こんにちは、保安員の澄江です。
先日、とある報道番組で、米国ニューヨーク州のドラッグストアにおける万引き現場の実態を目にしました。摘発しても警察が満足に対応しないことから、警備員は余計なトラブルを避けるべく犯行を見逃しているようで、堂々と商品を持ち出されているありさまです。
頭を下げて店を出ていく万引き犯を、微笑みながら送り出す警備員の姿を見て我が目を疑う思いがしましたが、どうやら真実のようで世界の終焉すら感じました。この先の世界は、どうなってしまうのでしょうか。老い先短い私にできることなどありませんが、せめて現場の軒先で息絶えることなく、余生を穏やかに過ごせることを願うばかりです。
日本国内の外国人による万引き被害は相変わらずで、高額品を狙う換金目的の大量万引き被害は全国で頻発しています。昨今は、仕事の減少に起因する生活苦から、やむなく犯行を繰り返す外国人留学生も見かけるようになりました。特定の地域に位置する店舗においては相当数の外国人常習者が潜在しており、昨今のコロナ不況が追い風となって、その裾野は広がっているといえるでしょう。
今回は、昨年末に捕捉した外国人万引きの事例について、お話ししたいと思います。
当日の現場は、関東近県を走るローカル線の駅前に位置する総合スーパーS。食料品のほか日用品やコスメドラッグも扱う大きめの店舗で、その品揃えと値段設定が地域で評判の人気店です。本社が西にあるため、店長をはじめとする社員の多くが関西や四国方面の人で構成されている珍しいお店で、皆さんが言葉に気を使わないバックヤードにいると出張にきたような錯覚を覚えます。
この店に入るのは、かなり久しぶりのこと。裏の通用口から入って事務所に伺い、出勤の挨拶をするため店長を呼び出すと、どことなく亀田史郎さんを彷彿させる30代前半くらいと思しき色の黒い強面の男性が現れました。前に来た時とは違う方で、今回が初対面になります。
「おばちゃんが、今日のGメンはんか? ウチは主婦の常習さんもいれば、外人さんやホームレスの常習さんもぎょうさんおるから、あんじょうたのんますわ」
「はい、よろしくお願いいたします。捕捉があった場合は、こちらで大丈夫ですか?」
「うん、ここに連れてきたって。ガッツリ、シメたるから。ウチの鮮魚部長、万引き好きなんよ」
どうやら万引き対応は鮮魚部長が担当されているようで、その立場は店長より上のように聞こえます。万引きが好きという言葉の意味を問うてみれば、警察や万引きの実録番組がお好きで、警察や犯罪者との関わりを好む方のようです。そのような人は、たまにいるので、特に気に留めることなく巡回を開始しました。
(ああ、あの人ね……)
店内に入ってまもなく、巡回がてら鮮魚売場の調理場に目をやると、刺身包丁を片手にダミ声で指示を出す鮮魚部長の姿が確認できました。おそらくは50代前半くらいの方でしょうか。目つき鋭い精悍な顔つきは、昭和の大親分といった雰囲気で、包丁を持って構える姿からは説得力のようなものすら感じます。
(この人に怒られたら、きっと泣く)
そう感じさせるほどの威圧感が、体全体から発せられているような方で、強面の店長と並べば相当な威力を発揮するだろうと容易に想像できました。ここで結果を出せなければ、その威圧感を味わうことになる。知らぬ間に、自分が威圧されていることに気付いた私は、目を凝らして不審者の発見に勤しみます。
(ん? あの子、なんだろう?)
午前11時半過ぎ。いつにも増して集中していると、お昼のピークを迎えつつある店内で、20代前半くらいにみえる女性が目に留まりました。タレントの岡田結実さんに似ている顔立ちの整った美人さんが、この店一番の死角である酒売場でリュックを降ろし、商品らしき袋状の物を入れていたのです。その様を見れば、何かを隠したようにしか思えず、目を離さないことに決めました。
降ろしたリュックを左肩に背負い、左手にコートを下げた結実さんは、カゴを持たないまま総菜売場に向かって早足で歩いていきます。そこでグリーンサラダを手にしたあと、各売場でプレッツェル、フルーツスムージーを手に取って重ね持った結実さん。それらをコートで覆い隠して店の外に出ていきました。
(やっぱりね)
心の中で呟きながら結実さんの後を追い、リュックのひもを掴むと同時に、そっと声をかけます。
「こんにちは、お店の者です。お持ちのサラダとか、お支払いただけますか?」
「チガウ、ゴメンナサイ、イマハラウ」
近くで接してみると、思ったより大柄だった結実さんは外国人で、私を振りきって店内のレジに舞い戻ろうとしました。少し引きずられながらも両手でつかんで制止して、事務所で支払ってもらうよう声をかけながら、逆に押し込むようにして連行します。その道中、なぜか手を握ってくるので、これ幸いと逃走を阻止するべく握り返して対応しました。
「万引きです」
手をつないだまま事務所に入ると、パソコン作業の手を止めた店長から、応接室に結実さんを通すよう指示されます。コートの下にある未精算の商品をテーブルに並べてもらい、続いて身分証明証の提示を求めると、財布から外国人登録証を取り出してくれました。確認すれば、ベトナム人留学生だった結実さんは21歳で、店の近くにあるワンルームマンションでひとり暮らしをしていると、片言の日本語で話しています。
今回の被害は、計5点、合計で800円ほど。
一番初めに隠していたのは、袋詰めのパプリカで、盗品はダイエットに効果がありそうな食品ばかり。滞在期間に問題はないようですが、お金は一銭も持っておらず、警察を呼ばれてしまえば大事になる様相です。本人もわかっているのか、執拗に私の手を握ったまま、その場に膝をついて涙ながらに「ゴメンナサイ」と繰り返しています。
「なに盗ったん? ゼニはあんの?」
状況確認にきた店長が応接室に入ってくると、膝をついたまま方向転換した結実さんは、許しを請いながら両手で店長の手を握りました。それを嫌がることなく被害品を一瞥した店長は、手を握られたままデスク上にある電話の受話器を上げると、内線で鮮魚部長を呼び出します。
「なんや、またバアさんかと思ったら、若い姉ちゃんやないかい。珍しいのお」
床に座る結実さんを見て、毒気を抜かれた様子の鮮魚部長が、店長を睨んで言いました。
「おどれ、なに鼻の下伸ばしてるんや! とっとと、通報してこんかい!」
「はい、すみません」
慌てて手を放し、目の前の電話を使うことなく応接室を出た店長は、自分の席から通報を始めました。店長に代わって、鮮魚部長が結実さんの脇に立つと、すかさずに手を握られて縋りつかれます。
「おい、姉ちゃん。かわええ顔して、なんで盗ったん? 腹すいとったんかい?」
若くきれいな女性に手をつないでもらえたことが、よほどうれしいのでしょう。うるうるとした目で見つめる結実さんに、目じりを下げて声をかける鮮魚部長の顔は別人のようで、言ってしまえばかつてアジア諸国の夜の街で見かけられた日本人にみえました。
「おっちゃんに言ってくれたら、いつでもうまいもん食わしたるのに」
下心全開で口説いておられますが、日本語が理解できない様子の結実さんは、鮮魚部長の手を握ったまま祈るようにしています。
「これは、身柄(逮捕のこと)になるな。保安員さん、お時間は大丈夫ですか?」
しばらくして臨場した警察官は、被疑者が外国籍のためか逮捕する気満々でおられましたが、鮮魚部長の一言で状況が一変します。
「反省しているようやし、被害届は出さんでおきますわ」
結局、盗んだ商品を返却したうえで、彼女の居住確認をすることで事態は終結。日本語がわからないため状況を飲み込めず、警察官の手を握って泣き咽ぶ結実さん。それを見る鮮魚部長は嫉妬に燃えているようで、店を後にするまで粘着質な視線を送り続けておられました。
「Gメンはん、おつかれさん。今度、あの子見かけたら、ワシに連絡してくれるか」
「はあ……」
「メシ食わしたるって約束してもうたから、もし来たら頼むわ」
男はいくつになっても若い女性に弱く、手を握られるだけで、その立場すら忘れてしまう生き物のようです。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)
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『伊東ゆうの万引きファイル』