アメリカでは11月の第3木曜日はサンクスギヴィングこと感謝祭だ。去年はコロナ禍で中止されたニューヨーク名物の感謝祭パレードが、今年は見事に復活した。毎年、パレードの中継をチラ見しながら感謝祭ディナーの料理をするのが習慣のわたし。今年もキッチンとリヴィングを往復しながらテレビの画面を見ていると、「アイダ・ツイスト」のバルーンが登場したではないか! パレードには定番のキャラクターに加え、毎年、新たに人気者となったキャラクターのバルーンが追加されるのだ。
Ada Twist, Scientist just made her grand debut in the Macy's Thanksgiving Parade! pic.twitter.com/cj7ffpIzbC
— Netflix (@netflix) November 25, 2021
アイダは絵本から生まれた科学者の女の子だ。すでに邦訳版も出ている「せかいはふしぎでできている!」がベストセラーとなり、ネットフリックスでアニメ化され、さらに人気が広がった。仕掛け人はバラク・オバマとミシェル・オバマだ。夫妻はハイヤー・グラウンドという名のプロダクション会社を興していて、すでに映画、アニメ、ポッドキャストなど何本もの作品を世に送り出している。さすがである。
「せかいはふしぎでできている!」
絵本は社会の反映
久しぶりにアイダの原作絵本を引っ張り出して読み直してみた。なんと楽しく、テーマも、文章も、イラストもリッチな作品であることか!
実は絵本好きが高じて「週刊読書人」という書評新聞にアメリカの絵本についての連載コラム「American Picture Book Review」を書いている。かれこれ5年近く続き、これまでに57冊を紹介してきた。
週刊読書人
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毎月1冊の絵本を選ぶのは楽しい作業ではあるけれど、2つのルールを定めている。ひとつは「アメリカ社会を写し取った作品」であること。もうひとつは「マイノリティの子供が主人公」なこと。マイノリティとは人種民族だけでなく、障害者、LGBTQ+、宗教などを含む。
万国共通の普遍的な子供のあり方を描いた絵本には素晴らしいものがたくさんある。そうした作品はどの国の読者からも共感を得やすく、日本語に訳されるものもある。そうした作品はあえて避け、アメリカならではの社会事情を含んだ絵品を紹介している。
マイノリティの子供を選ぶのも同じ理由だ。アメリカでは過去、多くの作品が白人の子供(キリスト教徒、健常者、非LGBTQ+であることが言外の前提となっている)を主人公にしており、その中から名作絵本が読み継がれてきた。近年、ようやくマイノリティの子供をフィーチャーした作品が出版されるようになった。そうした作品は自ずと現代アメリカの社会事情を色濃く含んでいることから、日本に伝える価値があると考えている。
とはいえ「絵本」だ。絵が素晴らしい。可愛い。直感的に惹き付けられる。作品を選ぶ第一条件は、実はこれに尽きるとも言えるのだけれど。
以下、「せかいはふしぎでできている!」を含む、わたしの大好きな絵本を何冊か挙げてみる。
『OUTSIDE, INSIDE』(家の外、家の中)
『Outside, Inside』(Roaring Brook Press) まずは本作。コロナ禍のロックダウンをテーマとした絵本だ。読後にしんしんと胸に迫るものがあったのは、コロナ禍初期に大打撃を受けたニューヨークに住むわたし自身の体験が、そのまま描かれているからだろう。
ある街がロックダウンとなり、それまで「outside」にいた人たちが皆「inside」で暮らすようになる。静まり返った街。外で働いているのは病院の人や警察の人のみ。けれど家の中では皆、それぞれに工夫を凝らし、助け合って生きている。その様子を、唯一、街を自由に出歩ける黒猫の目を通して描く。
文中に「コロナ」の言葉は出てこない。病院のシーンはあるものの、「マスクをしましょう、手を洗いましょう」といった啓蒙もない。前代未聞の事態に見舞われてしまったわたしたちの、生き方そのものを問う作品なのだ
街の多くの人が亡くなったことを繊細な描写で示す絵がある。大人ですらうっかり見過ごすかもしれないこのページを、子供たちは気付くだろうか。どう受け留めるのだろうか。
一貫して静かなトーンながら、絶望の作品などではない。子供向けだからと甘い描写をしていないだけ。最後の綴じ込みのページを開くと、そこには希望が満ち溢れている。
『ジュリアンはマーメイド』(Julian is a Mermaid)
『Julián Is a Mermaid』(Candlewick Press) 邦訳版も出されているLGBTQ+絵本の傑作。LGBTQ+の優れた作品に贈られるストーンウォール・ブック受賞作品。
ニューヨークのコニーアイランドで開催される恒例のマーメイド・パレード。あでやかな人魚の姿となって参加する人たちを見た男の子ジュリアンは、自分も人魚になりたくて、こっそりとおばあちゃんの口紅やレースのカーテンで装ってみる。
その現場を見たジュリアンのおばあちゃん、一瞬「!?」な顔付きになるもジュリアンの手を取り、マーメイド・パレードに連れて行く。豊かな想像力でマーメイドに化身するジュリアンを、あるがままに受け入れたおばあちゃん。もしかするとこの絵本の主役は、大きなハートを持つおばあちゃんなのかもしれない。
イラストも素晴らしく、キュートなジュリアンはもちろん、おばあちゃんの大胆なファッションも要チェック!
『Hear My Voice/Escucha mi voz』(私の声を聞いて)
『Hear My Voice』(Workman Pub Co) 表紙に描かれている赤茶色い鉄柱と有刺鉄線は、トランプがメキシコとの国境に作った「壁」だ。
本作は、メキシコ側から国境を超えて米国に入った瞬間に親と引き離され、子供だけの移民収容所に入れられた子供たちへの聞き取り調査を元に作られている。本文は子供たちの言葉を引用。アメリカに来ざるを得なかった理由、親と引き離された経緯、食事の量の少なさと飢え、セメントの寝床の冷たさ、男女混合房の壁のないトイレ、職員の凄まじい暴言などが切々と綴られている。
非人間的な極限状態の中で年長の子が幼い子の面倒を見、まるで実の家族のようにサバイバルしている。読み続けるのが辛い内容ではあるけれど、それでも収容所の子供たちはアメリカへの希望を口にする。
自身が移民、または移民の親を持つ子供であれば胸に突き刺さるはず。"アメリカ人"の子供が読めば、自国アメリカがいったいどういう国なのか、考えずにはいられないだろう。
絵は見開きごとに異なる17人のラティーノの画家が手掛けており、現代ラティーノ作家の画集とも言える。カラフルな絵が多く、絵本に力強さと希望を添えている。前から読むと英語、裏側から読むと同内容のスペイン語版。
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『We the Kids: The Preamble to the Constitution of the United States』
『We the Kids』(Puffin Books) 合衆国憲法の前文は「ウィ・ザ・ピープル」(われら合衆国の国民は)で始まる。それを「ウィ・ザ・キッズ」(われら合衆国の子供は)に置き換え、憲法の理念を子供たちにわかりやすく、かつユーモラスに教える絵本。
アメリカ合衆国憲法・前文:
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
子供たちが犬を連れてキャンプに向かう道程を「より完全な連邦を形成」「国内の平穏を保障」など、前文を節ごとに分けて描いている。全体を通して読むと、自由、正義、平和を維持するにはルール(法律)や自衛(米軍)が必要であり、自分が共同体の一員と自覚し、努力をすれば、アメリカは自分を守ってくれる国であると学ぶ。そこには星条旗に表される誇りも滲む。
アメリカの理念、理想をコンパクトに凝縮してある。違和感を覚える人もあるかもしれないけれど、これがアメリカという国が、アメリカの子供を、アメリカ人として育てる際の土台なのだ。
『The Night Dad Went to Jail』(パパが刑務所に連れて行かれた日)
『The Night Dad Went to Jail』(Picture Window Books) 刑務所大国アメリカには、親が刑務所にいる/いたことのある子供たちが大量にいる。この絵本の但し書きには、なんと「43人に1人」とある。
突然に親がいなくなり、しかもその理由が社会的、倫理的に許されない犯罪であった場合、子供たちは大きなショックを受け、不安、混乱、孤独感、行き場のない怒りに駆られる。この絵本は、そうした子供たちを「元気を出して!」「がんばろう!」と空虚に励ますことはしない。人生で最初に経験する大きな困難を乗り越えるための知識と具体策を伝えている。
ウサギの少年、スケッチの目の前で父親が逮捕されてしまう。スケッチの両親は別居しており、この日、スケッチと幼い弟妹は父親宅にいたという設定だ。
逮捕した警官、取り残された子供たちの面倒を一時的に見るソーシャルワーカー、知らせを聞いて駆け付けた母親が登場する。翌日、スケッチが登校すると、事件を知っていじめる級友がいる。怒りを見せたスケッチはスクールカウンセラーと面談させられる。後日、スケッチと母親は父親との面会に刑務所に向かう。
親が逮捕された子供に実際に起こる事柄を、順を追って描いている。子供に「これが君に起こった(またはこれから起こる)ことだ」と認識させる。それを基に今の気持ちの整理、今後の展望を考えさせる、いわば人生のガイドブックと言える。小学生が背負うにはあまりにも過酷な過程だが、このガイドブックが必要な子供が、アメリカには43人に1人いるのだ。
最後のページでスケッチはこう言う。「パパは懲役6年。また一緒に釣りに行けるのはずっと先。ボクはまだ少し怒ってる。でもパパを許す努力をしている。だってパパが大好きだから」
『せかいはふしぎでできている!』(Ada Twist, Scientist)
『せかいは ふしぎで できている!』(絵本塾出版) アイダは「なぜ?」を連発する好奇心旺盛な女の子だ。疑問に思ったことは解決しなければ気が済まない。家中をめちゃくちゃにしての「科学実験」に両親は途方にくれるものの、やがてアイダの好奇心を抑え込むことはできないと気付く。以後、両親はアイダを「科学者」と認め、応援する。
つまり、この絵本は子供向けを装いながら、親こそ読むべき作品となっている。もちろん子供、特に女の子にとって非常に有効な作品だ。作中に「女の子なのに」の文脈はない。「リケジョ」に相当する造語などなく、「ヤング・サイエンティスト」と呼ぶ。そもそも原題を直訳すると「科学者アイダ・ツイスト」となる。
さらにアイダが実験の結果を元に「思考を重ねる」シーンが描かれている。両親がアイダの本質に気付くのも実験を繰り返すからではなく、娘が思考する現場を目撃したからだった。
大人にこそ読んでほしい絵本
紹介したい魅力的な絵本はまだまだ無数にあるけれど、ひとまずここまで。
上記6冊の絵本のうち、キャラクターが動物なのは一作だけ。これには理由がある。最初に書いたように、アメリカでは長年、白人の子供、もしくは擬人化した動物を主人公とした絵本が大量に作られてきた。マイノリティの子供たちは、自身の姿を絵本の中に見い出すことができなかった。
ところが近年になって、マイノリティが主人公の絵本がようやく出版されるようになった。
まず、それぞれの人種民族特有の文化歴史、それを現代に引き継ぐ子供たちが抱える問題を取り上げたものがある。例えば、教科書には出てこない黒人の偉人伝、ネイティヴ・アメリカン側から描いた歴史、美しい形なのに「つり目」とからかわれるアジア系の悩みとプライド、ラティーノの移民問題……を描くのに動物は使えない。
他方、マイノリティの子供たちの日常も、マイノリティであることだけで埋め尽くされているわけではない。子供としての世界、子供としての夢がある。こうしたテーマを表すのに、これまでのように白人の子供、もしくは擬人化された動物を使う必要がもはや無くなったのだ。
アイダ・ツイストが黒人なのはそれが理由だ。アイダの絵本に黒人史もBLMも登場しない。アイダの科学への夢と情熱と実践だけが描かれている(アイダのお母さんの、アフリカン・テイストを取り入れた、とても洗練されたファッションは要注目だけど)。
黒人の子供が読めば「わたしも科学者になりたい!」となる。他の人種の子供が読めば、中にはすでに他人種へのステレオタイプを持たされている子がいるが、それを打ち壊してくれる。アジア系、ラティーノ、ネイティヴ・アメリカン、LGBTQ+、障害者などが登場する絵本も同様だ。
絵本とは、素晴らしい絵と、ごく限られた文字数で個々の子供の内面を深く表し、かつ社会を変える機能まで持つ書籍フォーマットなのだ。だからこそ、大人もじっくり時間をかけて読んで欲しい。きっと、きっと、新しい発見がある。(堂本かおる)