こんにちは、元闇金事務員、自称「元闇金おばさん」のるり子です。今回は、かつて経験した取り立て現場での出来事をお話ししたいと思います。
ある日、長年にわたって付き合いのある保険屋の祥子さんから、朝一番に電話がかかってきました。長年の付き合いがあるといっても、こちらが保険でお世話になっているわけではなく、あちらにお金を用立てるほうのお付き合いです。その担当は伊東部長で、かれこれ3年近く、車担保をメインに取引をしていました。この日は、自分のお客さんが当座に詰まっているからと、ローン中のジャガーを担保に借り入れをしたいという依頼です。
「伊東さん、この人のこと、助けてあげて。モデルやタレントの写真集を出すくらい有名な写真家のお客さんなんだけど、変な金融屋からお金借りちゃったみたいでね。信用状況が悪化したからって、約定前にいきなり小切手を振り込まれちゃったんだって」
「ジャガーはね、いい車でオレも好きなんだけど、あまり評価が出ないんだよ。その人は、不動産持ち?」
「それが、お父さんの名義なのよ。いま入院中で、もう長いことない感じなんだけどさ。もし返せなくても、お父さんの保険、ウチでやってるから心配ないわよ。集金したいお金もあるし、この人のジャガーで200万。ね、お願い」
どうやら自身が関わる保険料の支払いも滞っているらしく、資金繰りを手伝うことで集金したい目論見もあるようです。
担保は評価額150万円の型落ちジャガー、闇金にやって来た茶髪ロングヘアーの男
車の評価を確認するべく、祥子さんが早速にファックスで送ってきた車検証などを「とかし屋」の井上さんに転送すると、5分もたたないうちに折り返しの電話がかかってきました。
「ちょっと古いし、距離も走っているので、頑張って150万ってとこですね。お客さん、いくら希望ですか?」
「希望は200万なんだよね。いいとこついてくるでしょ?」
「それはキツイなあ。思いのほか状態が良いなら160万、これが目一杯です」
車の評価が取れたところで社長に稟議を回すと、祥子さんを連帯保証人にとって、入院中とされるお客さんのお父さんにかかる生命保険証券の写しを提出させることを条件に満額融資することを許可されました。
念のためにと、司法書士に依頼して自宅不動産の登記簿を取得してもらったところ、登記中(登記を申請し、まだ法務局の審査・処理が完了していない状態)であると告げられます。名義人が入院中であることに鑑みれば、他者の連帯保証人になっている可能性が高く、本来であれば登記完了まで契約はできません。
ところが今回は車担保だし、信用分はわずかだからと、特に問題視されることなく準備は進みました。小切手が当座に回っているため、午前中には契約を済ませたいそうで、貸付の段取りをしておくよう伊東部長に指示されます。
「こんにちは。いつもお世話になります」
まもなく昼休みというタイミングで、菓子折りの袋を持った祥子さんが、写真事務所の代表を務める写真家・矢越さんを連れてやって来ました。茶髪のロングヘアーが印象的な矢越さんは、とても若々しい格好をしている華奢な男性で、とても40代には見えません。まるで芸能人のような振る舞いをみれば、当座決済に追われているようには見えず、人は見た目によらないものだと実感させられました。
「あの業者が、父の不動産にまで手を出していたとは気づきませんでした。このまま登記を完了されていたら、すべて終わっていたと思います。伊東さん、あなたは私の恩人です。これで決済してきますので、今後もいろいろと助けてください」
みなさんが応接室に入ってまもなく、お茶を出しに伺うと、矢越さんが伊東部長の手を両手で握って泣いていました。どうやら父名義の自宅不動産が登記中であることを知らなかったようで、これも勝手に小切手を振り込んできた業者の仕業だろうと、紹介者である祥子さんも憤慨しています。
その後、約束通りに他業者からの借り入れを決済して事なきを得た矢越さんでしたが、ウチから借りた金員の決済は長期にわたって叶わず、毎月6パーセントの金利と3万円の車庫代を支払い続ける羽目に陥りました。どうやら思い入れのある車らしく、手放すわけにはいかないと、無理な金策を重ねていたようです。案の定、半年ほど経過したところで、矢越さんの名前を不渡速報で目にすることになりました。
「社長、写真事務所の矢越が不渡りです。残債は200万、担保車の評価は、現在130万です」
「保証人の保険屋とは、連絡つくのか?」
「いえ、自宅も携帯も電話が止まっていまして、連絡が取れない状況です」
「とりあえず、本人と保証人のところ、両方行って様子を見てこい。どちらかでも捕まえたら、すぐに保全を図れ」
社長の指示により、矢越さんの自宅には伊東部長と武闘派の藤原さんが向かい、連帯保証人である祥子さんのところには、イケメンの佐藤さんと私が向かうことになりました。
「女の相手をするには、女が一緒にいたほうがいい。るり子さん、佐藤と一緒に行ってくれるか?」
「はい、わかりました。何もできませんけど……」
取り立て現場への同行を命じられたのは初めてのことでしたが、佐藤さんと一緒に車で外出できることがうれしくてたまらず、浮かれ気分を堪えながら秘かにデート気分を堪能したことを思い出します。
マイメロディと不動明王
「ここだ」
祥子さんの自宅は、S県内の住宅街にある一戸建てで、その洋風の建物は周囲から浮くほどに装飾されていました。バラと蔓草に覆われた門扉の先には、マイメロディをはじめとするサンリオキャラクターの置物が数多く並んでおり、一見してわかるほどにマニア感が漂っている状況です。その先にある玄関扉には、いわゆる企業舎弟系金融会社の社名と連絡先が書かれた貼り紙がされており、せっかくの可愛らしい雰囲気も台無しにしていました。
「もう入られちゃってるよ」
どこか緊張した様子の佐藤さんが、祥子さん宅のインターフォンを鳴らすと、低い声の男性に応答されます。
「どちらさん?」
「金田総業と申します。祥子さん、おられます?」
「なんの用かの?」
「お宅には関係ない話ですよ。ご本人がいるなら出してもらえますか?」
するとまもなく、短めのパンチパーマをかけた体格のいい男が、出刃包丁を片手に裸で出てきました。両肩口から二の腕にかけて魚の鱗のような刺青が入っており、首から胸にかけても、数珠上のネックレスと「正」という漢字のペンダントが描かれています。
「お前ら、どこのもんじゃ? ここは、渡さんぞ」
「金田総業と申します。そんなつもりで来たわけじゃないので大丈夫ですよ。お宅様は、どちら様で?」
「ただの留守番じゃ。ここの人らは、たくさん摘まんで飛んだらしいど。わかったら、とっとと帰れ」
踵を返して屋内に戻ろうとする男の背中には、大きな不動明王の刺青が描かれており、その見事さに思わず見とれてしまいました。実家が不動信仰者の葬儀屋で、幼少期から真言宗系のお寺に出入りしていたこともあって、お不動様は私にとってもなじみ深い存在なのです。
「まあ、お不動様!」
「なんや、姉ちゃん。刺青好きなんか? お世辞言うても、入れてはやらんぞ」
つい口に出てしまった呟きを拾われ、足を止めて振り返られたときにはドキリと心臓が跳ね上がりましたが、その顔を見れば喜びを隠せていません。
「お世辞だなんて、滅相もありません。あまりに見事なお不動様だから、つい……」
「ほー。あんた、若いのにたいした姉ちゃんやの。お宅らは、ここのおばはんに、いくら貸してんねや?」
どこからどう見てもヤクザにしか見えない風貌をしておられますが、もともとは人懐っこい方なのでしょう。刺青のことを話題にしたのが、よほどうれしかったようで、持っていた出刃包丁を軒先に置くと、柔和な表情で話しかけてきました。ここぞとばかりに、佐藤さんが男に尋ねます。
「200万くらいの話なんですけど、お付き合いも長くさせていただいているので、状況が知りたくてお訪ねました。祥子さん、どうしちゃったんですか?」
「いろいろとしでかしていたことがめくれて逃げてるみたいよ。オレらが入る前には、警察も来ていたみたいだから、そのうちにパクられるんじゃねえかな」
結局、祥子さんの行方は、わからないまま。状況を共有するべく、伊東部長に連絡を入れると、どうやら全額回収の目途がついたらしく事務所に戻るよう指示されました。
事務所に戻ると、すでに決済は完了しており、車の返却まで終わっています。伊東部長の回収力に感心しつつ、あらためて佐藤さんと2人で報告に伺うと、祥子さんの状況が明らかになりました。
「祥子さん、いま〇×警察署の留置場にいるよ。先月に亡くなったお父さんの保険金を着服した上、小切手も勝手に持ち出して金融屋に入れていたんだってさ。それを急に回されて不渡が出ちゃったんだと」
「あの女、なかなかやりますね。で、矢越さんは、どうやっておカネ作ったんですか?」
「車は手放したくないし、オレに迷惑をかけるわけにもいかないからって、商売道具のカメラを売って金を作ってくれたんだ。あの人、いい人だよね。だから騙されちゃったんだろうけどさ。いくらやられているかわからないから、これからが大変だよ」
数日後、新聞の三面記事に掲載された祥子容疑者の顔写真を目にした私は、居並ぶマイメロディの置物と出刃包丁を持った男の不動明王の刺青を思い出して、どうにも複雑な気持ちになりました。
※本記事は事実をもとに再構成しています
(著=るり子、監修=伊東ゆう)