私たちの心のどこかを刺激する有名人たちの発言――ライター・仁科友里がその“言葉”を深掘りします。
<今回の有名人>
「また曳舟ってのがいいのよ」マツコ・デラックス
『マツコ会議』(7月29日、日本テレビ系)
7月29日放送の『マツコ会議』(日本テレビ系)にモデルの梨花がゲスト出演した。お子さんの教育のためにハワイに移住したこともあって、若い世代にはあまりなじみがないかもしれないが、梨花はカリスマモデルとして数々の女性誌の表紙を飾りつつ、過度の束縛癖のために恋愛が続かないなどと自分の恋愛事情を赤裸々に語るぶっちゃけキャラがウケて 、『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)など2000年代初頭~中頃 のバラエティ番組で大活躍していた。
『マツコ会議』のMCマツコ・デラックスと梨花は直接仕事をしたことはないが、同い年ということもあって、話は盛り上がるだろうと思っていた。しかしマツコの「出身地イジリ」がどうも気になったのだ。
マツコは「私は(梨花が東京都墨田区の)曳舟出身だってことは、存じ上げていた」「私は下町パトロールだから。下町のどこから、誰が出てきているか(を把握している)」「また、曳舟ってのがいいのよ」「曳舟のオンナがあんなにきれいになってねぇ」と、結構しつこく「曳舟」を連発。スタジオ内ではそれほど笑いが起きず、芸達者な梨花もそこを広げない。それは、今の時代、このネタが“アウト”だとマツコ以外の人は気づいていた からではないだろうか。
梨花がバラエティ番組で活躍し、マツコもテレビに出だした2000年代半ば 、「勝ち組負け組」「負け犬」といった言葉がはやっており、人を「勝ち負け」で判断する意識が強かったと思う。資本主義の世の中だから、勝ち負けの基準はカネであり、高収入、親がお金持ち、高級住宅街に住んでいる、 高級ブランドで身を固めている人は「勝ち組」と言われたものだ。
この理論で言うのなら、地価の安いところに住んでいる人はそれだけで「負け組」になる。「あなたは負け組ですね」と言われてうれしい人はいないだろうが、逆転の発想で、「私は負け組です」と自虐的に振る舞うと、相手も攻撃してこないし、笑いが生まれるという利点があった。
マツコは2000年代半ば、コメンテーターを務める『5時に夢中!』(TOKYO MX)で、千葉出身であることも含め、自身の身の上を自虐しながら、地価の高くない土地イジリを頻繁に行い、笑いを取っていたと記憶している。
しかし、20年代に入った頃から「人を傷つけない笑い」が支持され、あらゆるハラスメントに対して人々が敏感になっている現在、この「出身地イジリ」や「地域イジリ」は、今までのように笑えないのではないかと思う。
マツコの出演番組での発言から推察するに、おそらく現在は 、家賃の高い都心エリアに住んでいるのだろう。もちろんそれは個人の自由だし、有名人としてプライバシーやセキュリティーを考えれば、そういった地区に住むのは当然だ。
しかし、現在、高級住宅街に住むマツコが、執拗にそうでない土地をイジると、そこに住んでいる人が「バカにされた」と感じる可能性がないとは限らない。高級住宅街に住んでいないマツコが、地価の安いエリアをイジるのなら「どっちもどっち」「アンタに言われたくないよ」で笑いになるが、今のマツコがこれをやると、やはりそこに住んでいる人は面白くないだろう。
梨花がマツコの曳舟イジリに乗っからなかったのは、編集でカットされた可能性も否定できないものの、2000年代のバラエティノリで便乗すると、曳舟の人を貶める結果にしかならないことをわかっていたからではないか。
出身地というのは、外見と同じように自分の意志ではどうにもできないし、経済的基盤や階級意識と無関係とはいえないので、実はかなりセンシティブな個人情報だろう。マツコは格差社会をもろともせず、芸能界で大成功を収め、自分の力で高級住宅街に住めるようになったが、この世には、そう願ってもできない人がほとんど。やっぱり「出身地イジリ」「地域イジリ」 は時代に合わない気がする。
マツコがテレビに出だした頃、「この人は売れる!」と思った人は多いだろう。私もその一人だが、マツコは予想をはるかに超えてビッグになった。一昔前の芸能界なら、売れている人は何をやっても許されたかもしれないけれど、今は売れている人ほど 慎ましく振る舞うことを要求される時代だと思う。
スターにあれこれ望んでしまうのは、大衆の愚かしさかもしれないが、“足元”にお気をつけいただきたいものだ。