“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
親は子どもの幸せを願い、そのためにあらゆる努力をするものだ。さまざまな進路を比較検討した結果、「この道をたどらせれば、きっと子どもの人生にプラスになるはず」と決断し、我が子を後押ししているという人は多いことだろう。
これ自体は何の問題もない。強いて問題点を挙げるならば、子どもの特性を無視し、親が我が子に自らの“人生のリベンジ”を強要してしまうケース。その上に、“行き当たりバッタリ”感の強い教育が重なると、子への思いは届かなくなることが多い印象だ。
現在大学2年生の息子を持つ渚さん(仮名)は、遠くを見てこうつぶやいた。
「何が悪かったんですかね。私はただ、息子の岳(仮名)の未来に良かれと思って選んだだけなのに……」
岳君はプリスクール(未就学児を対象に、英語教育を行う施設)育ち。その流れでインターナショナルスクールに入学したそうだ。当時、「今後は世の中がますますグローバル社会になる」と言われており、それならば、息子には小さい頃から、英語力と国際感覚を身につけさせてあげたいという親心から、この進路を決めたそうだ。
「私は若い頃、海外に憧れてはいたんですが、金銭的に留学なんてできませんでした。じゃあ、独学で語学を学ぼうとなれば良かったものの、そういう覚悟もなく……一応、女子大の英文科を卒業しましたが、ほとんど英語は話せずじまいで、正直、コンプレックスがあります。夫も英語はからっきしなので、『岳だけは英語を!』って思ったんです」
両親が日本人の場合、インターに通わせると、セミリンガル(ダブルリミテッド)になりやすいという話をよく聞く。これは、日本語と英語を使用する環境の中、どちらの言語ともに年相応のレベルに達していない状態ことを指す。将来的に論理的に物事を考えられなくなる可能性もあるだけに、重大な問題といえるだろう。
「もちろん、そのリスクは承知していたんですが、インターにいる日本人の先輩ママたちに聞くと『大丈夫』という答えばかりだったので、信用していました。でも、それが甘かったんです。やっぱり、家庭での支えが必要らしく、ふたを開けてみたら、家庭教師や塾を利用して、英語や日本語を含めた我が子の不得意分野を補習している人ばかりで……。思えば、ウチは何にもやっていなかったんですよね」
プリスクールは、英語教育を行うと謳われていたものの、先生は日本人のほうが多い環境だったため、岳君は日本語を駆使。しかし、それなりに楽しく通っていたそうだ。岳君の学校生活に暗雲が垂れ込め始めたのはインター入学後、日本の一般的な小学校でいうところの4年生の頃だった。
「岳が『学校に行きたくない』って言い出したんです。それで原因を探ったら、帰国子女の子にずっといじめられていたことがわかりました。インターってやっぱり、自己主張が強い子の意見が通りやすい面があるんですが、岳はその子の言いなりになっていたらしく……。ほかの子や先生に助けを求めたくても、周りはほぼネイティブですから、岳の語学力ではうまく表現できなかったようで、黙ることでしか対応できなかったんだと思います」
さらに、渚さんに追い打ちをかける事態が発生した。それは、中学受験塾の入塾テストに落ちたことで判明したそうだ。
渚さんによると、インター校にいる日本人生徒の多くは、中学に進学する際、地元の公立中ではなく、中学受験をして私立中に行くか、そのままインター校に通うかの選択をすることが多いらしい。そこで渚さんは、小4時での中学受験塾デビューを見越し、試しに入塾テストを受けさせたのだという。しかし――。
「テスト結果を見て仰天しました。岳が完全にセミリンガルになっているということがわかったんです。インターは、算数や理科のレベルが低いとは言われていたので、それはある程度は覚悟していたのですが、国語も壊滅的な成績で頭を抱えました。日本語も英語もどっちも中途半端にしか理解できていないという事実に打ちのめされましたね」
日本のインター校の多くは、学校教育法上の「一条校」には入らないので、扱いとしては各種学校か無認可校となる。中学受験を経て入学する中高一貫校は「一条校の卒業」を条件にしていることが多く、帰国生は話が別だが、インター校の生徒は、そもそも志望中学に受験資格があるのか否かを丁寧に見ていかねばならない。
現在は、インター校でも受験資格ありを謳っている中学も複数出てきてはいるが、岳君が中学受験を受けた頃は、ほとんどない時代だったと記憶する。
結局、渚さん親子は「一条校の卒業」という条件を満たすため、インター校を辞めて、日本の公立小学校に転校。岳君が小5の頃だったそうだ。
「本人もインター校にはもう通いたくないと言っていたので、それじゃあ、日本の学校に転校して、中学受験をしようという話になったんです。入塾テスト前後は家庭教師をつけて、必死に頑張らせました」
ところが、日本の公立小にも、岳君はうまくなじめなかったそうだ。
「うまく説明できないんですが、インターと日本の学校教育は大きく違うんです。インターで良しとされることが、日本の小学校ではダメみたいな……。それが、明文化されておらず、先生から、いわゆる“空気読め”的な対応を取られたようで、公立小にはほとんど通えず。岳は中学受験塾にだけ通う状態になっていました」
岳君はその後、進学校とされる中高一貫の男子校に入学する。
「その頃の岳の夢は『医者』だったので、医学部に強いとされる一貫校に入れたんですが、そこがまた結構、厳しい学校でして、岳には合わなかったんだと思います」
一口に私立中高一貫校といっても校風はさまざま。「公立よりも自由」というイメージを持つ人もいるだろうが、実際には、提出物や遅刻に厳しく、生徒からすると「窮屈だ」と感じる学校も少なくないのだ。
「それでも、中学では生徒会に立候補して、『俺が校則を変える!』と大きなことをブチ上げていたんですが、先生の逆鱗に触れ、目を付けられるように。また部活の先輩・後輩の序列がまったく理解できなかったみたいで、そのこともあり、部活も辞めました。学校には行っていましたが、当然、成績も悪かったです。まあ、英語だけはプライドがあるのでしょうかね……そこそこマシな点数でしたが、だからと言って、高偏差値大学のレベルには到底及びませんでした」
結局、岳君はその中高一貫校を卒業。渚さんいわく、「日本の三流よりも下の大学」(大学名を教えてもらえなかった)に入り、現在、2留中だそうだ。
「同級生たちは就活の準備で忙しいようなんですが、岳はどこ吹く風で……。家にいても、私や夫とはまったく口をきかないので、何を考えているかもわかりません。岳のために、良かれと思って選択してきたつもりですが、親の思う通りにはいかないものですね」
両親がネイティブではない場合、インター校で英語のコミュニケーション能力を磨き、グローバルな活躍を目指すという道は相当ハードだが、筆者は、インター校を選択するのであれば、基本的には海外の大学への進学を念頭に置くことをおすすめしている。
やはり、日本の難関大学に進むべく、インター校から高偏差値中高一貫校へ進学する道は簡単ではないし(英語入試にかけるならば別)、今は中学受験も少しずつ多様性が出てきたものの、いまだに多くの学校では、受験生に処理能力を問う選抜方法を取り入れているからだ。
結局、子育てには「親の良かれ」が大きく影響する。親も人間なので、自分が得られなかったものを、子どもに得てほしいと願うのも無理からぬことだが、そこには長期的展望が必要だと思う。「定番」と呼ばれるルート(ここでいえば、公立小から公立中に進学すること)から外れる道を選んだ場合、親には相当な覚悟が必要なことは言うまでもない。子どもの進路に迷う親御さんに、このことだけはお伝えしておきたい。