“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける” ――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。
目次
・「助けてほしい」妹からの連絡
・母のプライドと妹の不満
・入院は、母にとって最後のチャンス
・今度は自分が母を考える番だ
「助けてほしい」妹からの連絡
松丸佳代さん(仮名・62)の母サチヨさん(仮名・88は、自宅で骨折したが、入院してリハビリに励んで回復、自宅に戻った。しかしサチヨさんの状態は急激に悪化。サチヨさんは再び入院してリハビリをしたいと希望したが、いったん回復してもまたすぐに元に戻ってしまうのではないかと危ぶんでいた。
前編はこちら
本当はもう自宅に戻るのは難しいのではないか。施設入所を検討する時期なのではないか――。そう考えていたとき、妹から連絡が来た。
「助けてほしい」と。
妹の話を聞いてみると、想像以上にサチヨさんの状態が衰えていることがわかった。
母のプライドと妹の不満
「認知症ではないのですが、排泄の失敗が多くて、妹はそれが一番ストレスだったようです。足が悪くて、トイレに間に合わなくて、あちこちで粗相をしていたと言うんです」
妹の不満はそれだけではなかった。サチヨさんは妹より、時々しか帰って来ない松丸さんのほうを頼りにしているのも我慢できないと言われた。
「たまに帰って来て、母から『お姉ちゃん、お姉ちゃん』と言われてるお姉ちゃんはズルいと責められました。毎日世話をしている私はいったい何なんだと。確かにそう思うのももっともです。私が母にばかり気を取られて、妹の心情を察してあげられなかったと反省しました」
それでも、サチヨさんの希望は無碍にはできない。頭はしっかりしているし、プライドも高いから、リハビリを頑張れば元のように戻ると信じている。この高いやる気をくじくようなことはしたくない。
「妹は母にショートステイでもいいから行ってもらって、しばらく一人になりたいと言っています。それで、母にショートステイを提案したのですが、ショートステイではリハビリがないからイヤだと断わられました。リハビリをしているということが母のプライドなのかなと思います」
入院は、母にとって最後のチャンス
知り合いの医療関係者に相談すると、「リハビリ強化入院」と「レスパイト入院」という方法があると教えてもらった。リハビリ強化入院では、専門職が身体機能を評価し、運動指導や栄養指導をしてくれる。身体機能の回復だけでなく、退院後も続けられる運動の習慣も身につけられるというのが魅力的だった。これはまさにサチヨさんが望んでいるものだろう。
一方、レスパイト入院は、介護をしている家族が疲れてしまい、介護ができなくなるのを予防するための入院だ。だからこれはサチヨさんのためではなく、妹のため。
一時的ではあっても、妹がサチヨさんと離れられるのは何よりだ。そのためにも、やはり今はサチヨさんの希望通り「リハビリ強化入院」を選択するのが最善の策だという結論に達した。
知り合いの医療関係者は、この方法を示してくれはしたものの、サチヨさんの年齢と状態から考えると、施設を検討するときかもしれないとも助言してくれた。だから、今回の入院は、サチヨさんにとっては最後のチャンスと言ってもいい。
サチヨさんの意欲が高いのは決して悪いことではない。自宅で暮らすには体がキツいのも、リハビリが楽ではないことも、サチヨさんは十分わかっているのだと思う。ましてや3階まで自分の足で上り下りしようという気持ちは、見上げたものだと思う。さすが、母だと尊敬もしている。
それだけではない。サチヨさんは施設に入って、お金を使うことにもためらいがあるのだ。
今度は自分が母について考える番だ
「母は独身の妹のために、少しでもお金を残してあげたいと思っているんです。仕事で精神的に参ってしまい、ずっと働けないでいる妹は生活のほとんどを母の年金に頼っていますから、妹の先行きを気にかけているのでしょう」
松丸さんも妹のことを大事に思う気持ちはサチヨさんと同じだ。ズルいと言われて、妹の孤独を痛切に感じた。今は妹の負担を少しでも減らしたい。ひとまず今回はレスパイト入院を選択しよう。その間、サチヨさんのこれからのことを考えよう。
「実家近くの施設を探すか、うちの近くの施設を探すのか。それともいっそ、うちに来てもらうか。住み慣れた土地から離れて、母の今の意欲が失われてしまうのではないか。考えることはたくさんあって、少し落ち着いて検討したいと思っています」
サチヨさんにはたくさん助けてもらった。結婚して実家を遠く離れてからは、助けてもらってばかりだった。ずっと母のそばにいてくれた妹にまかせっぱなしにしていただけに、今度は自分がやる番だ。そう覚悟している松丸さんだ。