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水谷豊が『相棒』の杉下右京になる、はるか前……トンチキ青春映画で演じた“汗臭い童貞”役の魅力とは?

エンタメ批評界の「ひとり隙間産業」佃野デボラが、見逃せない“味”なコンテンツ、略して「味コン」をプレゼンする不定期連載(※このコラムはネタバレを含みます)。

【今回の「味コン」!!】
『相棒』“右京さん”の五十余年前、18歳の水谷豊がボンクラ童貞野郎を演じた『新・高校生ブルース』

 今年3月、『相棒 season21』(テレビ朝日系)が好評のうちに幕を閉じた。2000年のシリーズ開始から23年もの間続くこの人気作品の効果で、水谷豊=「杉下右京」というイメージを抱く視聴者は多い。

 一方、筆者のような昭和のテレビっ子からすると『熱中時代・教師編』シリーズ(1978〜89年/日本テレビ系)の「北野先生」が強く印象に残る。また、各社から配信され、いまだに根強い人気を誇る『傷だらけの天使』(74~75年/日本テレビ系)で水谷が演じた、主人公・修(萩原健一)の舎弟「亨(アキラ)」を愛するファンも少なくないだろう。

 とりもなおさず、俳優・水谷豊にとって74年、78年、そして00年は、長年世間から愛される「当たり役」に出会った重要年ということになるが、その少し以前、ブレーク前夜の70年も彼にとって枢要な年であったという説を、筆者は唱えたい。

 『マグマ大使』第9話(66~67年/フジテレビ系)にて14歳でドラマデビューを果たし、『青春の海』(67年)で映画デビューを飾った水谷。そこから数年の間は、オーディションで勝ち取った初主演作『バンパイヤ』(68~69年/フジテレビ系)を除けば、鳴かず飛ばずの日々が続いた。今回は、そんな水谷が70年、18歳の時に出演して爪痕を残した……かもしれない映画『新・高校生ブルース』を紹介したい。

 本作は、主人公の椎名(内田喜郎)と、その幼なじみの京子(関根恵子/現・高橋惠子)を中心に、高校生の性と恋を描いたトンチキ青春映画である。水谷が演じる「おかちん」こと岡田は、「しい公」こと椎名、和島(菅野直行)とともに仲良し童貞トリオを組んでいる。街角でのナンパ作戦は失敗に終わり、女性への劣情と、優等生面して“やることやってる”キザなクラスメイト・館山(木下清)へのひがみをたぎらせる3人は、学園祭までに童貞を捨てるという約束を交わし、「フラレタリア同盟」を結成する。

「ナンパ! アタック! レッツゴー!」
「チッキショ〜! 館山の野郎うまいことやりやがって! ぶったまげたな」
「おおかた今ごろ、猛烈キッスのボインモミモミってとこだぜ?」
「俺たちはフラれっぱなしのプロレタリア、つまりフラレタリアというわけだ」
「そうだ! 俺たちは、モテる奴らからどんどん女を搾取されてる、フラレタリア階級だ!」

 汗臭い昭和ワードと、オリジナリティあふれるトンチキ語の洪水にクラクラさせられる、これはある種ドラッグ・ムービーと言っていいかもしれない。そして本作の「ボンクラ童貞高校生」の遺伝子は、のちの『グローイング・アップ 』(78年)、『アメリカン・パイ』(99年)、『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(07年)など、海外の人気作品にも受け継がれて…………ねえわ!

 令和の倫理規範やコンプライアンスに照らし合わせると、完全にアウトな表現や台詞のオンパレードなので、万が一、本稿を読んで視聴する読者がおられ、気分が悪くなった場合は、ただちに視聴をおやめください。本稿ではひとつ、日本映画における比較歴史社会学の見地から論じさせていただくとして……。

 とにかくこの「フラレタリア同盟」の3人、高校生の分際で酒は飲むわタバコは吸うわ、キャバレーでぼったくられた末に、支払いが足りなくてボコられたり、ジャンケンで勝った者に、負けた2人がトルコ風呂(84年にソープランドに改称)をおごろうとしたりと、無茶苦茶だ。かといって彼らは、不良というわけでもない。性欲旺盛な、普通の男子高校生3人組なのである。「おかちん」の女性の好みについての、「フェイ・ダナウェイみたいな、どことなく白痴めいた女性」という説明もヒドい。

 「おかちん」と「しい公」は2人して、クラスのマドンナ・京子に惚れてしまうのだが、最終的におかちんは「あいつを幸せにしてやれるのは、しい公しかいない」と恋路を譲る。そして、夜の新宿で淫乱姐さんに拾われて「強チン」され、童貞を喪失するのだった。こうした「お人好しキャラ」においてこそ輝く魅力は、その後、水谷が発揮し続けた役者としての妙味につながっているような気が、しないでもない。加えて、「フラレタリア同盟」のほかの2人がいかにも“セリフセリフした台詞”を発するのに対して、水谷だけが割と自然な芝居をして、自分だけの「味」を持っており、弱冠18歳にして名優の片鱗を見せている。

水谷豊は『新・高校生ブルース』を最後に、あやうく俳優を引退するところだった

 ところが、本作を撮り終えるや水谷豊は、大学受験のために一度俳優を辞めてしまう。そして受験に失敗して家出、自分探しの旅へと赴くのだった。2年のブランクを経て俳優に返り咲き、『太陽にほえろ!』(72〜86年/日本テレビ系)第1話の犯人役で注目を浴びた後、出演作を重ねていく。そして74年に『傷だらけの天使』に出演。その後の活躍は多くの人の知るところだ。

 つまり『新・高校生ブルース』は、水谷の俳優人生の曲がり角に立てられた道標のような作品とは言えまいか。あそこで俳優を完全に引退してしまわずに、本当によかった。あやうく最後に演じた役が、汗臭い「フラレタリア同盟」の一員ということになってしまうところだった。あの時の「おかちん」があってこそ、現在の「右京さん」があるというものだ。

 さて、そんな水谷にとって重要作である本作の結末はというと……。それまで「トルコ風呂」「強姦未遂」「売春未遂」etc.の物騒なエピソードや、京子が海岸でヒラヒラ舞い踊って「しい公」の夢精を表現した爆笑イメージシーンなどを畳みかけた揚げ句、とんでもない肩透かしに終わる。

 やけのやんぱちになって、トルコ風呂で「筆おろし」を試みるしい公を京子は引き留め、誰もいない夜の学校へと彼をいざなう。そして服を脱ぎ、「どうしても我慢ができないのなら、私を抱いて」と告げる。

 「聞いたわ。フラレタリア同盟のこと」。全裸の関根恵子がまっすぐな眼差しでトンチキ・ワードを発する姿に、爆笑を抑えられない。そして、つい10分前のシーンでは「イライラしてどうしようもないんだ。女を見るとみんな裸に見えちゃって。カーッと強姦したくなり、思いとどまるのがやっとなんだ」と鼻の穴を膨らませていたしい公が、なぜか急に神妙な顔をして、大学生になるまではプラトニックな関係のままでいようと誓う。

 そして学園祭当日。京子が出場するテニスの試合を応援するしい公の、多幸感にあふれるモノローグで、物語は閉じる。

「(フラレタリア同盟の中で)俺だけついに童貞のままだけど、右や左に飛び交うボールを追っているうちに、すごく幸せだなって感じちゃって」

 いったい何をキメたんだ、しい公。どうしたんだ、その「賢者モード」は。さらにモノローグは、こう続く。

「というのは、空も晴れていたし、岡田も和島もサナエ(三笠すみれ)もみんないいヤツで、そのうえ京子のヤツがグッと冴えてるもんだから、俺はうれしくなって、もう少しで涙を流すところだった。きっと、ホットドッグにカラシをつけすぎたせいに違いない」

 ……と、なんか知らんがフツーの青春映画みたいにまとめちゃって、ハツラツとスマッシュを打つ京子のスローモーションで「完」ときたもんだ。無茶苦茶な暴れ太鼓を狂ったようにドンガラガッシャーンと打ちまくった揚げ句、最後シンバルを「シャンッ!」とやって一礼、みたいな終わり方がジワジワくる。

 『新・高校生ブルース』と題しているが、この作品のどこに「ブルース」があるのかも、当然わからずじまいだ。内容が記憶に残らないので、年1ぐらいの頻度で見返しても、その都度新鮮に楽しめる。実際、筆者がそうだった。最後まで見終えて、満足するか後悔するかはさておき、水谷豊ファンなら押さえておきたい一作といえよう。