【サイゾーオンラインより】
11月7日より劇場公開中のアニメ映画『トリツカレ男』が大きなムーブメントを起こしている。公開当初は興行的に苦戦したものの、SNSでの大絶賛コメントが相次ぎ、2週目からは首都圏の劇場で満席または満席に近い上映回が続出したのだ。
その後も「評判が良く観てみたら大当たり」「多くの絶賛評で上がっていたハードルをしっかり超えてくる素晴らしい映画」など、高評価のレビューを受けて劇場に足を運ぶ人が増え、「映画.com」および「Filmarks」では4.2点(11月28日時点)と、レビューサイトでもハイスコアを維持し続けている。
多種多様な感想があることを前提として、「ここまでとは思わなかった」「観る前は好みに合わないかと思っていたけど観てみたら最高だった」といったおおむね好意的な反応が寄せられている同作は、口コミ効果によるロングランが期待できる一方で、初動のつまずきが影響したのか、残念ながら11月27日に上映終了となった劇場もあり、首都圏での上映回数も限られたままだ。
ただ、老若男女が分け隔てなく楽しめる内容であるし、「劇場で観るべき作品」であることも間違いない。ありとあらゆる映画よりも最優先で観ていただきたいと感じる理由についてまとめていこう。
Aぇ! group・佐野晶哉と上白石萌歌がほぼ満場一致で絶賛される理由
『トリツカレ男』の基本的なあらすじは、何かにトリツカレたように夢中になってしまう青年・ジュゼッペが風船売りの女の子・ペチカに恋をし、一途に奮闘するラブストーリー。そして、ほぼほぼ満場一致で絶賛されているのが、ジュゼッペ役を務めたAぇ! group・佐野晶哉の演技と歌唱だ。
レストランのウエイターのジュゼッペは、何かにトリツカレると他のことが目に入らず、仕事中にもかかわらずレストランで歌って踊ったりもする、言葉を選ばずに言えば「やべーやつ」だ。ほとんどの場面でテンションが高い一方、恋に耽溺した時には声のトーンが極端に低くなったり、さらには終盤の「病的」「狂気的」な一面をも、佐野は演技そのもので見事に表現していた。
劇団四季の舞台に子役として出演していた経験も生かされていたのであろう、伸びやかな歌唱も文句のつけようがない。さらに聴きどころなのが、ペチカ役の上白石萌歌とのデュエットで、中盤は2人が仲良くなっていく楽しさが歌声そのものから伝わるし、終盤の歌唱シーンは物語の盛り上がりと相まって感涙する人が続出するのは当然だ。
11月23日に新宿ピカデリーにて開催されたトークイベント付き上映会で、原作者のいしいしんじ氏は「佐野さんはマイクの前で急に踊り出して、ジュゼッペの声そのものみたいになっていました」「上白石さんは、例えばセリフの『リンゴ5つと』の『と』の言い回しを何度も練習していました」「その風景は、楽器が自らチューニングしているみたいで、そんなふたりの天才が声を吹き込む現場に立ち会って、今すごいことが始まっている!」と、アフレコ現場の様子を振り返り、絶賛していた。
その2人の天才の歌声は、音響の優れた劇場で「体感」してほしいと切に願わずにはいられない。加えてミュージカルシーンの演出と編集が素晴らしく、「スクリーン映え」をする映画でもあるのだ。だからこそ、早く映画館へ駆けつけてほしい。
観る前に賛否あったキャラクターデザインが「最高」に
もう1つ傾向としてあるのは、「観る前は惹かれなかったキャラクターデザインだけど『正解』だった」「このキャラデザじゃないとダメだとわかった」などと、事前にビジュアルで敬遠していた人たちの反応が本編鑑賞後に一変すること。中には「『キャラデザが……』とか『コレが主人公ぉ?』とかひとしきりディスってから劇場に見に行ったら泣き土下座して謝罪する経験ができる感じの名作ですマジで」との声もあるほどだ。
確かに、極端なまでに「顔のパーツや体つきがカクカクした」キャラクターの見た目は、昨今の「実物に近い」アニメのそれとは全く異なる。だが、本編を観れば「絵本のような温かさがある」「この個性的な見た目だからこそ現実離れした物語の説得力を底上げしている」など、「このキャラデザだからこその魅力」があることがわかる。
キャラクターデザインおよびビジュアルディレクターを担当した荒川眞嗣氏が、通行人や店の客などのモブキャラクターまで監修をしたからこその、「キャラクターがこの世界で生きている感覚」を得られるようにもなっているのだ。
なお、制作を手がけているのは、国民的アニメ『クレヨンしんちゃん』(テレビ朝日系)で知られるシンエイ動画。思えば、『クレヨンしんちゃん』もまた、本作と同じように極端なまでにカクカクした見た目の時もあるではないか。しかも、監督を『映画クレヨンしんちゃん』シリーズの中でも傑作とされる『ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』(2014年)と『謎メキ!花の天カス学園』(21年)で知られる高橋渉氏が務めており、それらと同じく躍動感のあるアクションの見せ場にも唸った。
とにかく、『トリツカレ男』は「見た目で損をしている」といった言葉は失礼でもあり、実際の本編を観ればこそ「この見た目こそが最高なんだ!」と思えるのは間違いない。それは静止画や予告編の一部だけでは絶対に伝わらないことなので、本編を観て確認していただくしかない。
『トリツカレ男』というタイトルも「正解」
さらに、本編を観て印象がガラリと変わるのは『トリツカレ男』というタイトルだ。実際に高橋監督は原作を渡された時に「ホラーなのかな」と思ったそうだが、読んでみると「タイトルからは想像もつかないような物語でびっくりしましたね。コメディ、恋愛、友情、サスペンスなどいろんな要素が入っているのにまとまりがあって、一気に読んでしまいました」と語っている。
しかも、ネタバレになるので詳細は記さないでおくが、実はこの「トリツカレ男」というタイトルには「隠された意味」がある。実際に「タイトルのダブルミーニングにやられたな」「最後に別の意味でタイトル回収してくれるのは見事」という声が並んでいるのだ。
だからこそ、この『トリツカレ男』が、「今風にもっと売れそうなタイトル」に変えられなくて良かったと、心から思う。ビジュアルだけでなく、人によってはホラーと思われそうなタイトルもまた敬遠される原因になってしまったのかもしれないが、「このタイトルが最高なんだ!」となるのだ。その本質的な理由はネタバレ厳禁なので、やはり観ていただくしかない。
「トリツカレ仲間」はもっと増えていく
前述のトークイベント付き上映会で、高橋監督は「熱いコメントを書いてくださったり、何度もご覧いただいたり、すごく愛される映画になって、監督冥利に尽きます」、いしい氏は「監督、スタッフのみなさん、そしてご覧いただいたみなさんも、こんなにもトリツカレていただいてありがとうございました。トリツカレ仲間を増やしましょう」などと、感謝の言葉を述べていた。
こうした言葉からわかる通り、劇中の何にでも夢中になるジュゼッペと同じように、本作を観た多くの人がトリツカレて、何度も劇場に足を運ぶリピーターとなったり、まだ観ていない人にも強くオススメするというムーブメントが起きているのだ。まだ観ていない人も、ぜひトリツカレ仲間になってほしい。
※高橋渉氏の「高」は「はしご高」が正式表記