歴史エッセイスト・堀江宏樹氏が今期のNHK朝のテレビ小説『虎に翼』を史実的に解説します。
目次
・涼子と玉、寅子と花江――女性同士の共同生活は昔のほうがよくあった?
・財産税に苦しめられたのは「特権階級」だけではない?
・最高税率は90%! 財産と身分を同時に失った旧皇族の惨状
・新潟の別荘しか手元に残らなかった設定はリアル
涼子と玉、寅子と花江――女性同士の共同生活は昔のほうがよくあった?
NHKの朝ドラ『虎に翼』、前回にコラムを書いてからかなりの変化が見られました。ヒロイン・猪爪寅子にとっては明律大で学んだ仲間で、桜川男爵家の令嬢・涼子と、その召使だった玉との新潟での再会には驚かされましたよね。
涼子と玉については、予測したよりもかなり遅れての登場でしたが、再登場した二人が単なる主従関係をはるかに超えた絆で結ばれている点には感動を覚えました。また、改めて『虎に翼』というドラマが、「攻めている」と感じさせる一幕だったとも思います。
もともとドラマの中では、東京の猪爪家も、実質的には外で働いてお金を稼いでくるという意味で「夫」の役を寅子が、そして家で家事全般を取り仕切る「妻」の役割を花江がこなしていましたよね。そういう家族の「多様性」とは現代的なテーマであるように感じてしまいがちですが、寅子と花江、もしくは涼子と玉のように強い絆で結ばれた女性同士の共同生活は、実は昔のほうが比較的よく見られていたのではないかと思ったものです。
日本史の中では、身分に関係なく、初潮を迎えた時点で、女性は結婚適齢期を迎えたと考えられ、異性との結婚を勧められるのが常でした。しかし、夫と死別したり、何らかの理由で結婚生活が続けられなくなって離別したり、そもそも男性との暮らしが肌に合わない女性というのもたくさんいたのですね。
ドラマの涼子は、桜川男爵家のあとつぎ娘でしたから、アル中気味の母上から世継ぎの誕生を強く求められ、同じ華族階級の婿養子を迎えたりしていたのですが、その夫とは「最後まで本当の意味の夫婦にはなれなかった」と語っていたので、「なるほど」と思ってしまったのです。まぁ、涼子の母も「誰の子でもいいから産みなさい……」とか言ってることがメチャクチャで苦笑してしまいましたが、それも考えれば、男爵家の莫大な財産を守っていくための方便ではあったはずです。
財産税に苦しめられたのは「特権階級」だけではない?
しかし戦後の1946年(昭和21年)11月11日、「財産税法」が発布されたことによって、すべては終わってしまったと考えられるのですね。
終戦処理にかかる経費の調達や、インフレ抑制を目的とした「財産税」は、戦前日本の特権階級だった華族・皇族などが没落するきっかけとなったと一般的に認識されています。しかし、財産税の対象となったのは、所有する財産が当時の額面で10万円を超えている個人全員だったのでした。
当時の感覚では、町中にいくつか不動産を持って、賃貸業を行うような大家さんたちまで財産税には泣かされたという話が残っているので、財産税に苦しめられたのは必ずしも「特権階級」だけではなかったのです。
当時の10万円を、現在の貨幣価値に直すと「1億円」程度とする説が一般的ではあるのですが、消費者物価指数(CPI)の平均上昇率から考えると、1946年~2023年の物価の上昇率は400倍なので、「4000万円」程度になるともいわれています。思ったより財産税の対象層が広く、驚いたのではないでしょうか。
1億円と4000万円の間を取った7000万円くらいが、現代ならばリアルな数値といえるでしょうか……。現在の東京都では、多少広い新築マンションを住まいとして所有している方でも、十分に財産税の対象になりえていたわけですね。しかも財産税の課税対象は預金などだけではなく、各種有価証券や土地、さらには先祖代々の骨董品など実に幅広いのでした。
最高税率は90%! 財産と身分を同時に失った旧皇族の惨状
財産の評価額が「10~11万円」なら「25%」、「11~12万円」が「30%」……と、持っていれば持っているほど税率がぐんぐんと上がっていき、納税は「現金払い」か「物納」がルールでしたので、不動産が主な財産の場合は、住まいを売り払って、税金を支払わねばならなかったのです。
なかなか過酷な制度ゆえに、田舎のちょっと金がある家などは値段が張りそうな宝石、現金、仏像(!)などをズタ袋に入れて土中に埋め、なんとか取り立てから逃れたとか涙ぐましい裏話もありますね。
ちなみに最高税率は、当時の額面で1500万円以上(現在の60億円以上)の資産に掛けられたついては、なんと90%をが没収という凄まじいものでした。以前、サイゾーウーマンの皇室連載で少し触れましたが、戦前日本の貧しい庶民とくらべると、その625倍ものぜいたくな生活が約束されていた梨本宮家の伊都子妃によると、全財産の4分の3が奪い取られる体感があったそうです。
戦中は強気だった伊都子(元)妃の日記にも「ここにも敗戦のみぢめさをひしひしとこたへる(昭和21年/1946年7月29日)」という嘆きが見られるようになりますし、財産と身分を同時に失った旧皇族の家のスカスカになったお蔵から、伊都子(元)妃の夫である梨本宮守正(元)王の冬用のスーツやら、毛糸のパンツまで盗まれて、着るものもないので昭和天皇が自分の衣服を分けあたえた、という惨状となりました。
現在でも皇族方のお勤め先として知られる「山階鳥類研究所」の代表を当時勤めていた山階芳麿博士も、東京・渋谷にあった本邸は戦災で焼け落ちてしまったし、その土地も財産税の支払いに当てられたので、横須賀の久留和の別荘でなんとか(電話代が払えなくて電話を止められたりしながらも)暮らし、さらに残った土地を売り払って鳥類の標本のコレクションの物納だけは避けたという話が伝わっています(「山階芳麿 私の履歴書」)。いうまでもなく、芳麿博士は旧皇族の出身でいらっしゃいます。
新潟の別荘しか手元に残らなかった設定はリアル
こうして見れば、財産税徴収はけっして特権階級だけを泣かせた話ではなかったといいつつも、資産家の皇族・華族にとっては災難中の災難といえる出来事だったと思われますね。
まぁ皇族はともかく、華族は全員が資産家であったとは限らず、学習院の学費にも事欠く公家華族などがいたのも事実ではあり、そういう家庭は財産税の対象ではなかった可能性もあるのですが……。
ドラマの中の桜川家の資産も、どの程度の規模だったかはわかりませんが、そのお屋敷として東京・北区の「旧古河庭園」の洋館がドラマには映っていました。あれだけで現在ならば何十億円以上の価値でしょうから、財産税の支払いは「500万円から1500万円(現在の20億円~60億円)」に課された税率で「85%」が没収されてしまったのではないかと考えられます。
それゆえ、ドラマでも描かれたように新潟の別荘しか手元に残らなかった涼子というのは、非常にリアルな設定だと感じましたし、それでも空襲で足腰が不自由になった「親友」玉のために、別荘を売り払い、カフェレストランを営める不動産を買いとったというのは相当な決断だったはずです。やはり本当のお嬢様は強いなぁと感じ入ってしまった筆者でした。