“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける”
――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。
自他ともに認める“スゴ腕”ケアマネジャーの野中瑛子さん(仮名・52)は、担当する利用者の家族までケアすることが多い。最近も難しい家族を担当した。松原種子さん(仮名・83)と清さん(仮名・85)夫婦、それに仕事がうまくいかなくなり、北米から帰国した次女の小百合さん(仮名・52)だ。
エリート一家だったが、清さんは認知症を発症しており、小百合さんも統合失調症と診断された。種子さんは小百合さんから暴力を振るわれ、さらには小百合さんに要求されるままお金を渡し続け、ついに多額の借金を抱えて自宅を売らなければならなくなった。
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「施設では父の人権が守られない」延々と演説する娘
野中さんが種子さん夫婦の担当になったのは、この頃だ。
「種子さんも足腰が弱って要支援となり、お二人の介護サービスを考え直さないとご家族の生活が回らない状況でした。ところがお二人のサービス担当者会議にも、小百合さんが同席して、介入してくるんです。インテリらしく議論好きで、口が達者なので、ケアマネも看護師も言い負かされてしまいます。英語が混じるので、またもっともらしいんですよ。清さんを施設に入所してもらってはどうかと提案しても、小百合さんが引っ掻き回す。『施設では父の人権が守られない』とか『その施設長の経歴を教えろ』『そんな施設は信用できない』と言ったり、『北米ではこんなに介護システムが整っている』と自慢したり。小百合さんの演説は延々続くので、私たちもすっかり参ってしまいました」
こうして種子さん夫婦の介護サービスを小百合さんがストップさせており、野中さんたちサービス提供者側もお手上げ状態だったのだ。
事態が動いたのは、小百合さんの姉が欧州から一時帰国した時だ。
「お姉さんと一緒に市役所に足を運びました。お姉さんと市の担当者、訪問医と私とで話し合って、種子さんと清さんを守るため、小百合さんを入院させるしかないということになりました。病院のベッドが空くまで待って、清さんはショートステイ、種子さんとお姉さんはホテルに緊急避難をしてもらって、小百合さんが一人でいる自宅に向かったんです」
使ったのは、民間の救急車だという。
「緊急性がない場合に搬送をしてくれる民間の搬送事業者があるんです。小百合さんが抵抗して暴れるようだったら力ずくでも搬送することになっていましたが、幸いその必要はありませんでした。小百合さんは民間救急車のスタッフに向けて、しばらく自説を展開していましたが、こちらが拍子抜けするくらい素直に車に乗ってくれたんです」
何が小百合さんの気持ちをやわらげたのかはわからない。車中で、小百合さんはスタッフにこれまでの人生を語ったと聞いて、野中さんは驚いた。
「出だしがよかったせいか、運ばれた病院も気に入ってくれたようです。北米で入院した病院は独房のようだったのに日本の病院はキレイだと言ってすっかり機嫌がよくなり、自分から進んで病棟に入ったと聞きました」
小百合さんの入院中、退院後の生活について話し合いがもたれた。小百合さんは、種子さん夫婦と離す必要があると判断し、小百合さんは生活保護を受けて一人暮らしをすることに決まった。
「いまだに種子さんは、自分たちのマンションに近い場所で小百合さんのアパートを探してほしいと言っていますが、それではまたこれまでと同じことになってしまうでしょう。互いに依存して、またズルズルとお金を渡したり暴力を受けたりすることになる。距離を置いたほうがいいと、種子さんに説得を試みているところです」
小百合さんの入院は両親の承諾によるものなので、入院費用も両親持ちだ。
「小百合さんが入院している間、種子さんもゆっくり休んで、落ち着いてこれからのことを考えてほしいと思っていますが、お金のことを考えるとそう長くも入院させられない。小百合さんが退院後どうなるかも、まだ気が抜けません」
小百合さんによって借金を重ね、富裕層の暮らしから、自分たちの介護費用もままならないほどになった二人が気の毒でならない。
「人一倍プライドも高いし、インテリのほうがタチが悪いと思いますね」と野中さんは眉を曇らせた。
野中さんの仕事はもはや単なるケアマネジャーの範疇を超えている。種子さん親子にとって、野中さんが担当してくれたのは幸運だったというほかない。
良くも悪くも、親と子、家族は切り離せないのだ。