ジェンダーや人権をテーマに取材をするライター・雪代すみれさんが、アイドルに関する“モヤモヤ”を専門家にぶつける連載「アイドルオタクのモヤモヤ」。今回のテーマは、「男性アイドルの性的消費とどう向き合うか」です。
今年3月、BBC(イギリスの公共放送局)がジャニーズ事務所創業者・ジャニー喜多川氏(2019年に死去)の性虐待問題を追及・告発するドキュメント番組『Predator:The Secret Scandal of J-Pop(邦題:J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル)』を放送。4月には、元ジャニーズJr.のカウアン・オカモトさんが日本外国特派員協会にて、ジャニー氏からの性虐待について記者会見を行い、その後も「週刊文春」(文藝春秋)などによって元所属タレントからの告発が相次いでいる。
そんな中、エンターテインメントショー『少年たち 闇を突き抜けて』が、10月から東京・新橋演舞場で上演される。同シリーズの舞台では、ベージュの下着を装着した出演者が股間を桶で隠しながら踊る演出――「桶ダンス」が行われてきた。以前よりネット上で「タレントたちの性的消費ではないか」と指摘されていたが、ジャニー氏の性加害問題が表面化したことにより、広く問題視されているのだ。なお、2019年上演の『少年たち To be!』には、当時16歳だったSnow Man・ラウールもこのダンスに挑戦しており「たとえ本人が望んでいたとしても、子どもの身体は守られる必要がある」と大人の責任を追及する声が上がっていた。
今回、男性アイドルを性的に消費することの問題点について、ジェンダーとメディアの視座からポピュラーカルチャーやメディアコンテンツについて研究している帝京大学文学部社会学科専任講師の田島悠来さんに話を聞いた。
『少年たち』の「桶ダンス」、なにわ男子の「ちびぬい」……男性アイドルの性的消費を促す売り方はどこが問題?
――昨今、ジャニーズ事務所の伝統的舞台『少年たち』の桶ダンスや、2020年になにわ男子を含めた関西ジャニーズJr.が発売したグッズ「ちびぬい」(タレントの特徴をデフォルメした小さなぬいぐるみ。乳首や男性器がついている)などに、一部ファンから疑問の声が上がっています。
田島悠来さん(以下、田島) 事務所がファンに対し、アイドルの性的消費を促す売り方をしていることへの違和感から、そのような声が出ているのでしょう。ジェンダーとメディア研究の「性的対象物(セクシュアル・オブジェクト)批判」では、女性アイドルを過度に性的に描写し、男性ファンがその関連商品を消費するという「性を商品化して消費する構造」について、「不当にアイドルの自由を奪ったり傷つけたりする恐れがある」と指摘されてきました。これは、女性アイドル同様、男性アイドルもその危険性をはらんでいるといえます。
女性アイドルに対して似たような見せ方をしたり、類似の商品を販売したりしたら、セクハラだと感じる人は多いのではないでしょうか。「男性に対してなら乱暴しても、性的な言動をしてもいいだろう」といった見方が根強くありましたが、ようやく「女性アイドルにしてはいけないことは、男性アイドルにもしてはいけない」という視点が持たれるようになりました。
――性的消費とは、男性から女性に対して行われるとは限らないということですね。
田島 そうです。かつては「消費される(見られる)側=客体=女性」「消費する(見る)側=主体=男性」と固定化して論じられがちでしたが、桶ダンスやちびぬいのように、単純化できないことも最近では可視化されています。
性的な売り方をされているアイドルの中には未成年が含まれることもありますし、性別にかかわらず、やはりそれは不適切であると認識し、社会的に許容してはいけないと思いますね。
ただ、実際すでにファンの方から疑問の声も出ているといいますし、今回取材のお話をいただいて、ジャニーズファンの学生に話を聞いたところ、桶ダンスについては、「誰があのようなパフォーマンスを求めているのだろう?」と疑問を口にする人が多かった印象です。ちびぬいについてもSNSでファンの反応を見ていますと、性器がついていることに驚いていて、性的な表現を求めていないファンも一定数いるのは確かです。
――性的表現を求めていないファンもいる中、なぜこうした売り方がされるのでしょうか。
田島 ジャニーズとファンの場合、主に主体=女性、客体=男性ですが、そこにはいわゆる「男社会」的な構造やまなざしが投影されていると言えます。「異性を性的な対象として見る」ことが「男性的な」視点のなかでは優位なものとされてきました。そういった社会のなかのマジョリティな価値観が、事務所側、そしてファン側もアイドル側もメディアやエンターテインメントに接する中で、知らない間にも内面化されている状態があるのです。
男性アイドルの性的尊厳が軽視されてきた背景
――女性アイドルと比較すると、男性アイドルの性的な尊厳は軽視されてきたように思います。その背景を教えていただけますか。
田島 第一に、日本では女性へ向けられる性的なまなざしが長らく深刻な状況にあり、問題として捉えられてきました。成人向け雑誌がコンビニで堂々と売られていること等、外国人からすれば異様な光景です。今でも少年向けマンガの表紙に女性タレントの水着姿の写真が使われている様子を目の当たりにするたびに、女性への性的消費の問題は依然として解決されていないことを思い知らされます。ゆえに男性アイドルの性的な尊厳が軽視されている状況が気づかれにくかった、問題化されづらかった部分があると考えています。
また「男らしさ」というジェンダー規範では、性的なことに興味を持って当然、性的に積極的であるべきだとされる傾向もあります。反対に、他人と性的な話をすることに抵抗があったり、上半身裸になることに不快感を示したりすると「男らしくない」と評価され、暗に「男性のあり方も多様である」ということが否定されてきました。
私が子どもの頃は、体育祭のとき、男子だけ当然のように上半身裸で組体操や騎馬戦に参加させられていたんですね。そういう空気感の中で育つと、男性の性的尊厳が軽く扱われることに違和感を持たなくなることも考えられます。
さらにこの「男らしさ」は、セクシュアリティと過度に結びつけられることも多々あります。内面でも外見でも「男らしさ」に当てはまらないと、イコール性的マイノリティと見なされがちで、しかも日本の「男社会」では、性的マイノリティといえば、メディアで表象されるステレオタイプな“オネエ”のイメージが強い。そこに本当にある多様な姿に目を向ける機会が多くなかったですし、そうしたイメージには揶揄や嘲笑が含まれてしまっていました。そこで、「男らしさ」を執拗にアピールすることを強いられ、結果的に「男性が性的に消費されること(客体になること)」を当事者が不快に感じたり、それによって傷ついたりしている様子が見えてきにくくなっていたのではないでしょうか。
――田島先生が教える学生さんたちのように、ジャニーズファンの中には、担当が性的な売り方をされていることに葛藤を覚えている人もいます。今後、どのようにアイドルを応援すればよいのでしょうか。
田島 一番は性的搾取だと思うような出来事があったときに、「傷つく人はいないだろうか」と少し立ち止まって想像してみてほしいです。ここ数年で多様なものに対する可視化と許容がなされるようになって、さまざまなファンやアイドルがいること、解釈の仕方も一人ひとり違うことが認識されつつあります。だからファンもアイドルも、性別によって一くくりにしてはいけないですよね。
それに最近は、ファンだけでなく、アイドル側にも、ジェンダーやセクシュアリティの事柄について問題意識を持ち、葛藤しながら活動している人も増えているように感じます。
――ファンの中には、具体的にアクションを起こせないことのもどかしさを抱える人もいると思います。
田島 葛藤を抱えること自体が、この問題に対して意識的な証拠です。事務所やアイドル本人に直談判などはできずとも、今は疑問に思ったことに対して、SNS等で声を上げやすくなりました。自分はマイノリティだと思っていたけれども、実は「サイレント・マジョリティ(モノを言わない多数派)」ということもあります。
一方で、アイドルも自分たちと同じリアルな人間であることを忘れてはいけないですよね。SNSは応援しているアイドルも含め、誰にでも見られる可能性がありますし、想像以上の発信力を持つこともある公的な空間です。そのことを念頭に置いた発信を心がける必要があると思います。
そして、「ファン」「アイドル」さらには「事務所」と大きくくくって語ってしまうあまり、そこに存在する多様なあり方を忘れてしまいがちになることを肝に銘じておきたいですよね。これは自戒も込めて。