“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
目次
中学受験が終わったとき、虚しさに苛まれた母
今年度の中学受験入試が、ほとんどの学校で終了した。実際に我が子の受験を経験し、「自分が受験生だった頃より疲れた」と感じている親は多いことだろう。
それというのも、今や第1志望に合格する子は3割。無条件で信じてきた「努力は裏切らない」という言葉に虚しさを感じる親子は少なくないのが実情だ。
理恵さん(仮名)も、娘である美玖さん(高3、仮名)の中学受験が終わった際、虚しさに苛まれたと告白する。結果が「全落ちも同然」だったからだ。
「1月に受けた学校の合格は手にしていたんですが、そこはお試し受験の意味合いで受けたので、合格にはカウントせず、2月1日からの本番に臨みました。ところが、4日まで受験し続けたものの、すべて不合格。信じられない結果でした……」
今では、21世紀初頭に登場した午後入試を実施する学校が目立つようになり、受験生が午前中に試験を受けた後、午後に別の中学に出向きまた入試に挑むということが可能になった。そのため、最近の東京・神奈川の受験生は2月1日から午前・午後と受験し続け、早めに合格をもらって、3日間で受験を終了させるという短期決戦が主流になりつつあるのだ。
やはり、緊張感がある“本番”を連続で受け続けるのは体力的にもメンタル的にも、相当しんどいものがある。「なるべく早く決めたい!」と願うご家庭は多いだろう。よって、各ご家庭では完璧な受験プランを考えて本番に臨むのだが、忘れてはならないのが、中学受験は「12歳の受験」であること。何が起こるかわからないのが現実である。
理恵さんが当時を振り返る。
「もう地獄ですね。美玖は口もきけないほどに意気消沈していましたし、私自身は泣くまいと思えば思うほど涙があふれて……。『なんで中学受験なんてしたんだろう?』『世界で一番可愛い娘に、こんな思いをさせるなんて』『私が悪い、私が悪い』とばかりに、自分を責め立てていました……」
中学受験、安全校でまさかの不合格「もう、どこにも受かる気がしない」
美玖さんの結果を詳しく振り返ってみよう。
・1月:A校(お試し校)〇
・2月1日午前:B校(第1志望校)×
・2月1日午後:C校(安全校)×
・2月2日午前:D校(適正偏差値校)×
・2月3日午前:E校(チャレンジ校)×
・2月3日午後:F校(安全校)×
・2月4日午前:D校(適正偏差値校)×
・2月5日午前:G校(安全校)〇
実質的な第1志望校Bと、ややチャレンジ気味の第2志望校(隠れ第1志望だったという)のEは、美玖さんの希望で受験。本来ならば、第4志望校(安全校)のCで初日に合格を取り、安心して適性偏差値校である第3志望校のDを受験、その間にBの発表を見て、E校に挑戦するという作戦で、遅くとも3日午前で受験を終了させる予定だったそうだ。
「美玖が言うには、B校の空調の調子が悪かったのか、試験会場が暑すぎて、集中できなかったと。続くC校は『受かったと思う!』と余裕の表情だったんですが、当日発表でまさかの不合格。そこからですね、歯車が狂い出したのは……。美玖が呆然となって『もう、どこにも受かる気がしない』と言うものですから、慌てて、滑り止め校よりもさらに偏差値が低いF校を受験したのですが、ここも当日発表で不合格。私には、この時の記憶があまりありません」
お試し受験を除くと2月4日の時点で6回受験し、全てが不合格。しかし、美玖さんは塾の勧めで、気力を振り絞って翌5日のG校の受験に向かったという。
「すっごく寒い日だったんですが、G校に着いたら、塾の先生が校門の前で待っていてくれたんです。それで、美玖の手を思い切り握りしめて、こうおっしゃいました。『美玖! 先生の力を全部やるから持ってけ! いいか? 絶対、負けんなよ!』って。美玖はその時、先生に『キモイからやめて(笑)!』と冗談を言いながら、笑顔で手を振って中に入っていったんですよ。もう、私はその後ろ姿を見ただけで号泣してしまって……」
中学受験は“子離れ”の儀式だ。校舎に吸い込まれる我が子と、それを見送るしかない親。その親子の間には見えない大河が流れていて、これ以上は助けたくとも、傍にいたくとも、寄り添うことは叶わない――そんなことを親が実感する瞬間なのである。
「我が子ながら、『すごい!』って思いました。美玖は3年間、本当に毎日頑張って勉強していました。あんなに努力していたのに、どの学校も受け入れてくれない中、本当に歯を食いしばって、G校までたどり着いたんです。それだけでもすごいことなのに、ここで笑顔を見せてくれるなんて、なんて強い子なんだろう、この子は私の誇りだと思いました。もう、美玖は私がいなくても大丈夫、十分、美玖の人生を歩んでいける! って、感無量でした」
結果は合格。理恵さんは正直、公立中学への入学も覚悟し、その判断を美玖さんに任せたという。
中学受験、「まったく考えていなかった学校」に入学した娘のその後
「美玖が『私、G校に行く! 正直、悔しい結果だけど、G校のことが好きになれそうなんだよね』って言うんですよ。あとで聞いたんですが、G校の受験の手伝いをしていた先輩たちが本当にあったかくて感じが良かったと。『うちはすっごく楽しい学校だよ、受かったらおいでよ!』って言われたらしく、雰囲気が気に入ったって言っていました」
美玖さんは、そのままG校に入学。理恵さんいわく、G校は思っていた以上に面倒見が良い学校で、「先生方が生徒を大切に思っていることがひしひしと伝わってきた」とのこと。
「私もG校を好きになりたくて、学校行事は皆勤賞、親向けのサークルにも参加しました。そのサークル活動が楽しすぎて、美玖が部活を引退しても、私はまだ居残っているという状態です(笑)」
美玖さんは持ち前の勤勉さを武器に、部活でも委員会活動でも大活躍。特に部活では、部長として部員を引っ張り、地区大会で優勝、関東大会に出場するという偉業を成し遂げたそうだ。
一方、勉強面はというと、海外提携高校への短期留学を経験し、在学中に英検準1級を取得。豊富にある指定校推薦枠を利用して、上智大学への進学が内定しているという。
理恵さんが当時を振り返りながら教えてくれた。
「G校は、当初はまったく考えていなかった学校なんですが、塾の先生の『偏差値は高いとは言わないけれど、美玖に合っている』という言葉は本当にその通りでした。今では、『神様! G校に会わせてくださり、ありがとうございます!』という思いです」
もし、3年間コツコツ勉強を頑張ったのに、美玖さんのように結果が出ず、「いままさに、涙に暮れているという人がいたら、伝えたいことがある」と理恵さん。
「入ったところがベストな学校。やっぱり、何かお導きのようなものがあるのかなって。もし、合格した学校に、そういう縁を感じたなら、大切にしてみてもいいんじゃないかなって思っています。我が家の事例が、ご参考になったらうれしいです」
中学受験の取材歴がかれこれ20年以上になる筆者であるが、理恵さんのようなケースはそれはもう数多く見聞きしている。このように「塞翁が馬」となる事例に触れると、やはり、「ご縁」というものを感じずにはいられない。
今、志望校に落ちて悔しくて悲しくてやりきれないとしても、理恵さんのように「中学受験をやってよかった!」と胸を張って言える日は、きっと訪れる。お子さんの人生は、まだまだこれから。真新しい制服に袖を通した我が子を眩しく感じる春は、すぐそこだ。