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  • 金. 9月 20th, 2024

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明日あなたが被害にあうかもしれない

闇金の本当にあったコワい話――社員を青ざめさせた、債務者の“呪詛”とは?

 こんにちは、元闇金おばさんことるり子です。以前、全10回の短期連載を行いましたが、今回、あらためて新連載としてスタートすることになりました。

 金融屋の事務員として生活していた当時、通勤先の本社事務所は、都内有名繁華街の最寄り駅から徒歩3分くらいのところにありました。事務所の対面には、有名ホテルがそびえ立っており、心と財布に余裕があるときには早起きして、豪華な朝食ブュッフェを満喫してから出勤したものです。

 男性営業社員のみなさんも、商談の際には案件を抱えるブローカーとラウンジで耳を寄せ合い、クルマを担保に預かるときにはホテルの地下駐車場で引き渡しを行うなど、頻繁に出入りを繰り返していました。少し潔癖なところがあって、日々のトイレをホテルで済ませていた伊東部長は、それをカムフラージュするためなのか、ランチや接待でもよく使っていたと記憶しています。

 とある冬の日のこと。始業前の朝礼中に、伊東部長の担当するお客さんから電話がかかってきました。ここ2年ほど取引のあるデイリー広告社の中尾社長(仮名)です。

「お世話になります。ただいま朝礼中ですので、すぐに折り返しいたします」
「いや、ちょっと急ぎなので、今すぐにつないでください。お願いします」

 おそらくは、今日の当座が足りていないのでしょう。切羽詰まった様子なので、朝礼中の部長にメモを渡すと、すぐに社長が言いました。

「出てやれ」
「はい、失礼します」

 朝礼が中断され、社員の皆が注目する中、電話のスピーカー機能をオンにした部長が、みんなの前で会話を始めます。

取引先の倒産で切羽詰まった債務者のSOS

「もしもし! 社長、いま朝礼中なんだよね。急ぎって、どうしたの?」
「忙しいところ、すみません。今日、不渡を出しちゃいそうなんです。ここで潰れたら、伊東さんのところにも返せなくなっちゃうし、どうにか助けてもらえないかと思いまして」
「はあ? まだ時間あるのに、なにを言っているんですか。いくら足りないのよ?」
「今日入金予定があった取引先が、急に弁護士を入れてきて、倒産しちゃったんですよ。いま手元に300万ほどあるんですけど、今日の当座、あと200万ほど足りないんです」

 その瞬間、デスクの袖から1冊の顧客ファイルを取り出した伊東部長は、それを佐藤さんに手渡しました。同時に、中尾社長を呼び出すよう社長から耳打ちされた部長は、目を合わせてうなずくと事務所に来るよう誘導を始めます。

「なんだ、社長。水臭いな。早く言ってくださいよ。ウチが用意してあげるから、いますぐおいで」
「本当に貸していただけるんですか? 家族も車も、みんな伊東さんのところに入れちゃっているから、これ以上は何も用意できないですけど……」
「大丈夫。手持ちのお金と印鑑、それに通帳と手形帳を持って、ウチの事務所まで来てください」
「ありがとうございます。やっぱり伊東さんに相談してよかった。1時間もかからないと思いますので、よろしくお願いいたします」

 デイリー広告社に対する貸付残高は、350万円。その内訳は、奥さんと義父母を連帯保証人にした信用融資の貸付残高が200万円と、自動車担保による貸付残高が150万円で、金利や車庫代の支払いに遅れはありません。手慣れた様子でファイルを開いた佐藤さんが、関係先一覧をホワイトボードに書き始めると、デイリー広告社の保全状況が明らかになりました。

 都内にある40坪ほどの自宅不動産は、社長夫婦と義父母の共有名義で、どうやら奥さん方の両親と2世帯住宅で暮らしているようです。担保に預かっている車は、トヨタのクラウン。ほとんど新車ながらも、いわゆるとかしの車(自動車販売店やローン会社の所有権が留保されて名義変更できない車、名変不可車、金融車ともいう)で、とかし屋(名変できない車を買い取って転売する闇稼業)による買取評価は180万円とされていました。

「ウチを頼って一番に相談してくるとは、ありがたい話だな。いままで、いい付き合いをしてきたかもしれんが、飛ぶ(倒産するということ)のは時間の問題だろう。こいつの自宅、家族と4分の1ずつの共有名義だから、占有はしんどいぞ。いまあるカネは全額入金させて、信用分は決済させろ。最近は、トヨタもうるさいから、クラウンの残高も減らしておけ」
「はい。とかし屋の井上は、上物のクラウンだから、もう少し(値段を)つけられるかもと言ってくれています。デイリー広告社にも、できるだけ多く入金させますので」

追い込まれた社長を待つ闇金の罠

 おそらくは全額回収できる自信があるのでしょう。冷酷すぎる社長の指示に、まるで動じることなく応じた部長は、300万円を内入れさせる内容の計算書を用意するよう私に指示しました。どうやら再貸付に応じることなく、所持金すべてを取り上げると決めたようで、これから来社される中尾社長のことを思うと胸が痛みます。どのように説得するのかわかりませんが、まもなく展開されるだろう修羅場を目前にして、この場から立ち去りたい気持ちに駆られました。

 その一方、もうすぐ来るからとホワイトボードを裏返しにした伊東部長は、感情を失くした顔で中尾社長の来社を待ち受けています。

「ごめんください。伊東部長とお約束しているデイリー広告の中尾と申します」
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

 53歳だという中尾社長は、白いポロシャツに赤いダウンジャケットという軽装で、テレビマンのような雰囲気を持つ方でした。服装の影響なのか、年齢よりはお若く見えますが、資金繰りに奔走し、憔悴した顔に生気はありません。応接室に案内してから、熱いコーヒーを入れて差しあげると、テーブル上に会社のゴム版や実印、手形帳を出し終えていた中尾社長は、腕を組んで黙想したまま動じませんでした。

「社長、お疲れのようですね。大丈夫?」
「はい、大丈夫です。ここは暖かいし、ちょっと安心したら眠くなってしまいました」
「形だけでも一度決済しないと再貸付はできないので、用意できた300万円、とりあえずお預かりしてよろしいですか」
「はい、お願いします」

「話が違うじゃないですか! ウチの会社、倒産しちゃいますよ!」

 私の席は、間仕切りに囲まれた応接室の隣にあるため、意識せずとも2人の会話が耳に入ってきます。いつにも増して堅苦しい雰囲気を醸し出している伊東部長が、300万円の領収証を持って応接室に戻りました。それからまもなく、再貸付ができない旨を伝えると、中尾社長が大きな声を出されて状況が一変します。

「伊東さん、話が違うじゃないですか! いま貸してもらえないんじゃ、ウチの会社、倒産しちゃいますよ!」
「社長、申し訳ない。うまくやるつもりでいたけど、御社の信用状況が急激に悪化していてさ。もう隠しきれない状況なんだよね」
「そんな、ひどい! じゃあ、せめていまの300万だけでも戻してくださいよ。それが私の全財産なんです。お願いします」
「本当は、急に信用状況が悪化したから、今すぐ全額決済してもらえって言われているところでさ。本音を言えば、残りの50万円も片付けてもらって、とかしの車もお返ししたいところなの。社長、申し訳ないけど、私の立場もわかってよ」

 ひどい、なんとかしてくれと繰り返す中尾社長に、ごめん、できないと返し続ける伊東部長の押し問答は、それから1時間ほど続きました。その間、ほかの営業社員たちは聞き耳を立てるでもなく、新規顧客を獲得するべくテレアポに集中しています。

「こんなのひどい。伊東さん、恨みますよ」
「恨むのはいいけどさ。クラウンも、なるべく早く決済してくださいね。もし不渡を出したら、期限の利益が喪失されて、すぐに売らなきゃいけなくなっちゃうから」
「400万で買ったばかりの車を、たった50万で取り上げるんですか? 伊東さん、あんた本当にひどい人だな」

 眉間にしわを寄せ、目を三角にした中尾社長は、怒りに体を震わせながら事務所をあとにしました。きっと、内心はつらかったのでしょう。エレベーターに乗り込む中尾社長を見送り、一連のことを社長に報告した伊東部長は、私にコーヒーを入れるよう頼むと、どこか不機嫌な様子でタバコに火をつけました。目を閉じたまま、煙を深く吸い込む姿を見て、少し心配になったことを覚えています。

「デイリー広告だけど、伊東さん出して」

 午後3時を少し回った頃、中尾社長から電話がかかってきました。すでに銀行の営業時間は終わっており、その口調から、最悪の事態を迎えただろうことが容易に想像できます。少し面倒くさそうな顔をした伊東部長が、スピーカー機能をオンにして電話を受けると、中尾社長が嫌味たっぷりな口調で言いました。

「伊東さん、長いことお世話になりましたね。今日は助けてほしかったけど、結局、不渡を出しちゃったから、おれの人生も終わりです」
「社長、不渡出しちゃったの? 参ったなあ。クラウンは、どうするのよ? あと50万で出せるよ」
「伊東さん。私は、あんたのことを一生恨みますよ。今日のことは、絶対に忘れないし、許さないから」
「そんなこと言わないで。とりあえず車だけ出しにきなよ。それでまた、カネ作ればいいじゃない」

 おそらくは中尾社長にかける言葉が見つからなかったのでしょう。憎まれ口を叩いてはいますが、本心ではないようで、少し悲しげな顔で話されていたことを思い出します。

ドゴォン!

 いつもより重く長い1日が終わり、退社前に事務所内のごみを集めていると、目の前にあるホテルのほうから交通事故と思しき大きな衝突音が聞こえました。何事かと、音に反応した佐藤さんがベランダに飛び出して、早速に状況を確認します。すると、少し青ざめた顔をした佐藤さんが、振り返ると同時に声を震わせて言いました。

「部長、飛び降りです。赤いダウンジャケットを着た人が倒れていますけど、まさか違いますよね?」
「おい、ウソだろ」

「死にたい奴は、死なせてやればいいんだ」社長の慰めの言葉

 入れ替わるようにベランダに飛び出して、階下の状況を確認した伊東部長は、すぐエレベーターに乗り込みました。ほかの社員たちと一緒にベランダから首を伸ばせば、取り囲む人たちをかき分けて、倒れている人の傍らに跪いて声をかける伊東部長の姿が見えます。倒れている人の肩に手を置き、祈るようにアゴを引いた伊東部長は、救急車が到着するまで寄り添っていました。しばらくのあいだ警察と話して、まさに苦虫を噛み潰したような顔で事務所に戻ってきた伊東部長が、自嘲気味に吐き捨てます。

「中尾社長だったよ。あれじゃあ、即死だな」
「恨むって、こういう意味で言っていたんですかね?」
「そうだろうな。まさか目の前で飛ばれるとは思わなかったよ。本当に参ったな。もうホテルにも行きたくないよ」

 平静を装いつつも、明らかに動揺している様子の伊東部長を見かねた社長が、慰めの言葉をかけます。

「回収しておいて正解だったな。あまり気にすることないぞ。死にたい奴は、死なせてやればいいんだ」

 社長の言葉を無視して、再度ベランダに出た伊東部長は、しばらくのあいだ中尾社長が倒れていた路上を見つめていました。

 後日、告別式に参加して、心の中で許しを請うたそうです。それから変わることなくホテルを利用し続けた私も、あの現場を通過する度に心の中で手を合わせて、中尾社長のご冥福をお祈りしています。

(著=るり子、監修=伊東ゆう)

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