今年3月、英国の公共放送・BBCが、2019年に亡くなったジャニーズ事務所創業者・ジャニー喜多川氏の“性虐待”の実態を取り上げたドキュメンタリー『The Secret Scandal of J-Pop(邦題:J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル)』をオンエア。同番組は、過去に民事裁判で“認定”されながらも、国内では長年うわさレベルに留まっていた未成年のジャニーズJr.に対するジャニー氏の性的搾取を追及・告発した。
そんな英国からの糾弾に続くように、ジャニー氏の性虐待報道の急先鋒である「週刊文春」(文藝春秋)が毎週この問題を取り上げ、さらには2012~16年にジャニーズ事務所に所属していた元Jr.のアーティスト、カウアン・オカモト氏が、東京都内の日本外国特派員協会で記者会見を実施(4月12日)。中学卒業直前に初めて性被害を受け、それは在籍中に15~20回ほど繰り返されたと告白し、ジャニー氏の自宅に宿泊をしたことがある全員が同様の被害に遭っている可能性も示唆。さらにはその行為を受けるか否かが、タレント活動に影響を及ぼしていたことを明かしたのだった。
こうした事態を受け、長年ジャニー氏の性虐待疑惑について沈黙を守ってきたジャニーズ事務所はようやく重い口を開き、「共同通信」の取材に応じる形で、以下の声明を発表した。
弊社としましては、2019年の前代表の死去に伴う経営陣の変更を踏まえ、時代や新しい環境に即した、社会から信頼いただける透明性の高い組織体制および制度整備を重要課題と位置づけてまいりました。
本年1月に発表させていただいておりますが、経営陣、従業員による聖域なきコンプライアンス順守の徹底、偏りのない中立的な専門家の協力を得てのガバナンス体制の強化等への取り組みを、引き続き全社一丸となって進めてまいる所存です。
ネット上では「ついにジャニーズ事務所がこの問題に反応した」と話題を呼んだ一方、肝心の内容が「テンプレートのようなコメント」と大炎上。ファンからも「あり得ない」という声が飛び交う状況となった。
ジャニーズ事務所は、社会的影響力のある企業として、どのような対応を取るべきだったのか――危機管理に詳しい企業コンサルタント・大関暁夫氏に話をお聞きした。
――BBCのドキュメント番組放送以降、ジャニー氏の性虐待問題が取り沙汰されています。ジャニーズ事務所が「共同通信」の取材を通して、初めて公に出したコメントは大きな反響を呼びましたが、この事態をどのようにご覧になっていますか。
大関暁夫氏(以下、大関) 「共同通信」に対するジャニーズ事務所のコメントには、実際に性虐待の事実があったか否かについては触れられておらず、完全に“逃げ回っている”という印象しか抱きませんでした。企業経営的な観点でいうと、上場している・いないに関係なく、ジャニーズは社会的存在感のある事務所ですから、当然、その責任は大きい。そこを自覚した上で、もっと真摯な対応をしなければいけないのではないかと感じました。
加えて、このコメントが批判を浴びたのは、そこに「白黒はっきりさせてほしい」というファン心理があるからだと思います。事務所がこの問題から逃げ続ける限り、BBCや週刊誌は同様の報道をやめないでしょうし、これからもジャニーズのファンでいたいと思っている人は、自分が応援していることへの後ろめたさを引きずることになります。ファンには「あったことはあったことと認め、しっかり謝罪と対応をしてほしい」という思いがあるのではないでしょうか。
――企業の不祥事対応という観点から、具体的にジャニーズ事務所のコメントの問題点を教えてください。
大関 問題点“しかない”ですね。肝心の性虐待問題について一切触れていないですし、対応策についての具体性もなく、杓子定規なコメントに終始しています。ジャニーズを応援している人が心配し、注目している問題にもかかわらず、一発目にこのようなコメントを出すのは、ファンを舐めている、あるいはバカにしているとしかいえないでしょう。藤島ジュリー景子社長は、企業経営者である以上、たとえ過去の問題であったとしても、前経営者の社長としての行動が問題視されているわけで、その責任が生じます。そういう意味でも、性虐待問題に対し、まるで知らん顔しているようなコメントを出すのはおかしな話です。
まずは、「応援してくださっているファンの皆さまには、ご心配をおかけして申し訳ありません」という謝罪、また、現在、具体的にどのような対応しているのか――例えば「社内で事実関係を調査しています」「第三者に調査を依頼すべく動いています」といった説明は絶対に必要でしょう。事実無根という場合であっても、「その証拠を整理した上で発表させていただきます」、すでに証拠があるのであれば、「ご指摘のような事実はないので、後日記者会見を行います」などとコメントすべきだったと思います。
――これだけ世間を騒然とさせているにもかかわらず、何の謝罪もないのは、確かに“不自然”と感じます。
大関 この問題をどう受け止め、どう対処するつもりなのかを明確にしないと、やはり誰も納得しませんし、ファンである消費者に対し、その姿勢はいかがなものか。世間が騒いでいるから、「当社はコンプライアンスを一生懸命やっています」と言って、お茶を濁しているだけと感じました。
―― ジャニーズ事務所内に、「このコメントを公に出すのはまずい」とストップをかける人がいなかったことも気になります。
大関 たとえトップが「会見したくない」「コメント出したくない」「どうにかごまかしたい」と言っても、右腕である広報担当が「社長、それはまずいです。ファンに対して事実を説明するべきですし、そうしなければ会社の信用が失墜することにつながるので、ここはしっかり事件に対するコメントを出しましょう」と説得し、コメント文案を作って表に出すのが、一般的な不祥事対応の流れといえます。
広報担当の在り方は、ここ20年で変わってきており、かつては、会社を守る立場でメディア攻撃や悪いうわさの“火消し的”な役割が求められたのですが、今は“善意の第三者”であるべきとされています。企業の中にどっぷり浸かるのではなく、最終的に会社のためではあるものの、外部と社内の間にある“塀”の上に立ち、ニュートラルに物事を見る必要があるんです。
ジャニー氏の性加害については、2002年に裁判で認定されましたが、当時は大手メディアがどこも報じず、ジャニーズは“逃げ切った”格好でした。しかし当時と今では世の中の考え方はずいぶん変わっています。広報担当はトップに対し、「あの時とは違う対応を取らなくてはいけない」「そうしないとファンも世間も納得しないと思います」と言うべきところだと思います。
――問題だらけだったジャニーズの“初手”ですが、その後「朝日新聞」が、取引先企業に対し、性虐待疑惑に関する対応を説明する文書を入手し、報道。そこでは、謝罪に始まり、性虐待疑惑に関する「問題がなかったなどと考えているわけではございません」という見解、社員や所属タレント向けの相談窓口を設け、「ヒアリング及び面談」を実施してきたこと、さらには元所属タレントに関して、外部専門家の相談窓口を設け、個別対応を行う準備を進めていることなどを詳細に記しています。なぜこれを取引先企業だけに向けて報告したのかが気になるのですが。
大関 事務所が説明している対応姿勢はともかく、真っ先にこれを伝えるべきは業者筋ではなくファンを含めた世間であるはず。そこの履き違えは、はからずもジャニーズ事務所の「ファン軽視、ビジネス重視」の考え方を露呈させたのではないでしょうか。これではジャニーズのアイドルを一生懸命応援し、この問題を心配しているファンの皆さんがかわいそうだと感じてしまいます。
メディアはジャニーズ事務所からの報復を恐れずに、そのあたりを堂々と報じてしかるべきかと思いますし、それをせずに見過ごしていくなら、ジャニーズは姿勢をあらためる機会を逸することになるのではないでしょうか。
――ジャニーズ事務所は、すでに聞き取り調査を行っており、取引先企業には「現時点では問題となる点は確認されておりませんが、あくまで社内のヒアリングになりますので十分であるとは考えておりません」と説明しているそうです。
大関 聞き取り調査をして、「まったく何もありませんでした」ということはないと思います。少なくとも被害を訴えているカウアン・オカモト氏から直接話を聞くなりして、当時の事実関係を詳細に調べるべきであり、その実態は、再発を防止するためにも、会社としてしっかりつかんでおく必要があります。そして、その結果を明らかにすることも重要です。
――プライバシーなどの観点から、結果の公表は難しいのではないかという気もしてしまうのですが……。
大関 具体名を出す必要は一切ありませんが、これだけ騒ぎになっている以上、調べた事実関係を報告する必要があると考えます。例えば、「過去の所属タレントも含め、ヒアリングした●人の中で、ジャニー氏からの性的接触にあった人は●人いました」「うちこうした事実を性的被害として問題視している人は●人いました」など、報告方法はいろいろとありますから。
――取引先企業に送付したという文書には、被害者がいた場合の対応については触れられていませんでしたが、企業としてすべきことはなんでしょう。
大関 被害者をケアする責任は当然あります。一方、被害者から裁判を起こされた場合にも対応が生じますし、もしくは和解する形で慰謝料を支払うこともあり得るのではないでしょうか。それには、性虐待問題はジャニー氏個人の問題か、社長という立場を利用した会社としての問題かを明確にすることが必要になってくる。そこは法律の専門家に入ってもらい、被害者と個別の話し合いをして、落としどころを見つけていくことになると思います。
――再発防止策にはどのようなものが考えられるでしょうか。
大関 少なくとも、経営者を含め、管理職以上はハラスメント関連の教育をしっかり受けること。実権を握っている人たちが、自分の地位を利用してハラスメント行為をすることがないよう、過去の事例を参照しつつ、何がハラスメントにあたるのか、教育研修を受ける必要があります。今の時代の常識では、たとえ性的な行為がなくても、上下関係を利用し、「自分の言うことを聞いたら、この番組に使ってやる」と言うだけで“アウト”ですから、「ダメなものはダメ」としっかり学ぶことが大切です。組織として、トップも管理者もスタッフもタレントもハラスメントに対し、同じ価値観で物事を判断していける土壌を作らなければいけません。
――そういったハラスメントの教育を受けていることを、公にしていくことも大事だと思いました。
大関 調査をして、その結果を報告した上で、「今は研修を行い、健全な組織経営を心掛けています」というのは当然の対応でしょう。人気タレントを数多く輩出し、メディアに対して強い影響力を持つジャニーズ事務所は、流行を生み出すことで人を“動かす”力を持っています。その責任の大きさを感じながら、自分たちはどうあるべきか、今何をしなければいけないのかを理解した上で、それにふさわしい行動を取ってほしい。今までは“臭いものにフタ”という印象が強かったですが、今回の不祥事告発を機に膿を出し切り、悪しき組織風土を断ち切る覚悟で、真摯な対応を行い、企業体質とともに業界のイメージも率先して変えてほしいと願っています。
取材協力:大関暁夫(おおぜき・あけお)
All About「組織マネジメント」ガイド。東北大学卒。横浜銀行入行後、支店長として数多くの企業の組織活動のアドバイザリーを務めるとともに、本部勤務時代には経営企画部門、マーケティング部門を歴任し自社の組織運営にも腕をふるった。独立後は、企業コンサルタントの傍ら上場企業役員として企業運営に携わる。