偏見や差別により凄惨ないじめを受けた女性が、整形手術により絶世の美女に変貌。身元を隠したままいじめグループの面々に、次々と復讐を仕掛けていく――その電子コミックの広告を、誰もが一度は目にしたことがあるはずだ。
2016年に連載が開始されると、電子書店でまたたく間に大ヒットを記録した『美醜の大地〜復讐のために顔を捨てた女』。デジタル配信80万ダウンロードを超えたほか、21年6月にはアプリゲーム「美醜の大地-復讐ミステリ」もリリース、さらに22年3月にはぶんか社公式YouTubeチャンネル『禁断書店』で動画化、そして同年6月発表の「まんが王国」22年上半期人気漫画ランキングで総合ランキング6位に選出されるなど、連載開始から数年を経ても人気が継続しているのだ。
美しい絵柄で繰り広げられる、魅力的なキャラクターたちの、一見荒唐無稽だけど人間味あふれる復讐劇。これまでベールに包まれてきた作者の藤森治見さんに、サイゾーウーマンはインタビューする機会を得た。
――本作『美醜の大地〜復讐のために顔を捨てた女』構想のきっかけを教えてください。
藤森治見氏(以下、藤森) 最初に連載のお話をいただいたときに、「『容姿のせいで不幸な目に遭った女性の復讐劇』というのをストーリーの軸にしてほしい」というような内容で打ち合わせしたことが、始まりだったと思います。
「女性誌で描く復讐劇」と聞いて真っ先に思い浮かんだのが、『◯曜サスペンス劇場』でして……(笑)。そんな雰囲気で構成したら面白いかな? くらいの感覚で考えていました。
連載が開始されたのは、16年2月29日より。女性向け月刊漫画雑誌『まんがグリム童話』(ぶんか社)で連載が開始され、デジタル配信では「ストーリーな女たち」というシリーズのひとつでもある。『美醜の大地』は電子書籍で既刊20巻、現在も連載中なのだ。同シリーズの中でも、異色の存在といえよう。
――連載開始当初から、現在のような長編プロットを構想していましたか?
藤森 全然考えていませんでした! 当初はおおむね全8回くらいでの短期連載ということでしたので、マイケル・ベイ製作の映画『13日の金曜日』のようなテンポで、サクサク復讐を遂げて終える気でいました。確か3話くらいのあたりで「もっと長くしましょう」というお話をいただき、長期連載として方向性を変えたと記憶しています。
それまではずっと読み切りや1話完結のオムニバス的なものが中心で、本格的な長期連載はこの作品が初めてだったのですが、いざ長編用に構成し直すとなったときは半ばパニック状態でした(笑)。もう7年以上の連載となりましたが、今でも毎回プチパニック状態で描いております。
本作のテーマは「復讐」。凄惨ないじめの標的となっていた主人公・市村ハナは、いじめた者たちにあの手この手で復讐を成し遂げていく。それが、単純な仕返しではないのが読者が惹かれる一因だろう。時間をかけて関係を構築した末に繰り広げられる復讐劇は、ハナが時間をかけた分だけ攻撃力がハンパではないのだ。
さらに、ハナの復讐から新たな憎悪が生まれ、またそこから別の復讐が派生し……と、現在のハナを取り巻く復讐劇は、終わりのない蟻地獄状態になっている。
――藤森先生ご自身は、復讐を考えたことはありますか?
藤森 そういうエネルギーは創作に変換するようにしていますね! 時間と体力がもったいないので! ……実際のところは、たぶん復讐心がないんじゃないかと思います。幸いながら、そこまでの強い執念に囚われるような相手と出来事に巡り合っていないか、私が鈍感なだけかのどちらかなのでしょう。
――ご自身は、憎悪や嫉妬、怒りなどの己の強い感情に対して、どう向き合っていますか?
藤森 ハーブティーを飲み、趣味に没頭して頭を空にしてからおいしい食事をたらふく食べて、これでもかというくらい猫をモフり吸って爆睡します。ストレスは心身によくありませんので(笑)。私の精神的な問題は、食と睡眠と猫で大体解決すると思っています。そういう自己暗示かもしれませんが。
――作品中には、さまざまな依存の関係が見受けられますが、藤森先生は人やモノに依存していた経験はありますか? またそれを断ち切ることはできましたか?
藤森 自分で思い当たるものはちょっと浮かんでこないです。 他人から見れば該当するものはあるのかもしれない気がしますが、得てして自分自身では「依存している」という事実にさえ気づかないものなんじゃないかと思います。
個人的には、よほどの問題を抱えていない限り、節度を保った依存であるならば無理に脱却する必要もないのではないかと考えています。本人にとってはまさしく「よりどころ」なのでしょうから。
一つだけはっきり言えるのは、私からカフェインを奪われたら大変に困る、ということですね……。
復讐とともにテーマの一つになっているのが「容姿」だ。学生時代のハナは容姿も一因で徹底的に虐げられ、絶世の美女に整形後、周囲の見る目が露骨に変化した。そのような、容姿の優劣によるコントラストが際立つ表現が多く、それが登場人物たちを動かす強い動機となっている。
――容姿がその人の人生に与える影響について、藤森先生のお考えを教えてください。
藤森 自尊心と自己肯定感に直結するのは間違いないのかなと思っています。たった一人の心無い言葉だけで人生が変わるほど傷つくこともありますし、それを努力で何とかできる場合とそうでない場合というものもありますから。
私自身にもそういう経験はありますが、他人の容姿に口出しする行為というのはとても失礼なことと思っておりますので、そんな場面に遭遇したときには、相手に後ろ足で砂をかける気概で生きております。
――連載開始当初よりも、「ルッキズム」という言葉が社会に広く浸透していますが、作風に反映したりなどありますか?
藤森 最初から割りと全開で美醜にまつわる問題を描いているので、特別影響を受けたり反映したりということはないと思います。美的感覚というのは個人の価値観によっても大きく変わるでしょうから、自分が美しいと思うものを追求するのはいいことなのではないでしょうか。
けれど、それを基準にほかの人や物を貶めす行為は大変よろしくないことだと思うので、自分がそれをしないのはもちろんのことですし、そういう批判にさらされたときには後ろ足で砂を(略)。
ハナたちが生きるのは、終戦間際から戦後の北海道。ハナが絶望に叩き落され復讐の芽が発露するのは、樺太から北海道に向かう引揚船での出来事だった。これは、1945年8月22日、疎開船3隻がソ連の潜水艦により攻撃を受け2隻が沈没した「三船殉難事件」をモデルにしている。
登場人物たちは、ほかにも札幌や小樽、函館など、北海道の実在の土地を駆け巡り、臨場感を増している。
――北海道を舞台にしていますが、こうした復讐劇を描く上で、ほかの土地では書けない北海道ならではの利点はありましたか?
藤森 この連載のお話をいただいたときの打ち合わせの中で、物語の年代設定を「戦中から戦後くらいで」とのオーダーがありまして、私の祖母が樺太引揚者だったということもあり、そこからいろいろと着想しました。
ただその時点で祖父母は皆鬼籍だったので、祖母本人から詳しい話を聞けたわけでもなく……「樺太は野生のウサギがおいしかった」という用途に乏しい情報しか手に入りませんでした(笑)。それでも、土地柄的に樺太引揚者の手記や記録等、昔の北海道の様子を記録した古い資料も多数保存されていましたので、舞台を「北海道に」と決めてからはそういった面での利点があったと思っています。
8月30日時点での最新刊最終話では、いじめ主犯格で、最大にして最後の敵といえる絶世の美女・高島津絢子とついに対峙することとなったハナ。この先、どうやって復讐を遂げるのか、そもそも遂げるのか、成し遂げた先にはなにがあるのか……それぞれの行く末が気になって仕方がないのだが、もっとも気になるのは、ハナの「幸せ」だ。
――藤森先生が考える「幸せ」とはなんでしょうか。
藤森 私自身の感じる「幸せ」なら、恐らく「平穏」なのかな、と思います。心穏やかに過ごせる日々というのは案外得難い幸福なことなのだと、自分の半生を通じてそう考えるようになりました。身近な人たちがつつがなく人生を送っていってくれることも幸せだと感じます。
ハナに「幸せ」は訪れるのだろうか。そしてそれは一体、どんな形で。終わりなき復讐劇から、まだまだ目が離せそうにない。