神木隆之介が主演を務める連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『らんまん』(NHK)は、「日本の植物学の父」と言われる牧野富太郎をモデルとした主人公・槙野万太郎(神木隆之介)の半生を描いた物語だ。
造り酒屋「峰屋」の跡取りとして生まれた万太郎は、病弱だが植物が何よりも好きな少年だった。小学校を中退した後も、峰屋の若旦那としての仕事をする傍ら、独学で植物の研究をしていた。
やがて万太郎は植物学の道に進むために上京。東京大学への出入りを許された万太郎は、次第に周囲の研究者たちから認められるようになる。
物語は幕末から始まり、学歴を持たない万太郎が独学で植物学の世界を邁進していく姿が描かれる。万太郎は行く先々で未知の世界の人々と出会い、彼らと一緒に仕事や生活を共にする中で、人柄の良さと植物にかける情熱と頭脳の聡明さが周囲から認められていく。
造り酒屋の跡取りというお坊ちゃんで、植物のことに集中するとほかに頭が回らなくなる万太郎は、完璧な人間ではないが、天性の人たらしとでも言うような愛嬌があり、彼と話しているとみんな万太郎が好きになっていく。人物造形だけ見るならばいわゆる朝ドラヒロインの男版で、万太郎の善意に周囲の人々が次々とほだされていくストーリーにご都合主義的な部分もかなり多いのだが、万太郎のキャラクターに説得力を与えているのは演者・神木隆之介の持っている天性の愛嬌だろう。
神木隆之介は日本人全員が親しみを感じる俳優
現在、30歳の神木隆之介は、2歳の時にCMデビュー。子役時代は『お父さんのバックドロップ』(2004年)や『妖怪大戦争』(05年)といった映画で活躍。その後、10代から20代前半には『高校生レストラン』(11年、日本テレビ系)や『学校のカイダン』(15年、同)といった学園ドラマに出演。そして、20代半ばからは『コントが始まる』(同)等の作品で青年役を演じた。
俳優の世界は浮き沈みが激しいが、神木に関しては子役時代から現在まで常に第一線の人気俳優として活躍してきた。その立ち位置はとても独特で、子役から現在に至るまで、同世代の女性から支持を受けるイケメン俳優というよりは、老若男女幅広い層から“親戚の子”を見るような目線で支持されている。
さながら、日本人全員が親しみを感じる「国民の息子」とでも言うような唯一無二の存在である。
アニメ声優としても活躍しており、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(2001年)、『ハウルの動く城』(04年)、細田守監督の『サマーウォーズ』(09年)、米林宏昌監督の『借りぐらしのアリエッティ』(2010年)、『メアリと魔女の花』(17年)などの劇場アニメに出演。
そして、中でも有名なのが新海誠監督の映画『君の名は。』(16年)で演じた立花瀧だろう。瀧は、田舎の女子高校生・宮水三葉と肉体が入れ替わってしまう東京で暮らす男子高校生役で、劇中では年相応の男子高校生としての瀧と、三葉という少女の内面を宿した瀧の二役を演じなければならなかったのだが、神木は見事演じ分け、高い評価を獲得した。
新海誠の神木への評価は絶大なものがあり、22年の『すずめの戸締まり』でも神木に声優をオファーしている。演じたのは芹澤朋也という見た目は軽薄に見えるが友達思いで優しい大学生の男だったが、こちらも評判が良かった。
神木隆之介が演じた「理想」のオタク
人気若手俳優が声優を演じると、アニメファンから反発を招くことが多い。しかし、神木は老若男女から愛される“国民の息子”だけあって、アニメや漫画のファンからも圧倒的な支持を獲得している。
『るろうに剣心』シリーズや『バクマン。』(15年)、『3月のライオン』(17年)といった人気漫画の実写映画にも多数出演しているのだが、どの作品に出演しても原作に対する強いリスペクトを感じるのは、彼自身が漫画やアニメが大好きなオタクだからだろう。
先日も、数々のアニソンを手掛けるYOASOBIのぴあアリーナMMでのライブに、グッズTシャツとタオルで完全武装したガチヲタとして参加していたことがネットニュースとなっていた。神木のオタク趣味は有名で、20年の『櫻井・有吉THE夜会」(TBS系)に出演した際には、中学時代からアニメにハマり、仕事の合間を見つけては秋葉原に通っていたと語っている。ちなみに推しのキャラクターはアイドルアニメ『ラブライブ!』シリーズの西木野真姫。さらに、鉄道オタクとしても知られている。だからこそ、ほかの俳優にはない「オタクの気持ちをわかってくれる」という絶大な信頼があるのだ。
それがもっとも強く現れていたのが、吉田大八監督の映画『桐島、部活やめるってよ』(12年)だ。本作はとある高校を舞台にした物語で、バレー部のキャプテンで学校の人気者だった桐島が部活を突然辞めたことで、混乱する同級生の日常を描いた作品。
本作で神木が演じているのは映画部の前田涼也。ゾンビ映画を撮ろうと校内で撮影場所を探す前田は、生徒たちから邪険にされて居場所がない。マニアックな映画が好きな前田は教室での存在感は薄く、同級生から見下されていたが、桐島がいなくなったことで右往左往する生徒とは違い、映画という興味の世界を持っているがゆえに動じない芯の強さを持っている。
同映画公開当時、「前田は自分だ」と激しい共感を示す映画オタクを多く見かけた。おそらく神木の演じた前田は男性オタクにとって、こうありたいという理想像なのだろう。だからこそ、新海誠を筆頭とする男性監督から絶大な支持を得ることができる。
一方、テレビドラマに目を向けると、代表作と言える作品が見当たらない。主演作が意外と少ないことも大きな理由だが、アニメ映画の出演作の方が印象に残っているのは、神木の最大の武器である、“オタク性”を活かせるドラマが、これまで少なかったからだろう。その意味で、究極の植物オタクと言える『らんまん』の万太郎は、神木のポテンシャルが100%発揮された初めてのテレビドラマとなるのかもしれない。
7月に入り折り返し地点を迎えた『らんまん』だが、神木の愛くるしさはさらにヒートアップしている。このまま永遠の国民の息子、そしてオタク少年として邁進してほしい。