ジェンダーや人権をテーマに取材をするライター・雪代すみれさんが、アイドルに関する“モヤモヤ”を専門家にぶつける連載「アイドルオタクのモヤモヤ」。今回のテーマは、「K-POPアイドルの光と闇」についてです。
高いパフォーマンスと洗練されたルックスでファンの心をつかんで離さないK-POPアイドル。煌びやかな世界に見える一方で、過酷な労働環境や体重管理などにより、アイドルが心身共に追い詰められる状況にあるという指摘が絶えない。明確な理由はわからないものの、今年4月にASTRO・ムンビンさんが亡くなった際にも、ネット上ではその背景に、K-POP業界の悪しき慣習が関係しているのではないかとの臆測が噴出した。
「大好きなK-POPアイドルに、もっと活躍してほしい」という思いが、まわりまわってアイドルを苦しめることになってしまってはいないか――そんなふうに罪悪感を抱くファンは少なくないだろう。今回、K-POP業界の問題や、このような状況下でどのようにアイドルを応援すれば良いか、K-POPに詳しいライターのDJ泡沫さんに話を聞いた。
K-POP業界の問題の根本は、仕事とプライベートに境界線がないこと
――K-POP業界における厳しい事務所の管理、激務(K-POPアイドルは新曲のリリース時、短期間で多数の音楽番組などに出演するため激務となる。その期間は「カムバック」と呼ばれる)、過酷なダイエットなどが、アイドルの心身の健康を害していると一部で問題視されています。なぜこのような状況が生まれるのでしょうか。
DJ泡沫さん(以下、敬称略) K-POPグループはデビューするにあたって、寮でメンバーが一緒に生活することが基本です。ゆえにプライベートの境目がつきにくくなり、24時間事務所がメンバーを管理しやすい状況になることで、食事制限などの過酷なダイエットや激務などにつながるのだと思います。
――世界的に、ルッキズム批判やボディポジティブの機運が高まりつつありますが、K-POP業界では今もまだ「売れるために痩せなければいけない」という圧力が強いのでしょうか。
DJ泡沫 事務所によって違いがあり、中小ほどその傾向は強いと感じます。以前、元「公園少女」のMIYAがインタビューで、毎日体重チェックがあるのでほとんど食事をとらないことや、特にカムバック前の期間は常に厳しく体重管理をされていたことを話していました。新曲を出すタイミングで理想的なルックスにしたいため、カムバック前は女性でも男性でも水しか飲んでないといった話を聞くこともあります。
ただ、大手事務所は練習生の数も多いので、最初から痩せ型の子に絞った上で、歌もダンスもうまい子をデビューさせやすいんですよね。それでデビュー後は自己責任に任せる事務所もあり、「事務所は何も言わないから、自分で管理しないと太ってしまって、そのまま人前に出るほうが怖い」と話す人も中にはいます。
ですが最近は、アイドルが見た目について、自身の気持ちを主張する場面も見られるようになりました。生配信でファンから「太った」「むくんだ」などと言われたとしても、「なんでそんなこと言うの?」「カムバ前にはこのくらいにするから、今は太ってもいい時期なんだよね」等と言い返すこともあるんです。
――最近はIVEのレイが体調不良のため活動休止を発表し(現在は活動再開)、激務を心配する声が出ました。過酷な労働環境についてファンから是正を求める意見はあるのでしょうか。
DJ泡沫 実際にアイドルが休業すると、事務所に対する批判が噴出します。一方でK-POPはパフォーマンスのクオリティが高いと評価をされていて、加えて、特にカムバック中は活発な音楽番組などへの露出をファンは望みます。また、海外人気の広がりによって、より遠い国へ遠征しての活動機会も増えており、人気があるほどK-POPアイドルのスケジュールは以前よりもキツくなっている。それが枷(かせ)になっていることもあり、アイドルに「人間らしく生きてほしい」と言いながらも、縛りを緩くしてクオリティが下がったり、見られる機会が減れば不満に思うファンも少なくないと思います。
そもそも韓国自体が激しい競争社会で、アイドルに対しても、「人気があってお金を稼いでるなら、休む暇なく練習すべき」という価値観を持っている人は少なくありません。人気がなければ尚更でしょう。「成長が見られないアイドルはいる意味がない」というような、己を律して邁進する子を尊いとする価値観もあります。
レイが一時休業したのはカムバック期間です。この時期は新曲のパフォーマンスをほぼ毎日行うのですが、睡眠時間が1時間程度の生活が1カ月ほど続くことも。例えば、韓国では音楽番組のパフォーマンス部分は事前収録で、生放送前日の深夜にされることが多いのですが、その背景には、早い時間に収録をすると盗撮がリークされかねないという問題があって……。こうした特殊な事情のため、過密なスケジュールで対応せざるを得なくなっているようなんです。
ちなみに、アイドルが寝てないということは、一緒に仕事をするスタッフも寝てないということ。マネジャーやスタッフの入れ替わりが激しいのも韓国の芸能界の特徴です。
――最近ではK-POPグループ低年齢化(10代半ばでのデビューなど)の良否についても、ネット上で議論されていますよね。
DJ泡沫 実は、K-POPアイドルの低年齢化は今に始まったことではありません。少女時代やSHINeeのように、10年ほど前からグループ全員が10代でデビューすることも珍しくありませんでした。最近話題になり始めたのは、全員10代のNewJeansなどが、デビューしてすぐに人気が出ているからだと思います。
アイドルが学校と仕事を両立することについても、10年くらい前から議論され始めました。2015年からオーディション番組『SIXTEEN』や『PRODUCE 101』シリーズが大ヒットして、より低年齢層がアイドルを目指すようになったことも、練習生の低年齢化には関係していると思います。本来だったら教育を受ける中高生の期間に過密なトレーニングや仕事をしなくちゃいけないので、教育の機会が奪われてしまう。「普通の青春を過ごせない」と語るアイドルも少なくないですね。また、韓国のネットユーザーは日本よりも過激で、本来は保護されるべき年齢の子どもが直接誹謗中傷や批判に晒され、対峙しなきゃいけないのも心理的負担が大きいと思います。
ただ、未成年の芸能人に対する労働時間の規制は最近できたばかり。議論はされていたけれど、世間的な問題意識は薄かったというのが実際のところでしょう。
ちなみに、未成年の芸能人に限った話ではありませんが、労働環境の是正でいうと、アイドルが事務所と交わした契約内容に問題があるとして裁判を起こすこともあり、契約期間も今は7年が上限で、デビューから7年経過したら再契約が必要です。
――お話を聞いていると、低年齢でデビューすることは、アイドルにとってデメリットしかないのではないかと思ってしまうのですが、メリットはあるのでしょうか。
DJ泡沫 芸能活動期間が長期化することです。女性アイドルは、女性ファンが多いほど長く人気を維持しやすいですが、基本的には年齢が上がるとアイドルとしての大衆的な人気は落ちやすい傾向にあります。
一方、男性アイドルは韓国籍であれば兵役があり、全員で活動できない時期が必ず訪れるため、その意味でも若くしてデビューしたほうが若いうちにファンベースが固まって、活動が長く続けやすいのは確かです。
――このような問題点がある中で、私たちはどのような姿勢でK-POPアイドルたちを応援すればいいのでしょうか。
DJ泡沫 昔は、ファンがアイドルと触れ合えるのはライブやイベント会場だけで、それ以外は一方的に雑誌やテレビなどを見て応援するしかなかった。しかし、今はSNSやネットでの生配信など、アイドルが“リアル”を見せ、ファンと交流することが当たり前になりました。ゆえにファンはアイドルと心理的距離が近くなったと感じ、友達のようなラフな感覚で言葉を投げかけるので、それによってアイドル自身を傷つけてしまうことも増えたのだと思います。
あくまでファンから見えてるのはアイドルの一部ですが、全て知っているような錯覚に陥りやすいので、そこを冷静に自覚する必要があるでしょう。
ファンが事務所やアイドルに意見を言えるのは確かに大事なことです。しかし一方で、ファンやネット民の一方的な臆測によりアイドルが炎上することもある。韓国では、ファンが事務所相手だけでなく、アイドルに直接抗議するために、抗議用のトラックを走らせるケースもあるんです。アイドルにアドバイスしたり、メンバーの代わりに事務所に怒ったりすることが「アイドルのため」「ファンの義務」と思い込んで、暴走する人もいるように思います。アイドル業はファンとの関係性をビジネスに組み込んでいるところもあるので、こういったファンが出てきてしまうのも致し方ないかもしれませんが、行き過ぎた言動は避けるべきことです。
――アイドルを応援する上で、自分を見失わないようにしたいですね。
DJ泡沫 アイドルとファンの関係は特別なものだと思います。一定の距離感をキープし境界線を壊さないように意識すると、良い関係を築くことができるのではないでしょうか。