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  • 水. 6月 26th, 2024

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Snow Manはなぜ売れた? ジャニーさんに「力を入れてもらえなかった」からこその飛躍

 いまジャニーズ事務所内でトップの人気を誇るといわれるSnow Man。今回は、彼らが売れた背景について迫ってみたいと思う。

Snow Man前史、一時は“終わりかけた”ミスノ時代

 そもそもSnow Manの始まりは、「Mis Snow Man」(以下、ミスノ)というジャニーズJr.ユニットだった。歴史的事実としてのみこれを知っているという、ここ1、2年の新規ファンも少なくないと思う。

 ミスノは2009年に結成され、舞台出演やJr.コンサート、そして先輩のバックなどで活躍。そのダンススキルやアクロバット能力が注目され、11年にはJr.でありながら、グループでの主演映画『HOT SNOW』が製作・公開された。しかし、当時のJr.界では決してメインを張るような存在ではなく、アイドル誌の読者投票企画などでも、メンバーが上位に食い込むようなことはなかったと記憶している。

 とはいえ、『滝沢革命』『滝沢歌舞伎』と、タッキーこと滝沢秀明氏の主演舞台に定期的に出演。さらにジャニーズの伝統舞台といえる『DREAM BOYS』『少年たち』にも参加するなど、いわゆる“舞台班”として着実に実績を重ねるうち、一部の熱狂的なファンがつき、その人気はどんどん“濃縮”されていった印象だ。

 そんな中、メンバーの真田佑馬と野澤祐樹の2人が、新ユニット「noon boyz」として、『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ系)の16代目いいとも青年隊に抜てきされる。

 当時、「ミスノは終わった……」と感じたファンも少なくなかったのではないだろうか。「ジャニーさん、売り出すのはその2人だけなの? ミスノはどうなっちゃうの?」と。

 そこで大きく関わってくるのが、タッキーだった。『滝沢歌舞伎2012』の公演中に、「noon boyz」の2人を除く6人(岩本照、深澤辰哉、渡辺翔太、阿部亮平、宮舘涼太、佐久間大介)が「Snow Man」として紹介される。名付け親もタッキーだったという(余談だが、ミスノの名付け親とメンバーセレクトはジャニーさん。「メンバーの頭文字を並べる」というお得意の命名法を元に思いついたそうだが、深澤の「F」を忘れるというキュートなおっちょこちょいエピソードがある。また「O」については結成当初メンバーだった小野寺一希から)。

 まさにタッキーに救われた格好のSnow Man。ファンは「ありがとうタッキー!」と感謝したものの、同時に、「ああ、もうジャニーさんはSnow Manに興味はないのか」「タッキーにSnow Manをあげちゃったのか」としんみりした気持ちになったのではないだろうか。

 しかし、だからこそファンの熱量はさらに高まっていく。 noon boyzが毎週月曜から金曜のお昼、テレビでウキウキウォッチングして知名度を上げる一方、Snow Manは技能集団として舞台班まっしぐら、メディアでの露出にはさほど恵まれていなかった。それにより、ファンの間には「私たちだけのSnow Man」という意識が芽生え、ますます人気が“濃縮”されていったのだ。

 Snow Manは舞台によく出るので、連日のように“会える”アイドルだったが、少数精鋭の熱量が高い濃いファンがこぞって足を運ぶうち、気づけばSnow Man出演の舞台チケットは取りにくいものとなった。ファンが“積む”額も、メディア展開の多いキラキラ系正統派Jr.よりはるかに高いのでは……という状況も生まれたのだ。

 その後、高いダンスパフォーマンススキルにより、タッキーだけでなくKis-My-Ft2やA.B.C-Zなどからも引っ張りだことなったSnow Man。そういった逸話もまた、「決してメインのキラキラJr.ではないけれど、確かな実力を持つプロ集団」という彼らの印象をより強化する一因になった。

 とはいえ、ジャニーズタレントであるからには、やっぱりCDデビューしたい、歌番組やバラエティ、ドラマ、映画にも出たいという思いは強かったはず。「私たちだけのSnow Man」に酔いしれるファンにも、そういう期待はもちろんあっただろう。

 しかし、なかなかCDデビューには至れず。ジャニーさんは彼らの実力こそ認めているものの、これまでのデビュー組と同じ売り方では、人気は得られないと感じていたのだろうか。

 こうしたジャニーさんからの“塩対応”が、メンバーの結束力を強め、彼らをずっと見守り続けたタッキーの思いに火をつけたのかもしれない。ファンと同じく、メンバーとタッキーの中でもデビューへの思いが“濃縮”され続けていった気がする。

 タッキーがタレント業を引退し、ジャニーズアイランド社長に就任してから、Snow Manは大きく動き出した。目黒蓮、向井康二、ラウールの3人が加入。メンバー増員には当初、反対を訴えるファンも多かった。新メンバーの3人は、切磋琢磨を続け、スキルを磨きまくってきた6人についていけるのか、グループとしてのレベルが下がってしまうのではないかと、ファンは不安を吐露していたものだ。

 それからほどなくして、Snow Manは9人体制で、SixTONESとともに2組同時デビューをすることが発表された。舞台『少年たち』をはじめ、共演する機会も多く、互いのメンバーの親交も深い2グループのガチンコ対決――King&Princeの前身「Mr.King vs Mr.Prince」においては、グループ名としてしか機能していなかった「VS」構造を、スノストが具現化した格好だ。

 しかし当初はメンバーそれぞれの認知度や知名度、レコード会社の力の入れようを見るに、はっきり言って、SixTONESのほうが格上という印象だった。 事実、SixTONESとSnow Manの両A面デビューシングルの売り上げの初動は、SixTONESメイン盤が僅差で上回った。

 ここで、もしかしたら、これまでずっとずっとひたすらに濃縮され続けてきたファンの熱量が一気に爆発したのかもしれない。「私たちだけのSnow Man」を「みんなのSnow Man」にしたい――その思いが結実したのか、のちにトータルセールスではSnow Manメイン盤が逆転している。

 以降のSnow Manの快進撃は、多くの人が知るところだろう。のちに「タキニ」という言葉が生まれてしまったほど、タッキーはSnow Manに情熱を注ぎ、メンバーはそれに応えるようにメディアを席巻した。タッキーもメンバーも、その濃縮し続けた思いを爆発させたのだろう。

 とはいえ、これほどまでにSnow Manの人気に火が付いた理由とは何なのか。彼らのパフォーマンスやルックスは、K-POPファンに響いたという話をよく聞くが、それは確かに“ある”気がする。

 コロナ禍の影響で、K-POPアーティストの来日公演がなくなり、渡韓もできなくなったK-POPファンに、「こんなグループが身近にいたんだ!」と驚きを持って受け入れられたSnow Man。これはつまり、ジャニーズの王道であるキラキラ王子様感全開ではない見せ方をすることで、生粋のジャニーズファン以外の人にも間口を広げられたということではないか。そして、YouTubeチャンネルで見せるそれぞれのキャラやメンバーの仲の良さが世間に浸透したことにより、その人気はさらに勢いを増したように思う。

 また、3人の新メンバーへの心配は杞憂に過ぎず、それどころか人気の起爆剤となった。ラウールは「パリ・コレ」に参加するなど、モデルとして頭角を現し、向井はバラエティにドラマ、雑誌連載と多方面でその器用さを発揮。そして目黒は俳優として大ブレークを果たした。それぞれが別のフィールドで、これまでとは違う方向からの新たな層のファンを獲得している。

 そして現在。「タキニ」批判なんてなんのその、売れているという事実により、さらなる人気を呼ぶ――そんな理想の流れに乗り、Snow ManはCD売り上げでミリオン突破を連発、ジャニーズのみならず、もはや日本で最も勢いのあるグループにまで成長した。

 ジャニーさんの力をほぼ借りずに、というかむしろ力を入れてもらえなかったことをバネにして跳んだSnow Man。彼らを跳ばせたのは、ほかでもない、古くからのファンの“濃縮”された熱量だろう。 まだまだ高みへと駆け上がっていく彼らの姿を、これからも見守り続けたい。


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