“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。
目次
・中学受験をしない子も塾通い
・私立中学受験を決めた理由
・塾なし受験の壁
・中学受験をするも公立中に進学
中学受験をしない子も塾通い! 公立中の内申競争に不安
中学受験は今年も変わらぬ人気ぶりであった。東京23区内での今年の受験率は23%で、約4人に1人が受験している計算になる。背景にあるのは、公立中学の調査書の評定(いわゆる内申点制度)への不信感と私学への期待感。さらには、少子化ゆえに子ども一人に対する各家庭の教育熱が高まっていることも挙げられるだろう。
一方で、中学受験の対策をする塾に通うと、莫大な費用がかかることも知られるようになった。小学4~6年生まで通塾したとして、その塾代は教材費、テスト代、講習会費等も含めて250万円では足りないといわれている。このほかにも、当然のことながら受験料がかかり、塾合宿やオプション講座なども取るならば、その費用はさらに上がる。その上、個別教室や家庭教師をつけるとなると、その額は天井知らずだ。
都内に住む淳美さん(仮名)は、現在、中学入学を待つ小6生の息子・陽太君(仮名)の受験で悩んだ経験を持つ。
「私の中学受験のイメージは、土日もなく勉強させられる……ハッキリ言っちゃえば『教育虐待』のようなものだと思っていたんです。小学生時代くらい子どもらしく伸び伸びとするのがいいんじゃないかって。夫もその意見に賛成でした。なので、陽太には水泳しかやらせておらず、勉強はほぼしていなかった。それでも、学校のテストはいつも90点以上だったので、『この子は出来がいい』と信じていたんです」
ところが、淳美さんの気持ちは徐々に中学受験へと傾いていく。
「そうこうしているうちに、アッという間に5年生の秋を迎えたんです。私はその年にPTAの役員を引き受け、お母さん同士で話をする機会が増えたんですが……もう驚いてしまいましたよ。受験組の子が塾に行くのはわかりますが、公立中学に行く非受験組の子たちも、ほぼ全員塾に通っていることが判明したんです」
淳美さんによると、非受験組の子たちの大半が高校受験を見据えた塾に通っており、さらには英検取得などを目指し、英会話教室などにも行っていることがわかったという。
「非受験組の皆さんが涼しい顔で『スタートダッシュでつまずいたら、内申が取れないから、先取りは必須よね』とおっしゃるんです。陽太が公立中学に行った場合、この子たちと内申競争をしないといけないのかと愕然としました」
私立中の文化祭に驚き! 「すごい設備に圧倒されました」
ちょうどその頃、近所で仲良くしていた先輩ママに「よかったら、ウチの子の文化祭に来ない?」と誘われた淳美さん。先輩ママの子どもは私立中学に通っており、興味をそそられた淳美さんは、陽太君を連れて出向いたという。
「すごい設備にまず圧倒されました。人工芝の広い校庭、豪華なカフェテリア、『図書館』と呼べるほどの蔵書数を誇る図書室。1人1台iPadを持ち、電子黒板を使った授業は当たり前。さらに実験室が豊富にあり、研究発表を覗いてみたら、『これが中学生レベル?』と思うほど高度で、驚きました。それに、学内にいた高校生たちは『THE青春』といわんばかりの輝きを放っており、思わず見惚れてしまったんです」
さらに淳美さんは、先輩ママから、大学入試への手厚いサポート体制を聞き、一気に心が揺れたという。
「これが私立かぁ……って思いました。陽太も『俺、ここに入りたい!』というものですから、先輩ママに『ウチも中学受験させようかな』と相談してみたんです。すると『私は大満足している学校だけど、偏差値はお世辞にも高いとは言えないから、狙い目かもよ! 頑張れ!』と言われ、その気になりました」
塾なしの中学受験を決意も……入試問題の難しさに衝撃!
ところが、淳美さんは思わぬ壁にぶつかったそうだ。
「ウチの最寄り駅の近辺には大手受験塾がいくつかあるのですが、どこも定員があって入塾できず。唯一、入塾テストをしてくださった塾では『今からではちょっと……』と遠回しに断られてしまったんです。まさか塾に門前払いされてしまうとは思ってもみませんでした」
中学受験を目指す場合、新小4(3年生の2月)になる段階で入塾するケースが一般的。しかし近年、特に東京では入塾時期の低年齢化が進んでいて、3年生の段階で入塾する子が約25%もいる状態だ。当然、定員があるので、高学年になると(よほど地頭が良い子は例外だが)、陽太君のように入りたくても席がないという状況も出てくる。
「受験塾がダメとなると、選択肢としては個別教室か家庭教師になると聞きました。でも月謝がかなり高額で……我が家の場合、夫の一馬力しか収入がないため、断念したんです。『それならば、私が教えればいいわ』くらいな感じでした」
そこで淳美さんは、中学受験用のテキストや問題集をネットで入手して、“ママ塾”を開いたという。
「今の入試問題って難しいんですね。『これが小学生レベルなんだろうか』と本当に驚きました。私が解くだけでも四苦八苦なのに、陽太に理解させられるわけもなく、『やっぱり、ママ塾ではダメだな』と思い、今度は夫がパパ塾をやり出したんです。でも、陽太の反抗的態度を見て、ブチギレるという有様で、家庭の雰囲気も本当に悪くなりました」
中学受験も下位校にしか合格できず、公立中に進学することに
そんなこんなをやっているうちに陽太君は6年生になった。
「やっぱり、中学受験をやめようかなと思っていたんですが、ちょうどその頃、陽太から『塾に行けないから、合格は無理だ』と言われたんです。親が塾代を惜しんだために、受験もできないとなると、やっぱり陽太にも私にも悔いが残るんじゃないかと思い、私の貯金を切り崩して、半年間だけですが、個別塾に行かせました」
結果、先述した先輩ママの子どもが通学する学校は不合格。いわゆる下位校と呼ばれる学校の合格しかもらえなかったという。
「めちゃくちゃ悩んだんですが、陽太は公立中学に進学することにしました。やっぱり偏差値が低いのが気になっちゃって……。今度は、公立中学で内申との戦いになるのかと思うと、正直、うんざりなんですが、今度こそは塾の入塾戦争に勝てるよう、入学前ですが高校受験塾への入塾手続きをしてきました。私も塾代を稼ぎにパートに出るつもりです」
現在、中学受験にはさまざまな意見があり、淳美さんが当初感じていたような「勉強漬けの子どもらしくない毎日」を懸念する声も確かにある。その反動だろうが、近年では「ゆる受験」という言葉もある通り、思考力型入試といった新タイプ型入試に挑戦する層も目立つようになってはきている。しかし、それとていきなり受験して受かるほど簡単なものではない。入試には違いないので、それなりの対策は必要なのだ。
結局は、どの道に進もうとも、親の戦略は必要であり、近年では年々、その対策のスタートが早くなっている。やはり、中学受験を考えるなら、早めに準備を始めたほうが満足のいく結果になる確率は高まるのかもしれない。
けれども、陽太君が合格を目指して頑張ったことも、また事実。塾なしで自宅学習を頑張ったことも、ラストスパートで個別塾に通ったことも、決してムダではなく、中学受験の経験は彼の財産になっているはずだ。
そんな陽太君だが、志望校に受からなかったことへのダメージは意外になく、公立中の入学式を楽しみにしているという。彼の中学生活が実りあるものになることを祈っている。
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