――『キャラクタードラマの誕生』(河出書房新社)『テレビドラマクロニクル1990→2020』(PLANETS)などの著書で知られるドラマ評論家・成馬零一氏が、『新空港占拠』(日本テレビ系)主演の嵐・櫻井翔について俳優としての魅力をひもとく。
目次
・櫻井の熱演と決め台詞「嘘だろ!」
・櫻井は感情表現がうまいとは言えない
・『木更津キャッツアイ』から続く、愛される「残念な感じ」
・『新空港占拠』武蔵三郎、不器用さを逆手に取った好演
櫻井の熱演と決め台詞「嘘だろ!」
嵐・櫻井翔が主演を務めるドラマ『新空港占拠』(日本テレビ系)が残り2話となり、注目を集めている。
本作は武装組織「獣」に立ち向かう刑事・武蔵三郎(櫻井翔)の物語だ。「かながわ新空港」を占拠した「獣」は、ネット配信で人質への仕置きなどを公開しながら、人質を助けたければ、彼らが隠している秘密を暴けと、武蔵たち警察に要求する。
『新空港占拠』は昨年1月期に櫻井が主演を務めた『大病院占拠』(日本テレビ系)の続編となっている。
『大病院占拠』は、鬼の仮面をかぶった武装集団「鬼」に病院を占拠され、武蔵たち刑事が人質を助けるために時間内に鬼の要求を解決しようと奮闘するクライムサスペンスだった。今回は舞台を空港に移し、十二支の動物を由来とする仮面をかぶった武装集団「獣」との対決が描かれる。
劇場型犯罪を1日の出来事として描き、謎が謎を呼ぶ展開も話題となっている本作だが、ドラマを支えているのが櫻井の熱演。
武蔵は、敵組織の出す無理難題を解き明かすため捜査に奔走し、次々と事件を解決していくが、敵はすぐさま新しい難題を突きつけてくる。そのたびに武蔵は「嘘だろ!」と口にする。この「嘘だろ!」は毎週登場する決め台詞になっているが、声のトーンや「嘘」と口にする時の声の溜め方、ニュアンスが毎回微妙に異なる。歌舞伎の見得を切るかのような過剰な言い回しのため、思わずモノマネしたくなるような中毒性があるのだが、これは櫻井の芝居の性質と無関係ではない。
櫻井は感情表現がうまいとは言えない
櫻井は得手不得手がはっきりしている俳優で、演技が記号的で何をやっても軽く見える。
この軽さはコメディテイストのミステリードラマ『謎解きはディナーのあとで』(フジテレビ系、2011年)で演じた毒舌のクールな執事・影山のような、極端に戯画化されたキャラクターや、ホームドラマ『家族ゲーム』(同、13年)で演じた不気味で得体の知れない家庭教師・吉本荒野といった、何を考えているのかわからない悪魔的な人物、非人間的な記号的存在を演じると相性が良く、ハマり役となる。
逆に人間くさい男を演じさせると、どうにもぎこちなく見えてしまう。特に、怒ったり笑ったりといった感情表現がうまいとは言えず、悪い意味で記号的になってしまう。
おそらく櫻井も、そのことに自覚的で、だからこそ必要以上に感情を込めて台詞を言おうとしてしまうのだろう。その結果、すごくくさい言い回しになってしまう。
つまり感情表現が苦手なのだが、『新空港占拠』の武蔵刑事は、そんな櫻井の芝居の不器用さと、無理難題に苦悩しながら行動する不器用な武蔵刑事の人間性とマッチしている。その結果、新たなハマり役となっているが、実はこの「不器用さ」こそが櫻井の最大の武器ではないかと思う。
『木更津キャッツアイ』から続く、愛される「残念な感じ」
人気アイドルグループ・嵐のメンバーとして知られる櫻井は、ニュース番組『news zero』(日本テレビ系)やバラエティ番組『櫻井・有吉 THE夜会』(TBS系)といった番組の司会業が現在の活動の中心となっており、高学歴で知的なタレントとして知られている。
しかし、完璧な人間かと言うとそうでもなく、司会業を見ていても時々、人として抜けている「残念な部分」が見え隠れする。この「残念な部分」が愛嬌となって滲み出ているからこそ、アイドルとして愛されているのだろう。
そんな櫻井の「残念な」魅力が強く出ていたドラマが02年に放送された『木更津キャッツアイ』(TBS系、以下『木更津』)だ。本作は木更津で暮らす、同じ高校の野球部だった5人組の青春を描いたドラマで、脚本家・宮藤官九郎の出世作として知られている。
櫻井が演じたのは仲間から「バンビ」と呼ばれている青年・中込フトシ。野球部の元エースピッチャーで一人だけ大学に通っており異性にもモテるのだが、童貞ということもあってか、仲間内では幼い末っ子キャラとして愛されている。
ハイスペックのイケメンなのに、すぐに感情的になって怒ったりいじけたりする子どもっぽさや大好きなモー子(酒井若菜)に対してドギマギする純情さが劇中では強調されており、「残念な感じ」が愛嬌となって滲み出ていた。
『大空港占拠』武蔵三郎、不器用さを逆手に取った好演
『木更津』で主人公のぶっさんを演じた岡田准一もそうだが、自分とは違う世界に生きるキラキラとしたジャニーズ・アイドルに、友達の友達にいてもおかしくない親近感を感じたのは『木更津』が始めてだった。だから、今でも櫻井を見ると友達に話しかけるように「バンビ!」と呼びたくなる。
当時の櫻井は駆け出しの若手俳優で、演技がぎこちなく危なっかしいところも多かった。しかし、それがバンビの持つ、優秀だが感情的で危なかしいところがある「不器用さ」とシンクロし、演技の良し悪しを超えた人間的な愛嬌につながっていた。
『木更津』から20年以上たつが、『新空港占拠』の武蔵三郎は、バンビの頃の櫻井と同じく人柄の良さが滲み出ている。
感情表現を巧みに演じ分けることができない不器用さが、逆に人間としての愛嬌につながる。これは櫻井にしかできない不器用さを逆手に取った好演である。