私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。
<今回の有名人>
「出雲大社を上回る家でないと」紀子さま
ニュースサイト「デイリー新潮」2023年4月16日配信
野球の国・地域別対抗戦「第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」の決勝戦がアメリカ・マイアミで行われ、日本代表「侍ジャパン」が、アメリカ代表を破って3大会ぶり3度目の優勝を果たした。テレビを見ない人が増えたと言われて久しいが、3月24日配信の「スポーツ報知」によると、決勝戦の平均世帯視聴率は平日午前8時に試合開始という悪条件でありながら42.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)、その他日本戦も軒並み40%を超える高視聴率を記録したという。
世界一の立役者、大谷翔平選手はエース兼主軸打者として活躍し、WBC史上初の投手部門、指名打者部門の2部門で、大会ベストナインに相当する「オールWBCチーム」に選ばれた上、MVPも受賞している。
わが子を大谷選手のような素晴らしい人物にしたいと思う親は多いようで、講談社の配信するウェブマガジン「現代ビジネス」は「大谷翔平の両親が、我が子の前で『絶対にやらなかった』意外なこと」という記事を配信(3月21日)。同記事によると、大谷選手のご両親は、子どもの前で夫婦げんかをしないことなどを守ってきたという。
両親の諍いが、子どもの脳に悪影響を与えることは、脳科学者で小児精神科医の友田明美氏の著作『子どもの脳を傷つける親たち』(NHK出版)に詳しいが、ここで疑問が浮かぶ。それでは、わが子の前で夫婦げんかをしなければ、子どもはみな大谷選手のような偉大な人物になれるのか。残念ながら、答えはNOだろう。
ちょっと冷静になれば気づきそうなものだが、どうしてこの手の記事が多くのPV・アクセス数を獲得しているかというと、それだけ子育てが難しいから、また多くの人が持っているバイアス(思い込み)が関係しているからではないか。
心理学では、バイアスは「誰にでもあるもの」と定義づけている。バイアスは無数に存在するが、そのうちの一つに「信念バイアス」と呼ばれるものがある。これは「好ましい結果が出ると、そこに至る過程はすべて正しいとみなされるが、悪い結果が出てしまうと、そこまでのプロセスはすべて間違いとみなす」こと。もっというと、いい結果を出せばすべてが称賛されるが、悪い結果が出た場合は「ここも悪い、あそこも悪い」とバッシングが過熱してしまうわけだ。
現代社会において、「悪い結果が出ると、すべてが間違っている」というマイナスの「信念バイアス」に晒されがちな立場に置かれているのは、女性皇族ではないだろうか。
最近では、週刊誌による紀子さまバッシングをよく目にする。ニュースサイト「デイリー新潮」は「佳子さまに“同居拒否”を決意させた、紀子さまの“ひと言” 佳子さまのお相手について『出雲大社を上回る家でないと』」という記事を配信している(4月16日)。
同記事によると、高円宮家の次女・典子さんは出雲大社の禰宜(当時)・千家国麿さんと結婚したが、秋篠宮家は筆頭宮家であることから、紀子さまは佳子さまの結婚相手に、それ以上の相手をお考えで、旧宮家の男系男子に興味を持っているとのこと。
紀子さまが人柄よりも家柄を重んじるブランド主義かのようなネガティブな印象を受ける記事ではあるものの、仮に紀子さまがこれらの記事のような発言を本当になさったとしても、それはおかしいことではないと私は思う。女性皇族と一般人では、価値観や風習が相いれないことも多々あるだろう。その点、皇籍離脱した旧宮家の男性は、大きくいえば“親戚”なわけだから、そのあたりのカルチャーギャップが埋めやすいのではないか。
それでは、なぜ紀子さまが口うるさい母親かのように書かれてしまうかというと、子育てにおいて、「悪い結果」が出たと、世間に見られているからだと思う。
秋篠宮家の長女・眞子さんは、大学時代の同級生・小室圭さんと21年10月に結婚し、ニューヨークに移住した。小室さんは、3度目の挑戦でニューヨーク州の司法試験に合格。おそらく現在は、2人で自由な新婚生活を満喫しているだろうが、ここに至るまでの道のりは決して平たんではなかった。
小室さんの母上の金銭トラブルの発覚や、法学部出身でない小室さんが、米フォーダム大のロースクールにすんなり留学したことで、「内親王の婚約者という立場を利用したのではないか」と疑う声が上がったりなど、国民が諸手を挙げての祝賀ムードとは言い難い状態だった。秋篠宮さまは「皇室としては類例をみない結婚」とコメントを発表されたが、結婚一時金を辞退したり、朝見の儀などの儀式を行わない内親王の結婚は、確かに前代未聞なのではないだろうか。
このような状況が、国民に「悪い結果」と捉えられると、そのすべてのプロセス――つまりこれまでの子育てが間違っていたというバイアスが働き、特に母親である紀子さまが「しっかりしていないから」という理由でバッシングされやすくなるのだ。
今はバッシングに晒されている紀子さまだが、一時は「理想の妃」とみなされていた。雅子さまは適応障害で長期の療養に入ったものの、紀子さまは精力的に公務をこなし、美智子さまや黒田清子さんとの関係も良好で、男のお子さまもご出産されたからだろう。
反対にその頃は、雅子さまが週刊誌に散々な叩かれ方をしていた。雅子さまが適応障害を患った際、それは「悪い結果」として、国民に受け止められ、外務省出身で国際派である雅子さまは、伝統を重んじる皇室に合わないといった批判が噴出。さらに療養のために、オランダで天皇陛下と愛子さまと共に過ごされたときは、「公務はできないのに、遊びはできる」と書かれたし、登校を怖がる小学生の愛子さまのために、雅子さまがお付き添いになったときは「異様な親子」とバッシングされるなど、やはり行いすべてが間違っているという叩かれ方をしたものだ。
うまくいかないとき、世間が冷たいのは常なのかもしれないが、芸能人は週刊誌の報道に意見があるときは、自分のSNSを使って訴えることができるし、バッシングされて注目が集まると“見せ場”を作ることもできる。しかし、皇室の方々はそういうお立場ではないので「書かれたら書かれっぱなし」「やられ損」でしかない。
もっとも、宮内庁も手をこまねいているわけではない。広報室を設けて「皇室の方々の名誉を損なう出版物に対応する」と発表した。最近の週刊誌の皇室報道は明らかに行きすぎていると思うので、存分に腕を振るっていただきたいものだが、それでも、秋篠宮家は前途多難といえるのではないだろうか。というのも、このままでは、悠仁さまのお妃選びの難航が予想されるからだ。
渡辺みどり氏の著作『美智子皇后の「いのちの旅」』(文春文庫)によると、上皇さまが皇太子時代のお妃選びはかなり難航し、上皇さま自身が“一生、結婚できないかもしれない”と悩まれた時期もあったという。
当時、皇太子妃になるのは旧華族の令嬢と考えられていたが、彼女たちは皇室の重みや複雑さをよく知っているからこそ、自由を求めて次々に結婚していったそう。現在の天皇陛下も、雅子さまと出会われてから、実際のご成婚までには長い年月を要している。また美智子さまも雅子さまも皇室入りされてから、心身の不調に悩み、静養を経験されているが、それすらバッシングの対象になる。
紀子さまはそこまでの体調不良は経験されておらず、その点での非難が受けていないものの、別方面のバッシングに晒され続けている。「女性セブン」2022年4月1日号(小学館)は、紀子さまについて、観察力がすさまじく、細かいことにまで気が回り、責任が強いために、時に職員を叱責することもあると報じているのだ。
このように皇室のややこしさ、恐ろしさばかりが報道されれば、悠仁さまのお妃選びはさらに困難を極めるのではないか。そしてそのことによりバッシングの矛先が向かうのは、紀子さまにほかならないだろう。
週刊誌の切り口というのは、テレビや新聞とは違った鋭さがあると思うが、超えてはいけない一線もあってしかるべき。マイナスの「信念バイアス」により、週刊誌報道が結果として皇室と国民を分断させてしまうのだとしたら、国家にとってこれ以上の悲劇はないと思う。