私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。
<今回の有名人>
「この件に関しましては、最年長である私が最初に口を開くべきだと思い、後輩には極力待ってもらいました」東山紀之
『サンデーLIVE!!』(5月21日、テレビ朝日系)
ジャニーズ事務所創業者の故・ジャニー喜多川氏による少年への性加害問題を、「週刊文春」(文藝春秋)が詳細に報じたのは1999年のこと。かなり衝撃的な内容で、これが本当なら、ジャニー氏の信用は地に堕ちる。当然、ジャニー氏と事務所は文藝春秋を名誉棄損で訴えた。両社は裁判で争うことになり、東京高裁はジャニー氏による性加害を事実と認定。しかし、このニュースをテレビが扱うことはなかったと記憶している。
今年3月、イギリス公共放送(BBC)が、ジャニー氏の性加害問題を追及するドキュメント番組『Predator:The Secet Scandal of J-pop』を放送、また4月に元ジャニーズJr.でアーティストのカウアン・オカモト氏が日本外国特派員協会で記者会見を開き、性被害を告発したことで、SNSでも話題になり、日本の大手メディアも取り上げずにはいられなくなったようだ。
こうした状況を受け、ジャニーズ事務所も重い腰を上げた。現社長の藤島ジュリー景子氏は5月14日、「知らなかったでは決して済まされない話だと思っておりますが、知りませんでした」などとコメントする謝罪動画を公開。社長として、精一杯譲歩して、被害者に寄り添ったつもりかもしれないが、上述した通り、自分の会社が「文春」と裁判をしていたわけだから、ちょっとこの言い訳は苦しいのではないだろうか。
ジャニーズ事務所のタレントといえば、報道の分野にも多数携わっている。嵐・櫻井翔は『news zero』(日本テレビ系)の月曜キャスターとして出演しているが、同15日放送の同番組では、メインキャスターの有働由美子が「この件(ジャニー氏の性加害問題)については、番組で話し合って私が話します」と番組の判断であることを示した後に、席を外した。櫻井が何も語らなかったことに対して、SNSでは「キャスターなのにダンマリ」といった批判的な意見も見受けられた。
一方、ジャニーズ事務所の“長男坊”東山紀之は5月21日、メインキャスターを務める『サンデーLIVE!!』(テレビ朝日系)でこの問題に触れ、「この件に関しましては、最年長である私が最初に口を開くべきだと思い、後輩には極力待ってもらいました」とコメント。櫻井が黙っていたのは、この問題から逃げたのではなく、先輩から頼まれたからなのだとホッとした人もいたことだろう。
しかし、私には、これがテレビの独立性や中立性がいかに危ういかの証左のように思えてならなかった。報道番組にタレントを起用することは、芸能事務所によるテレビの私物化につながるのではないか。
まず、これはジャニーズ事務所に限ったことではないが、タレントをキャスターに起用した場合、その番組が所属事務所の不祥事を放送することは非常に難しくなるだろう。その結果、番組内で、事務所のネガティブな話題はアンタッチャブルとなり、そうした姿勢を取ることで、“報道”としての信頼度も落ちるし、事務所が悪い意味で権力化してしまうようにも思う。さらに言うと、タレントもその気になれば、権力を振りかざせるという状況を生み出しかねない。
今回の問題は、性加害というデリケートな問題なので、現所属タレントたちがコメントしづらいことは確かだ。東山の「後輩に待ってもらった」という発言は、自分が先陣を切ることで後輩を守りたい一心であったことは理解できる。
しかし、誰が何をどんなふうに話すのかについて、指示する権利や責任を持つのは番組のプロデューサーやディレクターのはず。もし本当に他番組にレギュラー出演している「後輩に待ってもらった」のなら、番組の制作者よりも、ジャニーズ事務所の先輩のほうが「力を持っている」ことにならないか。
繰り返すが、もちろん、東山にそんな意図はないと理解している。しかし、報道番組がタレントを起用することは、番組が“事務所びいき”となるだけでなく、先輩後輩関係を理由に、他番組のタレントの発言すらも操れるという危険性も出てきてしまう。報道番組に独立性、中立性が不可欠なことを考えると、これは非常に問題だと思うのだ。
そもそも、なぜいちタレントが所属事務所創業者の不祥事についてコメントを出さねばならないのか、私には不思議でならない。今回の件を一般的な企業に置き換えて考えてみると、カリスマとして崇められていた会社の創業者が、生前、悪行を働いていたことが明らかになり、同社の従業員が謝罪を行ったということであり、それはあまりに不自然だろう。この場合、コメントすべきは現社長であって従業員ではない。矢面に立たされ、あれこれ言われるタレントが気の毒な気がしてしまう。
視聴率が重要視されるテレビ、特に民放各局は、できるだけ人気タレントに出演してもらいたいだろう。なので、人気者を抱える事務所を怒らせたくないと忖度してしまうことは、容易に想像できる。しかし、報道など、その論理を持ち込んではいけない分野もあるはずだ。今回の件を機に、テレビは「芸能事務所と線を引く方法」を考えなければいけない。このようなことが今後も続くとしたら、視聴者のテレビ離れはますます進んでいくように思えてならない。