こんにちは、保安員の澄江です。
12月11日の夜、名古屋市南区にある大型ディスカウントストアの店頭にて、万引きを疑われたと主張する会社員の男(37)が自動ドアなど店内設備を破壊して逮捕されました。犯行時の動画を見ると、店頭の自動ドアを蹴り飛ばし、工具のようなものやのぼり旗の棒を振り回してガラスを割っているところが確認できます。10人ほどの警察官に取り囲まれても臆せずに長尺の棒を振り回して威嚇するなど、取り押さえられるまでのあいだ執拗に暴れており、その狂乱ぶりに呆れた人も多いでしょう。目撃者のインタビューによると、被疑者は「万引き犯みたいに疑いやがって」「テレビで過去にやっていたほかの事件と一緒だ」などと発言していたそうで、お店側にどれほどの落ち度があったのか気になります。
今後の展開を考えれば、身柄拘束のほか、被害店舗側から損害賠償請求されるのは必至で、実際に損をするのは被疑者だけといえるでしょう。短気は損気。どれほど不条理なことがあっても、無駄に暴れてしまえば、あとで嫌な思いをするのは自分なのです。
今回は、私の経験した誤認事故について、お話ししたいと思います。
当日の現場は、都内にある有名繁華街の端に位置する大型ディスカウントストアA。時間を問わず、人通りの絶えない街にある24時間営業のお店です。この日の勤務時間は、午前11時から午後19時まで。ホームレスの人や朝から酒に酔っている人たちの顔を眺めながら、商店街のアーケードを抜けて現場に向かい、出勤の挨拶を済ませて現場に入ります。
早速に巡回を始めると、店内のレイアウトが複雑すぎて、前半の勤務だけでも3人の見送りがありました。店の中央に大きな棚があるため、売場の半分が死角になっており、近づけば気付かれ、離れすぎれば見失うような状況でうまくいかなかったのです。恐れずに言えば、犯意を誘発するレイアウトといえ、店舗の良識を疑う気持ちにさせられました。
(早く挙げてラクになりたい)
見送りが続くと、自分の能力に対して疑問が生じてしまい、言い知れぬ焦燥感に襲われます。ましてや犯行の一部始終を現認して、あとは外に出るのを待つばかりという状況にまで至った後に、被疑者の姿を見失い逃げられてしまえばなおさらのこと。まんまと商品を持ち去られて、ひとりテンパってしまった私の前に、自然と次の不審者が現れました。白いフリースを着て、黒のロングスカートをはいた30代と思しきOL風の女性が、手にかけたルイヴィトンのバッグの中に化粧水を隠すところを現認したのです。
どことなく大沢あかねさんに似た女は、続いて高級保湿クリームを手にすると、まもなくバッグの中にねじ込みました。すぐにバッグのチャックを閉じて、平然とした様子で出口に向かって歩いていきます。
(まかれないようにしないと)
距離を開けぬよう、なるべく接近して追尾すると、出口手前のコーナーを一度左折して姿を隠した女が、急に踵を返して私のほうに向かって歩いてきました。おそらくは追尾を警戒しての行動だと思われますが、私の正体に気付いた様子はありません。目を合わせぬようやり過ごして、少し距離を取ってから追尾を再開すると、意味なく棚を一周した女は店の外に出ていきました。この上ない早足で距離を詰めて、後方からそっと声をかけます。
「店内保安で……あ、違う!」
「はあ?」
「いえ、すみません。間違えてしまいました。ごめんなさい、なんでもないです」
「保安って、あなた警備員? わたし、何も盗っていませんよ! どうぞ、見てください」
声をかけた瞬間、女性の持つバッグがルイヴィトンじゃないことに気付いて言葉を飲み込みましたが、保安という言葉が引っかかってしまったようです。怒りの導火線に火が付いたらしい女性は、多くの通行人がいる路上でバッグの中身を投げ出し、気が済むまで確認してくれと怒鳴りました。振り返れば、踵を返された時に誤信したようで、服装と髪型、バッグの色合いが同じだったことから被疑者だと思い込んでしまったのです。ごめんなさいと謝りながら、女性が放り投げたバッグの中身を拾い集めた私は、鬼の形相でにらみつけてくる女性に差し出しました。
「本当にごめんなさい! 人違いをしてしまいました」
「人を泥棒扱いして、冗談じゃないわ。店長を呼びなさいよ!」
「いえ、そんなつもりじゃ……。申し訳ありません」
事務所に向かい、どことなく嵐・櫻井翔さんに似ている店長に事情を説明すると、一緒に謝ってくれることになりました。出口脇で仁王立ちする女性に、深く丁重にお詫びしながら、店長につなぎます。
「この度は、不快な思いをさせて申し訳ありませんでした。人間違いしたみたいで、申し訳ございません」
「人間違いって、何よ? この人、保安員でしょう? 私、泥棒扱いされたのよ!?」
「保安員ではございますが、そのようなことは申してないと言っております。なんでも服装が似てらっしゃる方に用事があって、人違いで声をかけてしまったと。どうかお気になさらないでください」
さわやかかつ明確な店長の対応に、徐々に落ち着きを取り戻した女性が、突然にお許しの言葉を口にされます。
「あら、そうだったの。確かに、違うとしか言われてないかもしれないわ。でも、気をつけてね。私、この店好きだし、いい気持ちはしないから」
かろうじて場が収まり、立ち去る女性の背中を見送ってから事務所に戻り、改めて店長にお礼を述べて謝罪をします。すると、いままでの笑顔を豹変させた店長が、冷たい口調で言いました。
「今日は、これで帰ってもらっていいですか。料金は、請求通りに払いますから」
事の顛末を会社に報告して再度謝罪に参りましたが、あっという間に契約を切られてしまい、お許しいただけないまま現在に至ります。さすがに代金の請求は致しませんでしたが、自分の状態が招いた小さなミスが大きなことになってしまい、この世から消えてしまいたくなるほど辛い思いをしました。この時に味わった屈辱は、今も忘れていません。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)
本コラムを監修している伊東ゆうさんが新連載を開始しました。ぜひご覧ください。
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