こんにちは、保安員の澄江です。
一度は収まりかけた新型コロナウイルスの蔓延も、オミクロン株の猛威により台無しとされ、またしても日常生活に大きな影響が出てきました。仕事量の減少はもちろん、数多くの物品が値上がりしており、この先の生活に大きな不安を覚えています。
まもなく落ち着くと言い聞かせて、自分を奮い立たせておりますが、今年で私も68歳。仕事に対する熱意はあるものの、もはや風前の灯火となって、近頃は現場に立つことが億劫になってきました。それに加えて、近頃の万引きは悪質かつ凶悪化しており、声かけに対する恐怖心も増大しています。つい先日には、いくつかの食品を万引きした若い女に声をかけたところ突き飛ばされ、お尻に大きなアザができました。今回は、その時のことについて、お話ししたいと思います。
スーパーのポリ袋を異常使用する客が増加中
当日の現場は、都内下町のベッドタウンに位置する食品スーパーM。ドラッグストアや衣料品店、100円ショップなどが軒を連ねるショッピングモールの1階に入るお店で、ワンフロアの広い売場を有する万引き被害多発店舗です。
この日の勤務は、午前10時から18時まで。本来であれば、内部不正を防止するために身分は隠しておきたいところですが、慣れ親しんだ現場であるため、顔なじみであるスタッフの皆さんに挨拶をしながら事務所に向かいます。いくつかの捕捉を重ねてしまえば、自然と身バレしてしまうので、隠しきれないのです。
まるで相撲取りのような体躯をもつ店長のところまで挨拶に出向き、直近の状況を尋ねると、売場に設置されるポリ袋が頻繁に盗まれて困っていると嘆かれました。近頃は、コロナ対策のつもりなのか、どこのスーパーにおいてもポリ袋を大量使用する人が目につきます。
精算前にもかかわらず、ひとつひとつの商品をポリ袋に入れてからカゴに入れるほか、手袋やレジ袋代わりに使用する人が多いのです。なかには、設置されたポリ袋を丸ごと持ち去る人もいて、店長を通じて声をかけたこともありました。寿司コーナーのしょう油やワサビ、ガリといった提供品を大量に手に取り、ポリ袋に詰めていかれる人も数多く存在しており、その厚かましさには閉口するばかりです。
無料提供されるものを独占するような迷惑客にも注意を払いながら巡回を始めると、昼前になって、この場にそぐわぬ服装をした10代後半と思しき女性が目に留まりました。読者モデルのような派手なメイクをしたミニスカートにブーツ姿の少女が、長い金髪をなびかせながら店に入ってきたのです。周囲を見れば、子連れのヤンママか高齢のお客さんばかりで、その存在は店内で得意な雰囲気を放っています。
「不審者は、自然と寄ってくるもの」
昔、先輩に教わった言葉を思いだしつつ、なんとなく気になって見ていると、総菜売場に直行した少女はポリ袋をロールから切り取って、その中に焼肉弁当を入れました。続けて、野菜スティックとカスタードプリン、それにスムージー系のドリンクを手に取っては、ひとつずつ袋に詰めるという行動を繰り返します。袋の口を結びながら歩いていくので不審を強めて後を追えば、レジ列に並ぶことなく通過して、未精算の商品を抱えたまま出口に向かって歩いていきました。いわゆる、持ち出しという手口です。出口直前から速度を上げて、この上ない早足で外に出た少女の後を必死に追いかけ、そっと声をかけます。
「お店の者です。何かお忘れ……」
声をかけた途端に振り返った少女は、袖口をつまむ私の手を振り払って転倒させると、高いヒールの音を立てながら逃げ出しました。すぐに立ち上がって全力で後を追うも、お尻あたりに痛みを感じて、きちんと走ることはできません。あきらめることなく、左足を引きずるように追いかけると、左手にある団地群の敷地内に逃げ込む少女の姿を目撃しました。
警察に通報しながら後を追って、団地の敷地内を見回すも、すでに女の姿はありません。周囲の様子を見張りながら警察の到着を待つことにして、誰でも通行可能な中通路から各棟の入口を見て回ると、放置された自転車のカゴに盗まれた商品を入れたポリ袋が入っているのを見つけました。ここで待機することにして、まもなく到着した警察官に状況説明をしていると、この団地の住民らしい初老の男性が話しかけてきます。タレントさんに例えれば、「さらば青春の光」の森田さんに似ている感じの人です。
「何かあったの?」
「そんな大したことじゃないんだけど、ちょっと人を探しています」
詳しい説明を避けつつ、不安を抱かせないように応じる警察官に、不満気な顔をみせた森田さんが尋ねます。
「どんな人? ここに住んでいる人なら、大体わかるよ」
それならばと、警察官が逃走した女の人着を伝えてみると、みるみる顔を曇らせた森田さんが言いました。
「それ、ウチの娘だ。あいつ、何したの?」
「まだハッキリとは言えないんだけど、もしそうなら娘さんを呼び出してもらっていいですか?」
件の自転車を停めた建物とは違う場所にお住まいのようで、ひとつ隣の棟の入口から自室に向かった森田さんは、玄関口から大声で娘の名前を連呼すると、引っ張るようにして連れ出してきました。うなだれていて、はっきりと顔は見えませんが、間違いなく犯人の女です。
「この人です」
当たりであることを伝えると、すぐに女の脇を固めた警察官たちは、放置された盗品のところまで女を連れていきました。そこで犯行の認否を問われた女は、うなだれたままダンマリを決め込んでいます。
「やったなら、やった。やっていないなら、やっていない。はっきり言いなさい!」
「……ごめんなさい」
父からの取り調べに、勝るものはありません。ごめんなさいをしたと同時に泣き始めた女は、ぼろぼろと涙を流しています。驚きと失望、それに恥ずかしさが混在する複雑な表情で娘を見つめる森田さんは、両拳に力を入れて、何かを堪えているように見えました。
「なんで、そんなことしたんだ?」
「わかんない……」
「自転車のカゴに入れたのは、なんで?」
「怖くなったから……」
今回の被害は、計4点、合計で1,500円ほど。定時制高校の3年生だという少女に前歴はなく、森田さんがガラウケとなり商品代金も支払うというので、一度店に戻って店長に謝罪し、以後の判断を仰ぐこととなりました。
事務所に到着して、店長が現れるなり森田さんが土下座をして、娘も後に続きます。
「突き飛ばして逃げたのは悪質だから。どんなに謝られても被害届は出します。もう、やめてもらえますか」
親娘の懇願は叶わず、事件処理されることになった少女は、警察署に連行されることとなりました。森田さんは後で迎えに来るよう警察官に指示され、一旦は家に帰るようです。商品代金の精算時、森田さんに釣銭を渡す店長が、嫌味たっぷりに言いました。
「ポリ袋の使い方も、娘さんにご指導願えますか。ウチは出入禁止だから、関係ないかもしれないけど」
残業することなく帰宅して、入浴時に痛むお尻を確認すると、うっ血して真っ黒になっていました。病院で診断書を取るのは面倒だし、大事にせぬよう暴行についての被害申告はしていないので、泣き寝入りするほかありません。トイレに入るたび、両拳を握りしめた森田さんの姿を思い出し、痛みを堪える次第です。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)
※本コラムを監修している伊東ゆうさんが新連載を開始しました。ぜひご覧ください。
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