夫妻の亡命受け入れに賛成していました。しかし、同年3月~4月になってジョージ5世は態度を翻し、「ニッキー(ニコライ2世)一家を受け入れない」と言い出したのです。

――なにが国王を変心させてしまったのでしょうか?

堀江 保身でしょう。当時のイギリスは保守党と自由党の対立に加えて、左派勢力である「労働党」が強くなっており、自由党左派のロイド・ジョージ首相は王族・貴族たちにきわめて厳しい態度を取っていました。そういう世論に逆らって、ロシアから前皇帝夫妻とその子供たちを、親族のよしみでイギリスに迎え入れたりしたら、英国内から「反動的なイギリス王室なんて要らない!」という声が上がることを警戒してしまったようなのですね。しかし、その経緯がドラマで描かれた以上に、エグいのです。

 ロシアの革命政府とイギリス政府の間で、すでに前皇帝の受け入れが決定していたのに、心変わりした英国王は「ダメだ」の一点張りでした。ロイド・ジョージ首相ですら亡命については賛成していたのに。ロシアとイギリスの周囲が英国王をなだめたのですが、やはり「前皇帝は亡命させられない」との最終通告をロシア側に伝えることになりました。

 そういう動きがロシアとイギリスの間にあるという情報をつかんだレーニンは、「皇帝一家など生かしておいたら、今後、革命の妨げになる」といきりたち、その結果、前皇帝だけでなく一家全員が「これほど多くの遺体がこれほどひどく損傷された例を私は見たことがありません」といわれるような酷い殺され方をしたのです。これは遺骨調査を行ったコリヤコヴァ博士の言葉ですね。

――イギリス国王としての王冠を守るためでしょうが、言葉を失うような非情さですね……。

堀江 ロシアで革命が起きてしまったのは、やはり前皇帝に大きな問題があったからですが、その罪のほとんどを(前)皇后が被ることになった点は、さらなる問題といえるでしょうね。

 ドイツとイギリスの血を引くアレクサンドラ前皇后は、ドイツ生まれではありますが、諸事情あって6歳から12歳までイギリス王室で育てられた女性なのです。英王室とは血縁関係にありました。しかし、それでもジョージ5世は見捨てているのです。彼女は現代風にいうと“怪しい宗教”にのめりこんでいました。ラスプーチンという超能力者に依存していたのです。また、当時のイギリスはドイツと戦争中です。アレクサンドラには、ドイツのスパイという噂が根強くありました

――でも、さすがにそれは噂ですよね? 

堀江 はい。しかし、庶民の噂とかイメージに想像以上に王室が振り回されていることは興味深いですね。イギリス王家の名前も元来は、ザクセン=コーブルク=ゴータ家だったのですが、これではイメージが悪いということで、第一次世界大戦を契機に、現在のウィンザー家に改名しています。

――それにしても、日本でありがちな妃殿下に責任のすべてを押し付ける考え方って外国でも強いんですね……。

堀江 そうですね。ジョージ5世は、親戚であるアレクサンドラ、そして仲がよかったはずの「ニッキー」の死に何を感じたのでしょうか。心情を克明に伝える記録は例によって、ありませんが。

 1917年当時は、第一次世界大戦の末期にあたり、イギリス・フランス・ロシアは「協商国」として友好的関係にありました。私もふくめ、庶民は「政治」より「人情」でものを判断しがちな気がします。窮地の親戚を受け入れたほうが、いくら左派勢力が強くなった時代でも、王室の支持率はあがりそうな気はするのですが。

 ドラマでは、親族の女性が、乗り気のジョージ5世に「皇帝の受け入れはやめたほうがよい」とほのめかすようにした……という流れでしたが、史実ではジョージ5世の強い拒絶を、彼の家族も、政治家たちも覆すことができなかったようです。『ザ・クラウン』では、王政という「システム」を守るためなら、非情になることもいとわないエリザベス女王や、それに傷つく家族たちの姿が描かれていますが、そういうホームドラマ的な内容のさらに上をいく、つらい決断がちょうどエリザベス女王の祖父の時代には起こっていたんですね。逆にいうと、その時、エリザベスが女王という立場にあったのなら、彼女がそれを決断しなくてはならなかったかもしれない。

――やはり王族に生まれ、王族として生きていくことは、きれい事ではない苦労の連続なんですね。

堀江 特に国王ともなると、普通の神経の持ち主ではやっていけないでしょうね。なお、ドラマでは、革命勢力に惨殺されたロマノフ一家の遺骨が発見され、そのDNA鑑定に、エリザベス女王の夫であるフィリップ殿下が協力し、女王もロシアで行われたロマノフ一族の鎮魂式典に参加したという流れでした。史実でもその通りなのですが、なぜロマノフ一家の問題なのに、英女王や英王室のメンバーが出てくるのか? と思ったりしませんでしたか?

――まさかロマノフ一族は皆殺しだった……とかじゃないですよね?

堀江 そういうわけではなく、ロマノフ一族の末裔たちはアメリカ、イギリス、そしてスペインなどヨーロッパ各地に散らばっているのですが、大きく分けて3派に勢力が分散し、お互いを牽制しあっています。また、一族には発掘された遺骨のDNA鑑定に必要な血液などの提供を拒否する人もいたわけです。「エリツィン大統領の要請だかしらないが、彼が新生ロシアをアピールしたいから、過去への謝罪を形だけ行いたいといっている。その政治の道具になんかされたくない」という一念ですね。

 ロマノフ一族の、生々しい怨嗟と拒絶に対し、実際にDNA鑑定に血液を提供したフィリップ殿下は、ロシアで殺されたアレクサンドラ皇后の近い親戚にあたる存在ですから、若干、中立的な立場といえるんですね。

――だから、フィリップ殿下の血液がDNA鑑定に使われ、その妻で英女王のエリザベスが、ロマノフ皇帝一家の追悼儀式でもフィーチャーされたわけですね。

堀江 ジョージ5世は、アレクサンドラ皇后の妹で自分のいとこでもあるバッテンベルグ家(当時の名称)のヴィクトリアという女性に手紙を書いて、「親愛なるヴィクトリア、あなたの愛する妹とそのいたいけな子供たちが悲惨な最期を遂げたことについて(略)心痛の思いでいっぱいです(略)」などと言っているのですが、殺された妹・アレクサンドラの気持ちを考えると、「愛する夫ニッキー(=ニコライ2世)が死んだ後も自分だけ生き残ることは決して望みはしなかったであろう」とか「そして美しい娘たち」も、たとえ家族と共にその場で殺されていなかったとしても、その後では「死を選んだほうがましだと思ったに違いありません」ということなのでしょう。

――ジョージ5世は自らの強い意思で、彼らを見殺しにしたのではないですか(苦笑)。それは伝えたり謝ったりしないんですね。

堀江 そうです。都合いいなぁと思いますよね。『ザ・クラウン』では君主は、とくに大事なことに関しては曖昧なメッセージしか発せられないということになっていますが、それを地でいく感じで、王族の人生は時と場合によって、本当にハードモードになりうるし、そういう決断を迫られることのない庶民は本当に気楽でいいという話かもしれません。

 ニコライ2世夫妻の子供たちの中で、アナスタシア皇女だけは惨殺を生き延びていたのでは……という声はありました。すると「私はアナスタシアだ」と言い切る(詐欺師の)女性が現れたり、その自伝がハリウッド映画になったりもしましたけれど、本当はごく早い時点で、イギリス王室はロマノフ一家全員の死の情報を掴み、それを受け入れていたようですね。ただ、世間には知らないフリを続けていただけで……。

――本当はそんな背景があったのですね。ドラマでは描かれなかったウラ事情にこそ、英王室特有の秘密主義が垣間見えた気がします。

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