こんにちは、保安員の澄江です。
先日、東海地方に出張する機会を頂き、某ドラッグストアで勤務してまいりました。コロナ禍以降、万引き被害が激増しており、キャリアと実績のある保安員を1週間ほど送り込んでもらいたいと依頼されたそうです。かといって、1週間もの間、出張に出られる職員は限られ、周囲を見渡せば私くらいしかいません。
「経費かかるし、地元の業者を使えばいいのに。なんでわざわざ?」
「どこも実績が乏しくて頼りにならないから、お願いしたくないと言っていました。経費をかけてもいいから、とにかく捕まえられる人を使えと、社長さんに指示されたそうですよ」
「そんなふうに言われたら、プレッシャーかかっちゃうじゃない。挙がらなかったら、どうするのよ?」
「澄江さんなら、普段通りで大丈夫ですよ。条件も悪くないので、行ってもらえますか?」
はなからプレッシャーのかかる依頼ですが、営業担当の口ぶりから断れる雰囲気にありません。ビジネスホテルに泊まるのは、あまり好きではないのですが、成果次第で特別手当も出るというので、たまにはいいかとお受けした次第です。
当該店舗は、昼夜それぞれの時間帯に常習者を抱えているらしく、勤務時間は日によってバラバラで、夜間勤務のシフトも組まれていました。ここ数年、換金目的の常習者や外国人窃盗団による被害が多く、顔認証システムなどの防犯機器も新規に導入したそうで、お店の本気が感じられます。
出張初日の勤務は、午前10時より午後6時まで。早朝に自宅を出て、新幹線とローカル線を乗り継ぎ、見知らぬ街の景色を楽しみながら現場に向かいます。
(ああ、ここね)
挨拶のため、搬入口から事務所に入ると、どことなく島崎和歌子さんに似ている30代前半と思しきグラマラスな女性店長が出迎えてくれました。
「おはようございます。一週間、よろしくお願いいたします。最近の被害は、いかがですか?」
「こんな田舎まで来ていただいて申し訳ありません。最近は、若い主婦の方とかが、よく捕まっていますね。あとは外国の人。ちょっと前にも、棚にある商品を軒並み盗られて、20万ちょっとの被害になりました」
「捕まえたんですか?」
「いえ、逃げられました。映像が残っていたので、被害届は出しましたけど。見ます?」
警察に提出したばかりだからと話した店長は、手慣れた様子で犯行時の映像をモニターに映し出してみせました。そこには、アジア系外国人らしき男3人組が、見張りを立てて犯行に及ぶ様子が映っており、3人が売場を離れた後の商品棚がスカスカになっているところまで確認できます。
未精算のまま外に出た3人組が、車に乗って逃走するところで映像は終了。駐車場に設置される防犯カメラが、逃走車の色やナンバーまで捉えていました。
「ナンバーも映っているし、すぐに捕まると思ったんですけど、盗難届の出ているナンバーだったみたいで、まだ捕まっていないんです」
「こういうタイプが来たら、どうします? 犯行の現認はできても、捕まえるとなると、応援が必要なんですけど」
「警察にも伝えてありますし、警備員さんもいるので、うまく連携してやりましょう」
「わかりました。何かあったら早めに報告しますね」
はっきり言ってしまえば、即時対応できなければ、集団万引きの摘発はできません。それが私の仕事なのですが、高齢者域にいる女の限界は低く、ひとりで立ち向かえるわけないのです。もし、同じような場面に遭遇したら、商品だけでも取り返す。そう心に決めて、巡回を始めました。
(ちょっと話が違うじゃない……)
たくさんいるという言葉を信じて、気を抜くことなく巡回するも、気になる不審者は見当たりません。わざわざ呼ばれてきたのに、初日から坊主を出してしまえば、明日からの居心地も悪くなることでしょう。勤務時間中に挙がらなければ、少し残業をしてでも、結果を出して帰りたい。そんな気持ちで売場を眺めていると、勤務開始から6時間ほど経過したところで、ようやく強めの不審者が目に留まりました。
まだ就学前と思しき2人の女子児童を連れた20代前半に見えるかわいらしい女性が、比較的高額な自然派化粧水と乳液を3本ずつカート上のカゴに入れたのです。芸能人で例えるならば、鈴木奈々さんといったところでしょうか。目が離せなくなって追尾を始めると、ビタミン剤やサプリメントが並ぶコーナーに向かった女性は、特に吟味することなく、いくつもの商品をカゴに入れると、おむつ売場へ向かって歩いていきました。
(やるとしたら、ここよね)
おむつやトイレットペーパーの売場は、商品の大きさから棚が高くなりがちで、店の死角になっていることが多いのです。そこで、おむつとおしりふきをカートに乗せた女性は、それを幕(死角)にして手元を隠すと、これまでに棚取した商品すべてを持参のバッグに隠しました。
何も知るはずのない子どもたちは、赤ちゃん用のおもちゃを手に嬌声を上げて遊んでおり、その横で犯行に及ぶ女の神経を疑います。商品を隠したバッグのチャックを閉めて、はしゃぐ子どもたちを一喝して売場を離れた女は、おむつとおしりふきの精算を済ませて外に出ました。
車のキーを片手に、駐車場内を子どもたちと並んで歩く女に、そっと声をかけます。
「こんばんは。お客様、ちょっとよろしいですか?」
「はあ? なんですか?」
「なんですかって、子どもたちの前だけど、私から言わないとダメですか?」
「あ、ごめんなさい……」
正気を取り戻したのか、犯行を素直に認めた女は途端に涙を流して、わなわなと震え始めました。その顔を正面から見れば、まだ幼さが残っており、ふたりの子を持つ母親には見えません。いつものように、大丈夫だからとなだめながら事務所に連れていき、盗んだ商品をデスクの上に出させたうえで身分確認を求めます。
差し出された運転免許証によると、女は23歳。土地勘がないので住所を見てもわかりませんが、この店から車で5分ほどのところにある一軒家で暮らしていると話しています。
今回の被害は、計24点、合計3万8,000円ほど。
買い取れるだけのお金を持っているか尋ねると、現金はないけどカードでなら支払えると、涙ながらに言いました。うつむく母親の顔を、不安気に覗き込む子どもたちは、場面を読んでいるのかひと言も発しません。その様子を、苦々しい顔で眺めていた店長が、子どもたちに聞こえないくらいの声で女に問いかけます。
「あなた、子どもたちの前で、とんでもないことしているわね」
「ごめんなさい……」
「これ、なんのために盗ったのよ? 転売目的よね? いままでに捕まったことはあるの?」
「……本当に、ごめんなさい。子そもがいるので、警察だけは勘弁してください。お願いします!」
ひどく慌てた様子で店長にすがりついた女は、右腕を抱きかかえて泣きつき、お願いしますを連呼しています。
ひどく困惑した様子で、子どもたちと私の顔を交互に見た店長が、犯行の理由を改めて問い質しました。
「こんなにたくさん盗って、そう簡単には許せないわよ。どうして盗ったのか、理由があるなら聞いてあげるから、言ってごらんなさいよ」
「実は、旦那が逮捕されちゃって、どうしていいかわからないんです。働くにしても、子どもを預けられるところなんてないし、助けてくれる人なんて誰もいなくて……」
「だからって、盗ったらダメでしょ。ここで見逃しても、あなたは同じことするほかないわよね? 子どもたちのためにも、警察に相談します」
結局、警察に引き渡された女は、その場で逮捕されることになりました。別々のパトカーで所轄警察署に向かい、調書作成のため刑事課の取調室に案内されると、ずいぶんとフレンドリーな初老の刑事が担当でした。ベテランながらも、あまり仕事ができそうにない感じのする人で、着席すると同時に被疑者の背景を話しはじめました。
「あの女、前が大麻じゃなかったら、子どもらと家に帰れたんだけどね。旦那もお勤め中だし、パクるほかないよ」
「子どもたちは、どうなるんですか?」
「とりあえず児相(児童相談所のこと)だね。ちゃんとした親族が身請けして、面倒見てくれたらいいけど、世の中の状況も悪いから難しいよな」
午後11時過ぎ。逮捕手続きを終えて警察署を出ると、すっかり寝入ったらしい子どもたちを抱きかかえた職員が、どこに行くのかワゴン車に乗り込むところを見ました。母娘を引き裂く結果を招いた自分の仕事に、嫌気がさしたのは言うまでもないでしょう。
(文=澄江、監修=伊東ゆう)
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