• 月. 12月 23rd, 2024

犯罪データベース

明日あなたが被害にあうかもしれない

「先輩の引退式があって……」バイク用品を万引きした少年に、店長が“愛ある一喝”を放ったワケ

 こんにちは、保安員の澄江です。

 ロシアによるウクライナ侵攻が現実となってしまい、現地の戦況報道を目にするたび、胸が痛み不安な気持ちに襲われます。ロシア軍による大量虐殺は、あまりに冷酷で、理由や背景はどうあれ決して許せるものではありません。

 我が国においても、北方領土や尖閣諸島の領有権をめぐる争いが存在しており、いつミサイルが撃ち込まれても不思議じゃない気持ちになりました。保安員引退後、ひとり静かに余生を過ごすプランを台無しにされてしまえば、自分の人生を否定されるに等しく、被害妄想を膨らませては戦々恐々としています。ウクライナの方々がおかれている現状を思えば、まさにそのような状態に陥れられており、あまりに悲惨でお気持ちを察することすらできません。また、各国による重い経済制裁を受けながら暮らすロシア人の苦しみも相当に深いはずで、一刻も早い停戦を願うばかりです。

 そんな中、日本国内は年度末を迎え、卒業シーズンが到来しました。この季節になると、きまって若い人たちの犯行が増え、その対応に苦慮します。犯罪にも季節感を感じさせるものがあり、時節に沿った警戒が必要なのです。今回は、先輩の卒業を祝うために万引きした人たちのことについて、お話ししたいと思います。

 当日の現場は、東京の外れに位置するホームセンターD。東京都内とは思えぬ、緑豊かな街にある巨大店舗です。ワンフロアの広大な売場には、ネジ1本からペットの生体まで無数の商品が陳列されており、どこで何を盗まれてもおかしくない現場といえるでしょう。この日の勤務は、午前11時から午後9時まで。私鉄とバスを乗り継いで、自宅から1時間半ほどかけて現場事務所に到着すると、どことなくアルコアンドピースの平子さんに似た長身のイケメン店長が出迎えてくれました。

「今日はよろしくお願いします。最近、この辺の暴走族っていうか、若い子のバイク集団が、ウチの休憩所をたまり場にしていて困っているんだよね。万引きしているかはわからないけど、今日も来ると思うからさ、店の中に入ってきたら見てもらえる?」
「承知しました。何時くらいに、どれくらい集まりますか?」
「4~5人の集団なんだけど、いつもバラバラに来ているね。早いときには4時くらいから集まってくるかな」

 万引きは、少年の犯罪。そんなイメージがあるかもしれませんが、ここ数年、少子化の影響もあってか、少年万引きは減少しています。おそらくは、得られる利益と捕まるリスクのバランスが合わなくなってきている部分もあるのでしょう。万引きよりも、ひったくりや特殊詐欺、大麻売買などの犯罪に手を染める者が増えているようです。

 無論、認知件数が減っているとはいえ、地域によってはゲーム感覚や換金目的の犯行が頻発しており、その対応に苦心する商店は少なくありません。少年万引きは、共犯によるものが多く、逃げ足も速いため、外国人の集団万引き同様、捕まえにくい実態があるのです。彼らによる犯行の成功率を考えれば、その暗数は計り知れず、相当な被害を生み出しているといえるでしょう。

 巡回前に店内外の状況を把握すると、バイク少年たちのたまり場とされる休憩所は、店舗駐車場の一角にありました。店舗との位置関係を言えば、正面出入口の斜向かいにあって、その内部まで店内から監視できる状況です。

「来たわね」

 午後4時を少し過ぎた頃、入口付近を警戒していると、大きな背もたれのついた2台の派手なバイクが店舗前の駐輪場に入ってくるのが見えました。排気音が店内にまで聞こえてくるほど、ひどくうるさいバイクなので、すぐに気づいたのです。ガラス越しに彼らの動向を注視すれば、ヘルメットをミラーにかけて店の中に入ってきたので、気付かれぬように追尾を開始しました。

 一見したところ、18歳くらいでしょうか。パンチパーマはかけておらず、特攻服を着ているわけでもないので、暴走族というよりはいたずらっ子といった雰囲気です。じゃれあいながら店内を闊歩してカー用品売場で足を止めた2人は、それぞれがひとつずつパトライトを手に取って、何やらひそひそと話し始めました。手元がはっきり見える場所に身を潜めて様子を見守れば、箱から中身を取り出して配線状況などを確認しています。それからまもなく、商品本体だけをお腹に隠した少年たちは、空になった箱を棚に戻して売場を離れていきました。

 お揃いの物を盗むのは、少年万引きによくあること。申し合わせていたかのように、同じ手口で同じものを盗んだ2人は、目的を達成したらしく、何ひとつ買うことなく店を出ていきました。声をかけるべく外に出ると、早速に盗品を取り出して駐輪場で取り付け作業を始めたので、万全を期すために電話で店長を呼び出して立ち会ってもらいます。

 声かけは、現認者(犯行を目撃した者)である私がするつもりでいましたが、怒りが積もっていたらしい店長に先を行かれました。その怒気に圧倒されたらしく、すぐに作業の手を止めた2人は、抵抗の素振りを見せることもなく、今にも泣きだしそうな顔で店長を見つめています。重苦しい雰囲気に耐えかね、話を進めるべく少年たちに声をかけると、まだあどけなさの残る表情でこう返されました。

「ねえ、君たち。これを買えるだけのお金は持っているの?」
「いや、2,000円くらいしか持っていないです」
「おれは、3,000円くらいしかないです。ごめんなさい」

 拍子抜けするほど素直に対応してくれたので、被害品を各々の手に持たせて事務所まで連れていこうとすると、ほかの仲間たちがバイクに乗ってやってきました。友人を取り囲む私たちの様子を見て、すべてを察したらしく、声もかけてきません。沈黙の友人に見送られながら、2人を事務所に連れていき、粛々と事後処理を進めます。

 被害は、パトライト2点、合計で税込8,000円ほど。

 身分を確認すれば、別々の高校に通うという2人は共に17歳で、地元の友だちという関係でした。この店からバイクで20分ほどのところに家族と暮らしているらしく、商品の買い取りやガラウケに困ることはなさそうです。必要事項の確認を終え、2人の扱いを店長に委ねると、通報する前に彼らと話をしたいと言われました。

「おい、おまえら。いつも来ているけど、来るたびにやっているのか?」
「いや、初めてです。信じてください」
「じゃあ、今日は、なんで盗った?」
「先輩の引退式があって……」

 話によると、高校を卒業して就職する先輩の引退記念として、週末に集まってバイクで走る約束をしているらしく、その場を盛り上げるために使いたかったということでした。私からすれば普通の子にしか見えませんが、どうやら暴走族のようなバイクチームの一員のようで、そのギャップに驚くほかありません。

「ふん、くだらねえ。おまえら、ほかにも悪いことしてそうだから、警察呼ぶかな」
「いや、ちょっと待ってください。もう絶対にしないので、警察だけは……、すみません!」
「……面倒だし、まあいいか。じゃあ、おまえら、仲間も含めて、ウチには2度とたまらないって、約束してくれるか?」
「します、します。もう絶対に来ません!」

 その後、駐輪場で待つ仲間たちのところまで一緒に出向いて、2人の口から出入禁止になったことを伝えさせた店長が、みんなに2度と来ないと約束してもらうことで事態は終結。出入禁止と通告しておきながら、ちゃんと買い物をしてくれるなら来てもいいからと、どこか親しげに話す店長の真意が気になります。

「俺も昔、同じようなことしていたからさ。警察の相手も面倒だし、出禁にできれば、それでいいかなって。今日は、お手柄でした。ありがとね」

 法的には、警察に通報して引き渡すべき話で一抹の不安が残りましたが、被害者本人の意向に逆らう立場にもありません。本音を言えば、少年事案の事件処理は甚だ面倒で時間がかかるため、残業せずに済んでよかったと秘かに安堵した次第です。

(文=澄江、監修=伊東ゆう)

本コラムを監修している伊東ゆうさんが新連載を開始しました。ぜひご覧ください。
『伊東ゆうの万引きファイル』https://ufile.me dy.jp/

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