ここ数年、メディアで「史上空前のブーム」といわれるようになった中学受験。首都圏模試センターによると、2023年入試の受験者数は、私立中学と国立中学を合わせて5万2,600人、受験率は17.86%で、いずれも過去最多・最高を記録した。
少子化の中、1人の子どもに掛けられる教育費は上がっていることを考えると、今後も中学受験は厳しい競争が続くと予想されている。
しかし一方で、今年トップ塾のSAPIX(サピックス)について「空席のある校舎が目立つ」と、ネット上で話題になるなど、中学受験の受験者数は来年もしくは再来年がピークで、その後は減少するといわれているのはご存じだろうか。
いま、中学受験塾業界では一体何が起こっているのか――『中学受験 やってはいけない塾選び』(青春出版社)の著者でノンフィクションライターの杉浦由美子さんに話を聞いた。
中学受験ブームなのに……2023年サピックスに「空き」があったのはなぜ?
――過熱する一方に思えた中学受験ブームも「ピークアウト」といわれていますが、実際にはどうなのでしょう。
杉浦由美子さん(以下、杉浦) 2024年は横ばいかやや減るかもと推測されています。受験が激化すると、敬遠する層が出てきて、受験者数は減少します。ただ、急激には減らないでしょう。中学生の不登校が増えている中、中堅の私立中高一貫校はそのあたりへのケアが手厚いところも多いので、そういう学校に入れようと思う親御さんも増えています。そのためか、中堅校対策に長けた大手塾は入塾者が減ってないとのことです。
―― 一方、2023年はエリート層向けの塾であるサピックスの各校舎に「空きがあった」と話題になりました。例年ですと秋ぐらいからどんどんと埋まっていって、2月には大半の校舎が満席になったのに、今年はそうはならなかったとか。トップ塾がそうだと、全体的な入塾者数も減っているんだと思っていました。
杉浦 それは単純にサピックスが「受け入れ数を増やしたから」という理由もあると思いますよ。特に低学年の制限は解除しているようですし、それで定員に達しなかったのではないでしょうか。ただ、サピックスはご存じのように家庭での勉強量が多く、それを親御さんが管理する必要があるので負担は大きくなります。そのため、ほかの面倒見がいい塾に生徒が流れているかも知れません。実際、早稲田アカデミーは23年6~8月の中学受験部門の生徒数が前年同期比0.4%増です。
いまどき、私立中高一貫校に子どもを通わせられる経済力があるのは共働き家庭ですからね。塾で全部やってくれる「面倒見がいい塾」のニーズは増えています。
――では、塾選びのトレンドは「面倒見のいい塾」なんですね。
杉浦 いえ、そうとも言い切れません。サピックスも空きがあるといっても、そんなに減っていないでしょうし、昨年より増えている校舎もあるようです。ただ、サピックスの存在が大きくなりすぎたことに反発して、ほかのエリート塾を選ぶママやパパも増えているのは確かなんですよ。
その筆頭がサピックスの講師の方々が独立して立ち上げたグノーブルという塾。メソッドはサピックスとほぼ同じで、学習の大半を家庭でやるスタイルです。それに加えて、社会の進度はサピックスより速いし、国語で扱う文章も高度なのでハード。実際、ある大手塾の幹部が「関東で最も学力が高いのはグノーブルの最上位クラスの生徒たち」と話しています。それだけ学力を伸ばす力は高い塾ですが、テキストはサピックス同様に難関校対策に最適化しているので、目標の学校によって、合う・合わないがあると思います。
――難関校に入れたい親がそれだけ多いということなんでしょうか。
杉浦 それがちょっと違うんですよね。取材をしていると、多くの塾の先生たちが「御三家や駒場東邦、豊島岡といった難関校を狙うわけでもないのに、なぜサピックスやグノーブルに通わせる保護者がいるんだ?」と頭を傾げるんですが、その疑問の答えは「ブランド力に引き寄せられる」なんです。
難関校の合格実績が高いと、その塾のブランド力が上がります。そうすると、そのブランドに引き寄せられる人たちが出てくる。アウトドアグッズの「ノースフェイス」のリュックもトップスターたちが持っていたことでブランド価値が上がって、みんなが持ちたがるようになりました。それと同じです。そして、サピックスよりちょっと通好みなブランドだから、子どもを新興エリート塾に入れる――そういう親御さんが今年は増えた印象もありますね。
――名門校というブランドを求めて中学受験をする層は確かにいると思いますが、塾にもそれを求めているんですね。
杉浦 「名門校ブランドを得たい」という人がいるのは想定内ですよね。中学受験はペーパー入試一本勝負なので、庶民の子でも勉強して学力を上げ、名門校に合格すれば、そうそうたるセレブリティの子女と同級生になれるわけですから。でも、取材をしていて新たに発見したのは「子どもをブランド力が高い塾に通わせること」に価値を見いだす親御さんがいることでした。もちろん、一部ではありますが。
中学受験生の親御さんにインタビューしていた際、小さな個人塾に通う学力上位層生徒のママさんがこんな話をしていました。
「“開成の文化祭に行って楽しかった”という話を私がしたら、“小さな塾の子も開成の文化祭に行くのね”みたいなことを、サピックスママにいわれたんですよ。でも、うちの子の塾、毎年、開成合格者が出てるんですよ。あとで知ったんですが、そのママの子は偏差値がうちの子より下だったみたいで。無名の塾の生徒のくせに生意気ね! ってことだったんだろうなあと」
このサピックスママは「サピックスのブランド力に引き寄せられている」親御さんで、小さな個人塾に通う生徒さんの親御さんに対して、謎の優越感を持っていたのでしょう。そんな親御さんもまれにいるわけです。
――Twitter文学で描かれる「タワマンに住んで子どもをサピックスに通わせる」というライフスタイルに本気で憧れる層がいるんですね。ただ、ママがハイブランドのバッグを持って優越感を持っても誰も犠牲になりませんが、そういった感覚でエリート塾に入れられると、場合によっては子どもが気の毒ですね。
杉浦 サピックスの入室テストは難易度が高く、学力が高くないと受からないといううわさも聞きますが、拙著『中学受験 やってはいけない塾選び』の中で、サピックスの広野雅明教育事業本部長が「8割、9割は合格します」とコメントしてくださっています。つまり、公立小学校の授業についていっている子どもなら、確実にサピックスの入室テストに受かるんですよ。1回目は要領がわからなくて不合格なこともありますが、たいていは2回目は合格をします。
だけど、そういう情報はSNSなどではあまり拡散されません。なぜなら、親御さんたちが「サピックスの入室テストに受かるのはすごい」と信じたいからでしょう。そして、そういう層がいまの中学受験の過熱を支えていると思います。
――子どもの塾選びに親のブランド志向が出てしまうのは、やはり違和感があると感じてしまいます。
杉浦 サピックスもグノーブルも優秀なテキストを使用し、講師の質も高く、素晴らしい塾です。ただ、その内容を評価するのではなく、ブランドステイタスだけで塾を選ぶのには違和感があります。小学生が3年間通う場所なんですから、やはりちゃんと中身を見て「うちの子に合うか」という基準で塾選びをしていただきたいなあと願っています。
【著書紹介】
『中学受験 やってはいけない塾選び』(青春出版社)
中学受験は、子どもと家庭に合う「塾選び」が成功の鍵を握る―― 首都圏・関西の大手から中小塾、話題の単科塾、 個別指導塾まで最新情報を徹底取材。先輩パパ・ ママの塾選び失敗談から、四大塾(サピックス、日能研、 四谷大塚、早稲田アカデミー)の実際、 難関校に強い塾などを解説する最強の塾ガイド。